6
二人は揃って校舎を出た。テスト前のため、校舎には長居できない。帰りの方向もばらばららしく、近所の公園で話をすることにした。新幹線と埼京線の高架に沿うようにして南北に伸びた細長い公園で、雨空のためか人気がない。二人は四阿のベンチに腰を下ろした。
「ねえ、はじめて会った日のことを覚えてる?」明乃が尋ねた。
「いや」奈都は言った。
「普通、忘れる?」明乃は言った。「まあ、いいわ。ナンパみたいだったのよ。顔を合せるなり、知り合いに似てる気がするって」
「アキが? わたしに?」
「逆よ、逆。ナツがわたしに言ったの」明乃は否定した。「わたしが初対面の人にそんなこと言うわけないでしょ」
「わたしだって言わないよ、そんなこと」
「でも言ったのよ」明乃は言った。「あのとき、ナツはわたしのことをアキって呼んだわ。まるで、本当にむかしから知ってる友達に呼びかけるみたいに。アキなんて呼ばれたのはあの日がはじめてだった」
「あれ、本名違うの」奈都は言った。「そっか。そういえばアキのフルネームも知らなかったんだな、わたし」
「そうよ」明乃は少し間を置いて、「わたし、
「わたしはただの
「なんだ、そのままの名前だったのね」
「でも、それさえ知らなかった」奈都は言った。「どうすればいい。今度から明乃って呼ぼうか」
「いいわよ、アキで。わたしもナツって呼ぶし」
「それ、どっちみち変わんないって」
「そうね」明乃はくすりと笑った。
「で、なんだよ急に」
「名前くらい知っておきたかったの」明乃は言った。「ナツまでいなくなってしまう気がしたから」
「そんなわけないだろ」
「そうとは言い切れないじゃない。逆にわたしが事故か何かで会えなくなる可能性もあるし……そうなったときお互い名前もわからないんじゃどうしようもないでしょ。今日の一件でお互い懲りたと思うけど」
「縁起でもないこと言うなよ」
「そうやっていやなことからすぐ目を背ける」明乃は皮肉というには優しい口調で言った。「ナツの悪い癖ね」
奈都は居心地が悪くなり、四阿の外に目を向けた。ふたたび雨がぱらつきはじめている。高架の上を電車が通過していく音が、まるで誰かが泣いているように聞こえた。
「さっきのはなんだったんだ」奈都は話題を変えた。「ほら、思い出したって。フユが失踪したとか」
「思い出した……か」明乃はその言葉をかみしめるように言った。「そうね。わたしは思い出した。フユが失踪したって報じた新聞記事のこと」
「それって十年前の?」
「ええ。日付まではっきり覚えてる。十年前の六月六日。フユ……錦戸真布由って子が三日から足取りが途絶えてるって内容だった。顔写真も載ってて、それはフユそのものだった」
「冗談だろ」奈都は信じられない思いで言った。「それじゃまるでフユが幽霊か何かみたいじゃないか」
真布由の顔が浮かぶ。色白で、どことなく薄幸のオーラが漂っていた。幽霊みたいだと思ったことがないわけじゃない。言われてみれば、気配が薄く、気づいたらそばにいてびっくりすることがあった。しかし、だからといって本物の幽霊だなんて。
「それはわからない」明乃は言った。「でも、今日わたしたちは自分の目と耳で確かめたはずよ。フユなんて生徒はどこにもいなかったし、誰も知らなかった。唯一知っていたのはあの先生だけ」
「でも、なんでいままでその記事のことを思い出せなかったんだ。フユとは毎日顔を合せてたのに」
「わからない……でも……」
「なんだ」
「わからないの」明乃は繰り返した。「思い出したって言っても、何かが違う気がするの。まるで過去じゃなくてこれから起こることがわかったみたいで……だって記事の日付は十年前よ。当時のわたしに漢字が読めたわけないし、どうしてそんな記事を覚えてるの? だから……そう。記事を見るのはむしろこれから先のことのような気がするの」
「なんだよ、それ」
「夢」
「なんだって?」
「夢よ。フユが見たっていう夢。予知夢って言うのかしら、わたしが見たのもそれなのかもしれない」
「どういうことだ?」
「だって、おかしいのよ。記事もそうだけど、さっきからずっと嫌なイメージがまぶたの裏にこびりついて離れないの。まるで見覚えのない記憶。想像と切り捨てるには鮮明すぎるイメージが」
「おいおい」奈都は言った。「幽霊の次は未来予知か」
明乃はそれには答えなかった。深刻な面持ちで、手を組み合わせている。
「その嫌なイメージっていうのは何なんだ」奈都は訊いた。
「ナツ」明乃はしばらく考え込むようにしてから言った。「あなた誘拐されるわ」
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