~銀世界の再会~・2
準備を終えた二人は、ほどなくして北の霊峰へ足を運んだ。
以前のようにミレニアが火のバリアを張ってくれている訳ではないが、防寒具で凌げる程度に、今の霊峰は落ち着いているようだ。
「ザッハは、ガトー殿に魔学道具の部品製作を依頼していて何度か工房に通っていた。ちょうど私も通い始めた頃だったと思う……もの作りの魅力に興味をもって、な」
オグマの語りに、騎士として戦うよりそっちの方が向いていそうだという言葉を飲み込んで「そこで知り合ったのね」と返すイシェルナ。
研究所の人間と騎士団の末端、下手をすればそのままずっと互いの顔も名前も知らないままそれぞれの仕事をしていたかもしれない彼等を結びつけたのは、王に呼ばれた鍛冶職人の存在だった。
「内気でなかなか周囲に溶け込めない私に、年頃も雰囲気も近いんだから話相手にしてみたらどうだとザッハを紹介されて、そこから少しずつだが仲良くなった……今思えば、ほとんどザッハから歩み寄ってくれていたんだが」
「基本はあんまり変わらないのね……物陰に隠れてる姿が想像ついちゃうわ」
「かわいい」とくすくす笑うイシェルナに赤面するオグマだったが、前方に人影を認めると話を中断しその姿を注視した。
「あそこにいるのは……」
「あら」
風に流れる月白の長髪、スッと筆で引いたような切れ長の赤眼、整った顔立ちに立ち振舞いは華と気品を感じさせる若き騎士。
「トランシュ!」
「えっ、オグマさん? それにイシェルナさんも」
こんな所でオグマ達とはちあわせするとは思ってもいなかったのだろうトランシュは寒さも忘れ驚いた様子で、二人の顔を交互に見た。
まるでお化けか何かでも見ちゃったみたいなリアクションね、とイシェルナがからかう。
「どうしてこんな所に二人だけで……モラセス王の目撃情報を追って来たんですか?」
「あ、そっか。色男さんはまだ知らないのよね」
モラセス王の事件から今まで目まぐるしく事態は変わっていったが、実際のところそれほど時間は経過していない。
もうとっくにその話は解決したことも、新たな事件が起こっていることも目の前の騎士は知らずにいるのだ。
「わざわざこんな所まで来たのに残念……っていうのも変かしらね、王様ならもう城に帰ってる頃だと思うわ」
「……は?」
案の定、すぐには理解ができないトランシュの目が白黒している。
騎士団の中でもモラセス王の事件に関わっていた彼にならと、イシェルナとオグマはこれまでの経緯を説明した。
「そんな、ザッハ様が!? それで世界に危機が迫っているって……」
「このまま放っておけば世界は障気に蝕まれ、凶暴化した魔物で溢れ返るだろう。そうなれば、どちらが早いにしろアラカルティアは滅びる……それを食い止めるため、我々はそれぞれ別行動で事を進めているんだ」
「僕がもたついている間にそんなにいろんな事が起きていただなんて……」
焦燥と歯痒さから唇を噛む、美青年騎士。
しかしデュー達にはマンジュの民に伝わる秘密の通路と聖依獣の転移術があり、移動時間を大幅に短縮できた上に情報に恵まれていたからで、彼は決してもたついてなどいない。
「あたし達もたまたま巡り合わせたものが良かったからどうにか間に合ったのよ、って言ってもこういう事態になっちゃったけど……でも、ここから挽回すればいいじゃない」
「そうだ。こうしている間にもできる事がある」
「僕に、できる事……?」
少し高い位置からの優しげな声に俯いていた顔を上げるトランシュ。
「ふさぎ込んで目や耳を閉ざしてしまってそれを逃して、手遅れになってしまったら目もあてられないだろう?」
「……オグマさん、まるでスタード教官みたいだ」
「恥ずかしながら、こうやって受け売りばかりしている」
日頃頼りなく見えるオグマがたまに騎士らしく振る舞っている時があるのは彼等の師であるスタードの影響なのかと気付いたイシェルナは、騎士団に所属していた時期が重ならないであろう二人の共通の話題に「改めてすごい人なのね、あのおじさま」と呟いた。
「私も、この先に同行しても良いでしょうか?」
ふいに口を開いたトランシュは、どちらも年上相手のためか心なしか遠慮がちで。
「いいわよ。美形が増えるのは大歓迎♪」
「増える?」
「あらん、オグマも含まれてるわよ。びくびくしてなきゃけっこうイイ線いってるんだからね」
首を傾げるオグマにウインクで返して、イシェルナは女神のように微笑んだ。
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