第6話:色の意味するもの
日本国神奈川県横浜市、午後22時40分、2015年7月2日
アラン・クーガーことドラゴ・ブレドニクス・クルガン公爵は、四半世紀に渡って彼の地球での相棒であり続けたAMG500Eのハンドルを握りながら高速湾岸線を金沢に向けて走らせていた。何度乗ってもいいクルマだ。大飯喰らいなのがあれだが飛行機の代わりと思えば大した問題ではない。カネの無駄遣いだと当時の相棒と喧嘩してまで買っただけの価値はある。惜しむらくは持って帰れない事だ。エンジンをコンピューターでコントロールする今の地球の車はアルカディアでは防護魔法があってもすぐに駄目になってしまう。
彼は旅界術師の中でも現役最古参の男で、第一次オフィル戦争で貴族達のクラブ活動と馬鹿にされていた空軍を最強の戦力に育て上げた一人だ。高位の貴族ではあるが後方にいる事を嫌う、現場を愛する戦士でもある。老人だが190センチはある存在感と脂の乗った頑健な身体をしている。夏物のハンチングを被り刈り込んだ頭と無精髭は真っ白く傍目には70代程の老人に見える。仕立てものの白いシャツと黒い麻のジャケット、年代もののジーンズのシンプルな格好だが、この男の存在感は横浜の街で歩いていてもただのかっこいい白人の好々爺以上の何かを人々に印象付けるだろう。
彼の地球の様々な国に渡った。英国、アメリカ、フランス、ポーランド、リトアニア、ソビエト、そして日本だった。日本にいた時間が最も長かった。翻訳術式を使うまでもなく彼の日本語は完璧だった。第二次大戦後の混乱期にアメリカ軍に混じって没収された軍用機を運んで以降日本で武器を運ぶ仕事はなくなったが、それでもこの国の工業製品の品質は優秀だから居続ける価値はあった。彼は今では絶滅寸前の、現地の神秘の力に通じる者達との交流もあった。それは帝国への究極の便宜となるものだった。
今彼は三つの任務を同時に進めていた。一つは術師としての本来の任務、二つ目は元老達によって送り込まれた子供達の育成、三つ目はお客様のエゴを満たす為の、ある人物の保護だ。
アメリカで仕事していた空軍時代の戦友は、5年前に夢魔の因子を持って生まれた孫に全てを譲ってくたばった。戦傷で傷ついた身体をよくあそこまで持たせたものだ。そして今度は俺の番だ、魔力こそ未だガキ共に負けちゃいないが勝ててる間に使えそうな子を見つけて仕事と術を教えこの地を譲らねばならない。地球での任務は決して安全じゃあない。
だが俺は空軍時代から面子には恵まれない。極秘任務引き受けてるのに、優秀な部下たちはより目立つ他所の仕事に取られた。隣に座っている赤髪の女は30年前に他界した妻ではない、首席卒業だろうがエリートだろうが実戦経験のない帝都の陸軍学校出たての小娘だ。任務の都合上配下にした2人の小娘は使えるほうだがまだ経験不足だ。支部は魔術しか知らない事務屋が4人。上は日本じゃ何も起きないと思っていやがる。
オフィルにも術師はいる、奴等の根源は地球の人類と地球の思想によるアルカディアの簒奪だ。今でこそ新しい指導者は今のところ停戦の姿勢を見せてはいるが、分が悪いから大人しくしているだけの事だ、撃たないと言う言葉は撃てる奴だけが口に出来る。信用など出来ないことは3度の戦争とそこで奴らがやらかした事で証明済みだ。 奴等は案山子じゃない、隙を見せれば絶対に撃ってくる。
実戦前提で事を進めなきゃ危険だ、まぁ長い話じゃない。俺は本業以外はこの子の面倒でいい、まずはこいつに色々覚えさす。後の6名は三つ目の仕事、一人の日本人の坊やに集中してもらう。一度かけた処置が本人のものとして定着し、それに基づいた人生を送れる算段がつき次第客に返す。そうすれば取引の条件は成立するだろう。あの女には可哀想な話だがあいつの人生はもっと長い、もっといい男を捜してもらうしかない。帝国じゃ準備は進んでいる。最短で後1年で任務は終わる、長くても3年はかからん。それから2年程順繰りにガキ共の面倒見れば俺も引退だ、最後を飾る任務としては最低で最悪だとは思うが逃げる選択肢はない、それだけは絶対に駄目だ。
