~決別~・3

 道中魔物を退けながらようやく花畑に辿り着いた一行が見た光景は入れ違いに消えていく王とその手から解放され糸の切れた人形のように崩れ落ちる騎士の姿だった。


「騎士団長!」

「教官っ!」


 オグマとデューがそれぞれ叫ぶその声に意識を繋ぎ止められたスタードはどうして、と呻く。


「お前、オグマ……それ、に……そ、ち……少年、」

「喋らないで下さい!」


 苦悶の息でそれでも言葉を紡ごうとするスタードに駆け寄り一喝すると、オグマは淡く白い光を漂わせて集中する。


「……友愛の翼、その優しき抱擁で倒れし仲間に再び立ち上がる力を!」


 具現化した治癒術がまばゆい光の翼となり倒れた騎士を包み込む。

 放って置けば命はなかったであろう重傷をみるみる癒すほどの強力な術に苦痛を取り除かれ、スタードは驚きに目を丸くした。


「その術はリィムの……」

「もう、誰も喪いたくないんです……もちろん騎士団長、貴方も含めて」


 水浅葱の瞳には、悲痛な願いと決意が込められて。

 内気であったオグマをこれほどまでに強く突き動かすものに心当たりがあったのか、スタードは「そうか」と力なく色素の薄い睫毛を伏せた。


「ああそうだ、今の私はもう団長ではない。数年前に退いて、そこの彼の言うように教官をしている……よく知っていたな、少年」

「えっ、えー……それはその……」


 まさかその少年が中身は大人で現役の騎士だなんて想像もしないスタードの視線に一瞬デュー達は顔を見合わせ……ミレニアとイシェルナは後方でこっそり笑いを噛み殺していた。

 スタードは彼らの反応の意味がわからずに首を傾げると、ダメージの残る身体でよろよろと立ち上がる。


「まあいい、私は行かなければ」

「む、無茶です! 命に別状はなくなったとはいえ、まだ体を休めないと……」

「そんな暇はない。王を止めねば、取り返しのつかぬことになる前に……」


 オグマの制止も聞かずに無理矢理モラセス王を追おうとするスタードに組み付き、普段の彼らしからぬ形相で睨んだのはリュナンだった。


「あああもう、騎士って奴はどいつもこいつもめんどくさいな!」

「な、放せ!」

「あんたさっきその王様にやられてたでしょ! それなのにもっかい行くとかせっかく拾った命わざわざ捨てるんですか!?」


 殴りかからんばかりの剣幕に気圧されて動きを止めたスタードの肩を掴んだままがっくりと項垂れるリュナンは、いつものしまりのない彼で、


「……頼むから、もっと若者を頼ってくださいよ……」


 その声には既に、さっきまでの勢いはなくなっていた。


 長く共に旅をしてきた仲間たちすら一瞬怯ませたそれがおさまったのを確認すると、ミレニアがやれやれと笑って、


「積もる話は後にして村まで運んで休ませて貰うかのう。村の者にはわしが事情を伝えておく」

「それでいいですね、スタード殿……リュナン、肩を貸してくれ」

「俺一人で運べますって」


 どやどやと賑やかになった花畑は、程なくして静けさを取り戻すのだった。

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