~銀世界の再会~・4

 迷宮の奥地には、オグマ達の訪れを知っているかのように銀色の獣が佇んでいた。


「ま、魔物……!?」

「魔物とはご挨拶だな、騎士よ。我が名はソルヴェン……この霊峰に住まう聖依獣だ」


 聖依獣といえば小さなウサギのようなシュクルの印象が強いトランシュにとっては、人より大きいソルヴェンの姿は魔物に映っても仕方がないのかもしれない。

 剣を抜いて身を強張らせる騎士とは対照的に落ち着き払った様子で、聖依獣はゆらりと大きな尻尾を揺らす。


「話は聞いている。そしてそこの、ダンナとかいったか?」


 そう言うソルヴェンの視線はオグマへ。

 どうやら以前ここに来た時の戦闘でリュナンがそう呼んでいたことを覚えていたらしい。


「オグマだ。オグマ・ナパージュ」

「そうか、オグマ。人の身で大精霊に認められるとは、よほど適性が高いのだろうな」


 すると先程まで姿を消していた大精霊が再び、今度は手のひらに乗るほどの大きさで現れ、オグマの肩に腰掛けた。

 といっても重さはなく、肩に羽根でも乗っているような心地だ。


『この人間は前に来た時に私の声を聴いている。もしやと思ったが、どうやらその器らしい』

「あの、話が見えないんだが……」


 人ならぬものに挟まれて困惑するオグマだったが、奥に見えるマナの光に、己の使命を思い出す。


「まずは目的を果たして、それからゆっくり話を聞こう」

「わかっている。ここに楔を打ち込めば、結界の崩壊はひとまず止まるだろう」


 ソルヴェンに促されて進み出ると、オグマは粛々と詠唱に入る。

 そんな光景を、ようやく思考が追い付けてきたトランシュが後ろから見つめていた。


「オグマさんは、凄い人なんですね」

「あら、色男さんだって凄いじゃない。みんなの期待を背負ったヒーローなんて、そうそうできないわよ?」


 しかしイシェルナの言葉に続いた返しは「違う」だった。


「王都の障気事件も、私の力では何も出来なかった……たまたま通りかかった君達のお陰で解決して、ヒーローなんて呼ばれるようになったのも本当の功労者を知らない人達の……」

「ストップ」


 放っておけばどこまでも沈んでいきそうなトランシュの唇に指先で軽く触れ、現実に引き戻す。


「それでもその人達にはあなたがヒーローだし、あなたもそうあろうとしてるじゃない。それはあたし達には出来ないことよ」

「イシェルナさん……」


 可視化したマナの光とオグマが唱えている術の光に照らされたイシェルナは、ハッとするくらいに魅惑的で、トランシュの視線を奪う。


「おっと、あたしに惚れちゃダメよ。あなたには素敵なお嬢さんがいるんだからね♪」

「フローレット……」


 王都の英雄には、似合いの婚約者がいる。

 大事に育てている庭の花々に囲まれて穏やかな微笑みを浮かべる彼女は、きっとトランシュの帰りを待っているだろう。


「随分待たせてるでしょ。ちゃんと彼女のところに帰って、あなたの悩みも不安も聞いて貰ったら?」

「……そうだな。僕も早く逢いたい」


 そう言って笑いあう若者達を、銀色の聖依獣が穏やかに見守っていた。

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