7

 けっきょく、明乃は家の前までついてきた。心配なのか、送ると言って聞かなかったのだ。道行で、二人はほとんど話さなかった。二人で下校するのははじめてだったから、少し緊張していたのかもしれない。それでも、内谷の神原家に着く頃には、あっという間の帰路だったように思えた。まだまだ話したりないことがあるように思えた。明乃は奈都がドアの鍵を開くのを見てようやく安心した様子を見せ、今日一日外出しないように言い含めた。


「いい。机にかじりついて勉強するのよ。テストが近いんだから」


「はいはい」


「じゃあ、また明日」


「ああ、また明日」


 奈都は言いつけを守らなかった。自分の部屋に入ると、鞄を投げ出し敷きっぱなしの布団に横になったのだ。勉強どころではなかった。明乃だってそうだろう。


 ――足立ナンバーのグリーンのスポーツカーに気をつけなさい。


 ――わたしはその車で誘拐されるわけ?


 ――そうよ。


 明乃は断言した。


 ――わたしは見たの。目の前でナツがグリーンのスポーツカーに押し込まれるところを。


 ――そいつがハルやフユもさらったのかな。


 ――わからない。でも、とにかく気を付けて。


 いくら奈都でも、にわか予言者の言うことを素直に信じるほどおめでたくはなかった。まだ明乃と真布由が結託して自分を担いでると考えた方が腑に落ちる。しかし、その可能性を信じたくない自分がいるのも事実だった。


「だからって、予知なんて言われてもなあ」


 その夜、奈都は夢を見た。気が付けば、遥と二人で電車の席に座っている。


「心配したぞ、ハル。お前がいなくなってから、みんな変になっちゃったんだからな」


「ごめんね」遥は言った。「でも、きっともうすぐみんなに会えるよ。ほら、あそこで」


 遥は窓の外を指差した。スカイツリーだ。東京の電車なのか、いつもより大きく見える。


「それはどういう――」


「大丈夫だから」遥は微笑んだ。「スカイツリー、すぐ会いにツリー。なんちゃって」


 なおも問いかけようとすると、車内アナウンスが流れてきた。


『次は池袋、池袋』


 そこで目が覚めた。時刻はまだ早朝だ。しかし、もう一度寝つける気もせず、奈都は登校の準備をはじめた。制服に着替え、シリアルに牛乳をかけて食べる。叔母さんが起き出してきたところで「行ってきます」と声をかけ出発した。


 低気圧がいまだ居座っているらしい、空は薄暗く、起きてからずっと頭痛がしていた。学校まではずっと住宅街が続く。細い路地を歩いていると、背後に車の気配を感じた。振り返ると、グリーンのスポーツカーが徐行しつつ近づいてくるところだった。


 足立ナンバー。


 奈都は思わず駆け出していた。しかし、背後で車が急加速する気配があり、次の瞬間、奈都は後ろから追突されていた。


 地面に転がりながら、奈都は車のドアが開く音を聞いた。足音が近づいてくる。やがて、足音が止まったかと思うと、何者かが自分の体をひょいと抱え上げた。それと同時に、何か柔らかい布のようなものを口元に当てられる。鼻が痛くなるような、刺激臭。マジックインキに似た匂いがした。どうしてだろう、目が開かない。何者かの鼓動と吐息を感じるだけだ。おそらく車内の椅子だろう、奈都は柔らかい場所に横倒しにされ、その直後にドアが閉まる音が聞こえた。


「ナツ!」


 誰かが自分の名前を呼ぶのが聞こえる。それを最後に奈都の意識は途絶えた。

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