だがこの車での湾岸線のドライブが出来なくなるのは勿体無いな、向こうに持って帰る車も探さないといかん。
そんな彼の思考は助手席に座る赤い髪の、ミミという女性の声で中断する。
「あの…クルガン様。」
「おう、どうした。」
「スピードの出し過ぎです、ここの法定速度は―」
「気にすんな、一番近い覆面パトカーはこっからもっと後ろだ、俺の眼はまだ奴等のレーダーより上だぜ?」
「あ、はい…。」
「どうせもうすぐ下道だ、オービスはない、気にするな…そういえば、思い出したんだがあれから警報はないな?」
「…あ、ありません……」
嫌な予感がする。日曜日に件の日本人の小僧のマンションと隣の護衛の住むマンションの周囲約2キロに張り巡らせた警戒監視用の結界に反応があって、全員が臨戦態勢になったのだ。結局その時は何も見つからず、誤報という結論になっていた。それは一定以上の魔力を持つ者や異常な害意で精神を満たしている者、何者かの魔力で操作されている者など、危険と見做せる条件を具えた対象を探知する。空軍標準の仮設飛行場防衛に使う監視結界だ。通信魔法にリンクできず結界内に誰かいなければならない上に調整にコツがいるが対象条件が豊富で高精度で敵の欺瞞もある程度見破れる上に使用する魔力が少なく射程が長いからこの任務にうってつけだ、陸軍出の小娘達にも扱いを覚えさせようと仕掛けていたのだ。あいつらは存外に覚えが早いと思ったが要領がいいだけだったか?
「おい、なんだその返事は」
「だ、大丈夫です…」
「まさかとは思うが正直に言え、いじったのか?」
「……すいません、いつまでたっても鳴り止まないので、警戒基礎値をいじりました」
それだけは絶対駄目だ、基本中の基本だろうが。車を急減速させる。最寄の出口は杉田か、いや支部も駄目だ。あいつらに任せたほうがいい、このまま横須賀まで行くしかない。思い直し再加速する。
「緊急事態確定だ。あいつらを呼んでホームだ、一度本国に避難させる。」
ホームとは旅界術発動のための魔法陣のある場所の事だ。魔力の少ない地球の環境故に地脈のなるべく優秀な場所の中で術師の好みも含めて選ばれるが他の仕事に適した立地条件とは限らない。通常の活動の為のアジト、つまり支部はこちらでの活動に適した場所を選ぶこともある。クルガンの場合はかつて日本で活動を開始した時に横須賀基地の近くにホームを置き、そのまま使っていたのだ。
「だめなのは分かってます、でもあれの調整は私達ではどうにも…」
「やっちまったもんはしょうがねえ、お前だけじゃないがなんで直らないって誰も俺に言わなかった。敵が見えねえからって平和ボケも大概にしとけ、あれが黙らないってことは最初から敵が近くに隠れていたってことだ!」
「敵……てき…。」
「おうよ、敵だ。運が良けりゃブッ殺せる。いい男かどうかは知らんが喜べ、乙女卒業だ。」
「敵…ですか。」
「ブルってる場合か、セクハラはやめてくださいって突っ込め。」
「無理です!!…運が悪かったらどうするんですか。」
「死ぬ以上に運が悪いってのはそうそうないから安心しろ、とりあえず銃はあるな?」
「し…だ…大丈夫です。」
「弾を入れとけ。」
「はい。」
彼女は後部座席に置いた鞄から銃を取り出す。消音装置付きの45口径、拳銃としては無駄に大きいが頑丈なのが何よりもいい。マガジンを入れ足元に置く。二丁目を取り出してクルガンに渡す。彼はそれをドアポケットに置く。出口を降りながら下道か高速に戻るか悩んだが下道を選ぶ。
「いい子だミミ、よし次だ、リカとビルドを呼び出せ。終わったら今のうちに詠唱固定しとけ、攻撃魔法はいらん、お前の防御盾じゃ役に立たん。そのための銃だ。回復だけにしとけ」
「はい。」
通信魔法は地球では使い勝手が悪い。適切な魔力の供給がないとトランシーバー程度の能力しかない。携帯電話や無線の方が早い。ミミは二人の先輩を呼び出す、出てこない。
「出ません。」
「分かった、詠唱固定してろ、電話は俺がやる」
