その5

 そこで奏野が戻ってきたので、俺たちは男子トークをやめた。多賀はディスプレイから目を離さずに尋ねる。

「どうだった?」

 疲れ切ったようにパソコンの前に座り込んだ奏野は一瞬で立ち直ると、ものすごいスピードでキーを叩きながら答えた。

「だいぶゴネたけど、行ったよ」

 乱れた前髪をかき上げる仕草は、意外に色っぽかった。日ごろのガサツさからは、とても想像できない。

 その妄想を払いのけようという気持ちもあって、僕はパソコンを打ちながら尋ねてみた。

「何て?」

 腹黒い新島が僕たちのどこに目をつけているのかは、大きな問題だ。

「何で入れないんだって」

 心配した割には単純な答えだった。

「そりゃ……」

 よく考えると、答えようがない。

 さすが、というべきか。人の嫌がるポイントを的確に突いてくる。

 そこは、多賀も感じたらしい。こっちを見もしないで尋ねる。

「どう答えた?」

 奏野はちょっとだけ手を止めて、自分の返答を自信たっぷりに再現した。

「お前らが自習室、何に使ってるか知ってるぞ、って」

 驚いた。多賀でも知らないことを……女子には女子の情報網があるらしい。今聞いても仕方ないことだが、それはそれで興味を引かれた。

「何に? 」

「知らない。」

 奏野は素っ気なく答えて、またパソコンに戻った。再び、凄まじい勢いでキーを叩きはじめる。

 投げやりな答えにはちょっと拍子抜けしたけど、僕の感じたことは、多賀がこっちを見もしないで述べてくれた。

「たいしたハッタリだな。」

 非難とも褒め言葉ともつかない指摘をごまかすかのように、奏野はキーを打つ手を止めて立ち上がると、グラウンド側の窓の外を眺めた。

「よし、帰ってく」

 新島はもう来ないということだろう。僕も腰を上げて、確かめに行った。

「どれ……」

 遠目にスタイルだけ見ればいい感じの、長い黒髪の女子生徒が、窓の下を歩いていく。とっととどこにでも遊びに行けばいい。

 多賀は、手を止めた僕を急かすように言った。 

「風間は?」

 下を歩いていないかという意味だ。じっと眺めてみたが、誰も通らなかった。僕は正直に答える。

「いない」

 さすがの多賀も苛立ちを抑えきれなかったのか、普段なら考えられないような荒々しい口調で吐き捨てた。

「何やってんだよ」

 姿勢がディスプレイとキーボードと椅子に固定されているせいか、語気は余計に荒くなっていた。それには奏野もちょっと押されたのか、遠慮がちに尋ねた。

「多賀……くん、あと、何分くらいかな? 」

「20分ぐらい」

 多賀は椅子の背もたれに身体を投げ出す。

 即答できたのは、ディスプレイ上の時刻を眺めたからだろう。 

 突き放すような口調に、奏野はおずおずと尋ねる。

「そう……あ、どのくらいできた?」

 多賀はキーを叩く音と同じくらいせわしなく、イライラと答える。

「あと、風間の分だけ……」

 奏野が窓枠を掴んだ手に、静脈が薄黒く浮かんだ。

「何やってんだあいつは!」

 情報処理部長の作業速度が、咆哮と共に急上昇した。

 その非難の相手には、外を眺めたままの僕も含まれていたかもしれない。だが、さぼっていたわけじゃなかった。

「何とかデッチ上げる! 知恵と手貸せ、学年トップ5の遠田勝昭! 」

 多賀は再びパソコンに飛びついたが、僕はそれに応えられなかった。

 いつもは遠目で見ていたものが、すぐそこに、ちゃんとあったからだ。

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