~絶望は突然に~・3

 核である巫女を失った結界は、そこから糸がほつれていくように、加速度的に綻びをひろげ儚い光の粒となって消えていく。

 それはこの上にある表層界アラカルティアが、地下から染み出す障気から身を守る術を失ってしまったことを意味していた。


「うそだろ、これじゃ地上は……」

「そのうち障気で滅ぶだろうね。あはっ、それとも溢れかえった魔物に滅ぼされるのが先かなぁ?」


 同様に結界から離され消えかかっているカミベルと、みるみる弱っていく王を見遣るとザッハは満足げに笑ってみせる。


「さて、もうここには用はないな。父上の最期を見届けたいところですが、僕も忙しいんで」


 バサリと四枚の翼で羽ばたくと、ようやく魔物を片付けたデュー達を尻目に里の出口へ向かう。


「それじゃあ父上、サヨウナラ♪」

「この野郎……!」


 殺気だったデューの剣も届かず、ザッハの姿は消えていく。


 そしてあとに残された仲間達は、絶望の表情で立ち尽くしていた。


「これ、やばいんじゃないですかね……」

「地上が、みんなが、死んでしまうのか……?」


 それぞれの脳裏に、喪いたくないいくつもの顔が浮かんでは消える。

 自分達に力が足りなかったばっかりに、何も出来なかったばっかりに……シュクルやフィノの目には涙が滲んでいる。


「カミベル……」

「モラセ、ス……」


 それよりも先に、今まさに命の灯が消えようとしている二人がいた。

 生身に近い体で深手を負った王と、実体のない身で結界から引き離された巫女。


 こんな別れがあって良い訳がない、とスタードが内心で苦い思いを噛み潰す。


 誰もがそう思うが、どうにも出来なかった……はずだった。


「まだじゃ、まだ諦めるのは早いぞ」

「え?」


 希望を含んだ言葉にカミベルが振り向くと、巨大な毛の壁……もといムースが自分に向かって大きく口を開けているのが見えた。


 そして…………


 ばくんっ。


「「「は?」」」


 あまりの出来事に、何人かの気の抜けた声がハモる。


 それもそのはず、ムースはそのままカミベルを一口で食べてしまったからだ。

 何より目の前でそれを見せられた王が、驚きと混乱で硬直していた。


「なななな何しちゃってんですか長老さんん!?」

「応急措置じゃよ。わしら聖依獣がどーゆー生き物か、知っとるか?」


 思わずツッコミを入れたリュナンに、ムースがウィンクをして見せ……いややはり毛で見えない。


「聖依獣は精霊やマナを宿す“器”なんじゃ。そしてあらゆる生物の体にはマナが流れとる。実体のないカミベルはマナの塊みたいなもんじゃから、こーやって一時的にわしの中に移して、消滅を防いだんじゃ。少なくとも今すぐ消えるこたーないぞ」

「カミベルは、助かったのか……?」

「さすがにお主を助けることは出来んが、のう。とゆー訳じゃから安心して自分の心配をせい」

「ああそうか、私は死ぬのか」


 他人事めいたモラセスの呟きで我にかえったスタードがオグマの手を取り、力なく横たわる王のもとへ駆け寄る。


「オグマ、モラセス王に治癒術を!」

「は、はい!」


 慌てて二人がかりで治癒術をかけるが、先刻のムースの言葉どおり、浄化しきっていないモラセスの肉体は治癒術の効きが弱い。


「死ぬなんて言わないでください! ようやくここまで来たのに!」

「いや、当然の報いだろう……私はそれだけのことをした」

「くそっ、まだ浄化は終わらんのか!?」


 焦りと苛立ちで声を荒げるスタードを見上げ、死期を悟った王は静かに瞼を降ろす。


 ………が、


「違うだろ」


 少年の声が死へと微睡みかけたモラセスの意識を呼び戻した。


「生きて償わなきゃいけない。きちんと謝らなきゃいけない。ここにいるミレニアと、教官と……あとたぶん、ぐれちまった息子にも。ここで死んじまったらそれも出来ないし、そうなったらオレはあんたを許さねえ…………です」

「デュランダル・ロッシェ……」


 仮にも主君に対する言葉とは思えないデューのそれだが、今は誰もたしなめられる空気ではない。


 ふ、とモラセスの口許が緩む。


「……そう、だな。あと口の聞き方がなっていない若造に説教も追加だ」


 鋭い紅眼から諦めの色が消え、かわりに生の輝きが宿った。

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