電話がかかって来た、リカ・イーヴィス。ミミの先輩に当たる。声の調子から少し飲んでるのが分かる。
「こんばんわでーす、クルガン様どうされました?」
「おう、今そっちは何も起きてないな?」
「はい。」
「よし、例の坊っちゃんはまだ家にいるか?」
「はい、帰ってから出てません。」
「いいぞ、ビルドは?」
「私の部屋で今お風呂です、もうすぐ出ますけど。」
呑気なもんだ、まぁ揃ってるのは幸運だ。
「いいか、お前らが結界いじったせいでそこは丸裸同然だ。今すぐビルドを風呂場から出せ、それと坊っちゃんもだ。車に乗せてすぐベースに行け!」
「あの…監視結界の件でしたらあれは―」
「馬鹿野郎、どっちがやったんだかしらねえが警戒レベルいじる奴がどこにいる!」
「は…はい。」
「ミミから聞いた、いいか、お前らナメてた俺が一番悪いがそいつが警報出し続けてるってのは故障じゃない、敵がいるって事だ。俺はお前らと同じ事やってくたばった奴を何十人も知ってる。」
「すみません…」
「謝るな、萎縮するなよ。やっちまったもんはしょうがねえ、最悪の事態の阻止が最優先だ」
「でも、日曜日の監視結界の件で結局何もなかったじゃないですか、あの後ごまかすの大変だったんですよ。」
「知らん、無理にでも連れ出せ。今更だがな、監視結界にちょっかい出しては逃げて中の奴の反応鈍らすのは古典中の古典だ。」
電話の向こうで音がする、ビルドが風呂から出てきたようだ。何やら話している、どうやら代わるらしい。声を荒げないように最低限の単語で指示を繰り返す。
「すいません、本当に…」
「説教は後だ。考えるな、今すぐ動け…今すぐとは言ったが裸で出るなよ、車出したら電話よこせ。」
それだけ言うと電話を切る。さて次は支部だ、と思った瞬間突然彼とミミの耳に直接警報音が鳴る、緊急通信術式、支部からだ。クルガンが応答するが肝心の向こうの声も姿も聞こえない。何人かの黒い影、そして連続する銃声、映像が消える。反射的に二人は視界の隅にリストを展開させる。それはこの日本、横浜に駐留する彼の7人の部下の名前が載っているが、そのうちの現在支部にいるはずの4人の名前が赤く点滅している、何の問題も無ければ色は白だ。赤は負傷したか何らかのダメージを受けていることを意味する。ミミが泣き出した。
「やだ…………」
点滅が意味するのはそれが重篤な状態だと言うことだ。
そしてしばらくして、名前は黒くなった。
連絡する順番を間違えた、呑気に説教してる場合じゃなかった。クルガンは後悔の念に駆られた、だがもう死者は蘇らない。
「くそったれが…」
「ごめん…なさい…」
「悔やんでる暇はねえぞ、追跡されてるかも知れん。拳銃じゃ危ない、次のサービスエリアでトランクからライフル出すぞ。1丁しかないが特注品のいいものだ、射撃の成績は良かったんだろ?お前に持たせる。」
「実戦…なんですね。」
「ああ。支部がやられた以上本国への緊急通信はホームに行かなきゃ無理だ、つまり俺達だけで逃げ切らなきゃいけない。包囲されても俺達で突破するしかない。」
湾岸線ももうすぐ終点だ、だが彼女達からの電話が来ない。クルガンも焦っている。俺もあいつらのとこに行くべきだったか?いや、今考えても遅い。リストの名前は白いままだ、それを信じて先行するしかない。
車は幸浦、湾岸線の終点を通過し、短いトンネル越しに並木インターチェンジから横須賀を目指す。これを抜けてそのまま星だったらどれだけ気楽かとクルガンは思った。
日本国東京都品川区、午後22時50分、2015年7月2日
俺には分からない、これはどういうことだ。
「ハイー、ジンさーん、こばーわ」
「ごめんね夜に…えっとね、その、お兄ちゃん…外行こ?」
「いや、ちょっとまって。どうやって鍵開けたの?」
里香ともう一人外国人のお姉さん、そういやビルドさん…だったね。何の用だろう?二人ともひどい作り笑いしているが目が笑ってない。いや待て、そんな問題じゃない。こいつら何で自分の家の様に俺の家の鍵開けて入ってきたんだ?
