~“希望”の戦い~・3

―怖い、怖い、怖い……―


―あんな隕石どうしようもないじゃないか……!―


―やっと……これからだってのに、死ぬのを待つしかないのか!?―


 集まってくる感情の大半は、理不尽にもたらされる死への恐怖。

 彼等の声はデュー達の耳……いや、心にも、ダイレクトに届く。


「うっ……」

「心地好いだろう? せっかくだからひとつひとつ聞かせてあげよう」


 攻勢が止み苦悶の表情を見せる彼等に、影法師が不気味に嗤う。


「これ、は……地上の、皆さんの……」

「そう、ボクにとっては力の源で極上の御馳走……負の感情さ」


 声は他にも、この騒ぎで争い憎しみ合う者や日頃の不満を爆発させる者など。

 そのひとつひとつが絡み、溶け合い、渦を巻いて自分にぶつかってくるような錯覚さえおぼえるそれは思わず耳を塞ぎたくなるほどだった。


―つらい、苦しい……―


―なんで私がこんな目に……!―


―逃げ場はないのか……どこにも、逃げ場は!―


 “総てに餓えし者”は甘美に蕩ける表情で集まった感情を吸収し、力に換えていく。


「クククク……アハハハハッ! すごいな、力が湧いてくるぞ!」


 ズン、とデュー達の全身に重圧がかかる。


「ッ!」

『デュー!』


 凄まじい力に押さえつけられた彼等は膝をつき、頭を垂れ、屈服したかのようなポーズをとらされてしまう。


「アッハ、いい眺めだなぁ……世界を救いに来たお前らを今苦しめているのは、その救うべき世界の連中から生み出されたモノなんだ……なあ、どんな気分だ?」


 守ろうとしてる奴等に裏切られるのは。


 先頭で床に突き立てた大剣にしがみつくデューを覗き込み、魔物は厭らしく囁いた。


「僕が取り憑いたザッハも、モラセス王だって、いくら取り繕ってもみんな内側は嫌な感情でドロドロさ。こんな弱い奴等のために必死にならずに、お前らもこっち側に来いよ……そうしたら、」

「そうしたら、お前は寂しくならないって?」


 ぴた、と魔物の動きが止まったところでデューが顔を上げる。


「人間誰しもこんな感情のひとつやふたつ抱えてる。それを含めて人間なんだろ」

「それをわざわざそこだけ抜き出してドヤ顔とは……おぬしやっぱり寂しいヤツじゃの」


 ミレニアもそれに続き、よろよろと立ち上がる。


「闇を抱えていることは否定しない。忘れたりもしないわ……けどね、それでも前へ進んでいくのよ」

「過ち、哀しみ、苦しみ……どんな過去も、今の私を構成する全てだ」

「過去を踏み締め、今を経て、未来へ歩むんです!」

「ドロドロした感情だって、持っていってやりますよ……立ち止まってなんかいられないってね!」


 イシェルナ、オグマ、フィノ、リュナンが口々にそう言って“総てに餓えし者”を睨みつける。


「まだ立ち上がるのか……何がお前らをそうさせる?」


 滅びは目前、力の差を、人々の渦巻く負の感情を見せ付けられて、尚。


「それが理解できないから、お主は独りなのでござる」

「まあ、独りだからこんな行動に出ているのだろうがな……」

「一度そちら側に堕ちたからこそわかるよ。喰らっても喰らっても満たされない餓えの正体……それが、」

「寂しさ……取り込まれている間、ずっと聴こえていた貴様の叫びだ」


 カッセとスタード、それにトランシュとダクワーズの言葉を聞いて、化物は目の色を変えた。


「――ッ! うるさいうるさい、うるさいッ!」


 感情のままに振りかざした両の手で、先程とは比べ物にならないほどの重圧を叩きつけ、今度こそデュー達を潰そうとしたその時だった。

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