~合流、そして~・3

 職人の街……蛍煌石が採れることから煌めきの街とも呼ばれる、フォンダンシティ。

 ここに来ると真っ先に思い出されるのは名工と名高いと同時に強面で気難しいことでも有名な、騎士団時代からのオグマの親代わりの職人である。


 が……


「あら? 今日は工房閉まってるのかしら?」

「ガトー殿、いないのでしょうか……」


 入口に掛けられた木札にはまだ昼間だというのに閉店の文字がでかでかと書かれていた。

 珍しいことらしく不思議がるオグマの隣でカッセが目を閉じ、頭巾の下の耳を動かす。


「…………中に人がいる。だが、これは……」

「とりあえず裏口から入ってみるか? あ、普通に入口の鍵開いてるんだな」


 他の仲間に確認する間もなく扉を開け、ずかずかと入っていくデューに驚くなり呆れるなりそれぞれ反応を示すが、工房内の光景に言葉を失った。


 道具や作りかけの作品が散らかったまま放置されていて……パッと見は乱暴に思えるが、仕事を愛していて作品もそれを作り上げるための道具も大切にする、この工房の主にあるまじき状態は、ただ事ではないと誰の目からも明らかだった。


『澱んだ気が満ちているな……中の人間は無事か?』


 氷の精の声に弾かれるようにガトーの自室に駆け出したオグマは、ベッドにぐったりと横たわる彼を見つけた。


「ガトー殿!」

「うぅ……オグマ、か……?」


 ふわ、と大精霊が白い手でガトーの額に触れる。

 その姿はオグマ以外には見えないが、心なしか苦し気だったガトーの表情が和らいでいった。


「あー、つめてぇ……ありがと、よ……なさけ、ねえな、風邪なんて……しばらく寝てりゃ、治ると思うけどよ……」


 しかしガトーの言葉に大精霊は首を横に振る。


『これは風邪ではないな。穢れたマナにあてられたか』

「障気にあてられたのと同じということか?」

『この男はマナの感受性が強いようだな。穢れすらも受け入れて強く影響を受けてしまったが、耐えられるだけの力もあったのが不幸中の幸いか……お前の術と、私の力で癒せるはずだ』


 リュナンと出会った時のように、オグマはガトーに治癒術をかける。

 するとみるみる呼吸が落ち着いてきたので、心配そうに見守っていたデュー達から安堵の声が漏れた。


「旦那、ガトーさんの容態は……」

「リュナンは経験しただろう、最初に会った時とだいたい同じだ。あとはしばらく休めば体力も戻るだろう」


 オグマはそのまま、先刻の大精霊が言っていたことを伝えた。

 ただの風邪なら治癒術は効かず医者の出番か、それこそしばらく寝ていれば治ったのだろうが、障気にあてられた場合はそうはいかない。

 弱ったところを見せたくなかったのは意地っ張りなガトーらしいが、それで寝込んだまま人知れず……なんてことになってしまったら、情けなくて笑い話にもできない。


「風邪だと思い込むには無理がありますよ、ガトーさん……ほっといたら危なかったんですよ? せめて誰か頼ってください」

「う、うるせーやい……」


 いつもこき使っているリュナンに正論で言われてしまったのが不覚だったのか、ガトーはもぞもぞと布団で顔を隠した。


「しかしこれも結界が一時的に消えかけた影響なのでござろうか……」

「そうだとしたら、各地で他にも倒れた者がいてもおかしくないな」


 カッセとスタードがそれぞれの考えを口にすると、耳慣れない声にガトーが上体を起こす。


「なんか見ねえ顔がいるな。それにスタードまで……そういやどうしてここに来たんだ?」

「とんだ再会になってしまったが久し振りだな、ガトー……話したいことが山ほどあるが、まずはお前さんの快復が先だ。一度出直そう」


 みんなもそれでいいな、とスタードが見回せば反対する者はいなかった。

 唯一、床に臥せっているガトー以外は。


「いいから聞かせろよ……わざわざ訪ねて来たってことは、俺の力が必要なんだろ? とりあえず話を聞くだけなら、今の俺でも出来らあ」

「お前という奴は……」


 いつ世界がどうなるかわからない現在ではありがたい申し出だが、先程まで死にかけていた男に甘えるのも気が進まない。

 しかしガトーの目は、早く話せと主張していた。


「仕方のない男だ……手短に話すから、朦朧としてて覚えてないなどと言うなよ?」

「おう、早くしやがれ」


 昔から変わらず一度言い出したら曲げない男にとうとう観念して、スタードが肩を落とした。

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