俺は目の前の光景に当惑していた。意味不明だ。どこから突っ込んでいいのか分からない。外ではビルドさんの車と思われる、インプレッサの特徴的な水平対抗エンジン音がボボボボ、と鳴り響いてる。ここは日本だ、この時間帯は完全に近所迷惑だ、エンジンを切れ。二人とも裸足にスニーカー、いやそれ以前に土足だ。その上服もまるで火事になったから逃げてきた様な姿だ、里香はだぶだぶの青いパジャマに白いパーカー、平らな胸が見えかかってる。亜麻色のボブはぼさぼさだ。そして足元にはごつい軍モノのリュック、見事なプロポーションのビルドさんに至ってはそれ下着じゃないのと言う様な短く白いホットパンツにセットの様な白いスポブラ、その上に里香の制服と思われるぱつぱつの白いシャツを羽織ってる、サイズが小さくて前が閉まってない。髪は風呂上りなのかびしょ濡れだ。いずれも夜に外を出歩く格好として適切とは思えない。里香は妹の様な間柄だが実際の兄妹ではない。いやそんなことはどうでもいい。それよりもどうやって俺の家のドアを開けたんだ?
「普通にドア開けて入ったんだよ。」
「里香、嘘はよせ。」
「ほんと…だよ。」
実際にどうやったんだ?里香に鍵を渡した覚えはない。キーホルダーと財布の中のメインとサブの鍵も目の前にある。確かに俺とこいつは昔から仲が良かったが俺の目を盗んで鍵を作る理由がこいつにはないしそれにここの鍵はメーカー以外絶対にコピーが出来ない仕様だ。しかもドアは閉めたら自動で鍵がかかるように出来ている。
この景色どこかで見たことがある、そうだ、日曜日も「大事な話があるから開けて」ってやってきたんだった。そしてドアを開けたらこのお姉さんと里香が一緒にいて…そうだ、里香のバイト先の先輩だと言うビルドさんの車で鎌倉の海まで引っ張り回されたんだ。良く日焼けした肌で綺麗な黒髪のラテン系っぽい美人さんだけど変な訛りした日本語だな、どこの国の人かなって思ったのは覚えてる。
結局、大事な話って何?という俺の至極真っ当な質問に里香は「そう言ったら来てくれると思って」とかのたまったのだ。当然、その後で説教した。緊急の要件とか真面目な用事とかいうお題目は人をかつぐ為に使っては駄目だってその歳で分からないのかと俺は怒った。
里香はそれに嘘泣きで応じたが、結局一日経つと忘れたように一緒に飯を食って全ては有耶無耶になった。彼女の言ったその理由は本当の理由ではない、そんな気もしたがじゃあ他に何があると聞かれても分からない。
よく見ると二人とも真剣な、いや何か焦っているように見える。違う、里香が今にも泣き出しそうな眼をしている。
余りにも怪しい、一体何なんだ。俺がどこから突破口を開けようか思案していたらビルドさんが割って入った。
「ここで話している場合ではないのです、状況はお車で説明します。どうか今は何も聞かず付いて来て下さい」
訛りが全くない。あれ、このヒトこんな日本語うまかったっけ?ていうか妙に丁寧な言葉だ。そう思っているとビルドさんが俺の前に一歩出る、スローモーションの様に彼女の両手が俺の顔を挟み、彼女が顔を近付ける。俺の眼を覗き込む何をする?まさか…
一瞬ドキッとする。キスでもされるのかと思ったら彼女が何か言う、いきなり目の前の景色がモノクロになった。同時に脱力感と痺れが全身に広がる。動けない、いや、手も足も動かない。
「ごめんねお兄ちゃん、時間がないの。」
「何、だよ、これ…」
声は出る、だが何を言えばいいのかすら分からない。
里香が倒れ込もうとする俺を支える、荒々しく凄い力だ、軽々と俺を両手に抱える。
俺より大きくない普通の女の子のはずの彼女にこんな腕力があるとは思えなかった。
見かけよりも彼女が筋肉質なのに気が付く。
こんなこと前に、いや、ある。あの時は確か里香じゃない、髪も顔も違う、もっと背が高い。夢に出てきたあの女性が…
「ビルドさんお願いします。警報がもう1段階上がってます」
里香が俺をビルドさんに渡す。まるで猫でも渡すように軽々と彼女も受け取る。こちらは見かけ通り柔らかい、いやそんな場合じゃないはずだ。
