~銀世界の再会~・3

 しろがねの霊峰は以前どこかの場違いな半裸が起こした雪崩によって出来た入り口から、内部に続く迷宮に入れるようになっている。

 ふと、オグマとイシェルナの脳裏に、雪崩に流されていったあの男は無事下山しただろうかとよぎるが……


「大丈夫ねきっと」

「こ、根拠がないんだが……」


 非情にも思える仲間の呟きに苦笑するオグマと、事情を知らず怪訝な顔をするトランシュ。

 そんな彼らを受け入れた氷晶の迷宮は相変わらず美しくも冷たい氷の華が咲いていて、オグマはここの空気を不思議と心地好く感じた。

 しかし、蒼白の芸術ともいえる光景の中に混じる醜い魔物の姿が不自然に浮いて見えて、イシェルナが嫌悪に顔を歪める。


「やだ、まだあの魔物残っていたのね」

「奴等のしぶとさはよく知っているだろう。ここはトランシュが来てくれて良かったかもな」


 襲い来る魔物にそれぞれ戦闘態勢をとる三人。

 トランシュも「頼りにされて光栄です」と口の端を上げると長剣を構えた。


「じゃ、いくわよん!」

「はい!」


 拳と剣、素早い動きで戦場を掻き回すイシェルナと、目の前の敵から確実に斬り伏せていくトランシュ。

 彼等が動いてくれるお陰で後衛の自分まで攻撃が届かないのはありがたいとオグマは思った。


「一気に片をつける……トランシュ、詠唱にあわせて剣を地に!」


 その声が届いたのか騎士は後方に一瞬視線を向けると、魔物の群れの中心へ駆け出す。


「邪なる者を葬る氷槍の陣、展開せよ!」

「まとめて喰らえ!」


 トランシュが剣を突き立てたところから周囲に広がっていくようにして氷柱の槍が次々と生まれる。

 足元から突き上げられ、或いは身を貫かれた魔物達の悲鳴が洞窟内に響いた。


「やったか!?」

「……いや、この魔物は聖依術で浄化しないと、ミレニアがいなければ、どんなにダメージを与えても……」


 たとえ肉片になっても完全には消滅しない生命力の強さを目の当たりにしているオグマ達には、せいぜい足止めぐらいしかできないのがわかっていた。


「私の力ではダメなのだろうか……」


 と、その時。

 感情がこもり思わず握り締めたオグマの左手に、ふわりと何かが触れるような感覚があった。


『我がマナに同調する人間よ、力を貸してやろう』

「女性の、声……?」


 こんな極寒の山にイシェルナ以外の女性など、そもそも人間もそうそういるものではないというのに、振り向いたオグマの前には蒼い髪に透き通る、白すぎるくらいの肌をした娘がふわふわ浮いていた。

 明らかに人間ではない彼女の身体はうっすら見える程度に透明で現実味がなく、オグマは夢でも見ているのだろうかと錯覚する。


『説明はあとだ。紡げ、我等を喚ぶ言の葉を』

「この力は……ああ、そうか、貴女は……」


 己の中に入って来る、冷たくも清らかなマナを感じて静かに目を閉じる。


「六花纏う蒼き使徒よ、その抱擁で穢れし魂に永遠の眠りを……我が前に具現せよ!」


 リン、と鈴の音が耳に届いた気がしたかと思えば、半透明だった女性の姿がはっきりとした形をもって現れた。


「なっ……」

「え、なになに!?」


 やはり彼女の存在に気付いていなかったらしいトランシュとイシェルナから驚きの声があがる。

 涼しい顔で長い髪を靡かせたそれは『人間の言葉でいえば、氷の大精霊といったところか』と名乗った。


『さて、我が領域を汚す不純物よ……眼前から消えて貰おうか』


 大精霊はおぞましく蠢く魔物達を見据えると、すうっと目を細めた。

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