リュックから1丁の小さなサブマシンガンを取り出す里香。MP5、ご丁寧にスコープとレーザーサイトが付いてる。エアガンで知り合いが持ってる。だが装填する音が玩具のそれではない、動画サイトで見た本物と同じだ。
自分が今現実を見ているとは到底信じられなかった。
「私が運びます。行きましょう、援護頼みますよリカ。ジン様、手荒で申し訳ありませんがご容赦を。」
ジン様?言葉がおかしい。俺はこの人に様付けで呼ばれる理由がない。
二人はドアを開け、俺を抱えたまま外へ向かう。 車のエンジン音は大きくなる、身体は動かないが意識ははっきりしたままだ。ここは2階だ、エレベーターではなく階段を降り、二人は車へと走り出す。マンションの玄関の真ん前の道路に車は止まっていた。ステーションワゴンだ。里香は運転席に座り、俺は後部座席に乗せられる。里香が免許持っているとは知らなかった、俺ですらまだ無いのに。いや待て、あいつはもうすぐ18になるんじゃないか。教習所行ってるなんて聞いてない、一体何処で―
「ビルドさん、警報音が―」
「分かってる、今乗るから待って!」
ビルドさんがドアを閉め、助手席のドアを開ける。
「おい里香、答えろよ。どこへ行くんだ?」
車のブレーキ音、火薬の破裂するような音が何度も響く、機関銃の音。窓に蜘蛛の巣の様な割れ目が散る。呻く様な声、撃たれたのか。ビルドさんは助手席に乗り込む。里香が銃を取る。照準用レーザーの乱反射した赤い光が車内を走る。それを制する怒号。
「リカ!応戦しないですぐに出して!」
彼女は銃を足元に置くと車を出す。銃声が聞こえる、車の中に叩きつけるような音が何度も響く。リアウインドーに蜘蛛の巣のような跡が重なり真っ白になるが穴は開かない。反射的に身を縮める。よく見るとドアの窓も貫通はしていない。気が付くと俺の身体の麻痺はなくなっている、視界に色が戻り手足も動いている。
「ご安心…下さいジン様、車…は防弾…仕様ですから…私も、大丈夫です。それとジン様…催眠は最初から効かなかった様ですが麻痺術も…今は維持できなくなりましたからもう動けますよ。」
銃声が止まった。ミラー越しにビルドさんが見える。出血している、脇腹と左肩、右足に痛々しい傷がある。白い服が血まみれになっている。思わず身を乗り出す。里香は一瞥もせず運転に集中している。
「大丈夫です…これ…ぐらい…ならまだ死にません、まだ頭を出すと…危ないですよ。」
彼女は銃創に手をかざすと青白い光が灯る。激しい出血が収まり傷が塞がっていく。だがそれでも傷は残り血が滲み続けてる。だが苦痛は消えたらしい、少し苦しそうではあるが明らかに先程よりは良くなっている様に見える。
「ふぅ…これで普通に動けます、完全に直すのは後で間に合いますので。それよりもジン様、危ない目に遭わせて申し訳ございませんでした。今は何も分からずに混乱するかも知れませんが、私達が必ず、ジン様のお命をお護りします。どうかそのことだけは信用してください。」
「あの…何ていったらいいんだろう、何が起きてるの?俺に何があったっていうの?」
「申し訳ありません…私の口から詳細な状況を説明することは許可されておりません。私達とジン様に敵が迫っている、その為に皆で安全な場所まで避難します。納得のいく説明は安全が確認され次第必ず、ご説明いたしますので何卒ご容赦を。」
まるで映画の登場人物の様な物言い。要は何も聞くなって事か、何か腹が立ってくる。
「里香、お前もか?」
「ごめんね…。でもこれだけは信じて、私にとっては…お兄ちゃんはお兄ちゃんだから、本当だから、絶対護るから…ゆるして。」
向こうを向いたまま運転しているがミラー越しに泣きそうなのが分かる。とりあえず事故を起こされたら困る。
「里香、もう余計なことは聞かないから泣くな、運転集中だぞ。」
「うん…」
誰かが怒りが一番の敵だと言っていたのを思い出した。歴史上の偉人なんかじゃない。
夢で聞いた気がする、もっと優しい声だった気がする。
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