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「フユさん、ですか?」下級生は訝しげに言った。「さあ、似た名前の子はいますけど……」


 その子の元に案内してもらう。陸上部員らしい。日に焼けて上背があり、真布由とは全くの別人だった。


「フルネームはわからないんですか」


 奈都は苦笑した。「ごめん。わからないんだ」


 奈都たちは、真布由のクラスはおろかフルネームすら知らなかった。なにせ一学年が十クラスを超えるマンモス校だ。名前を聞いて回るだけで昼休みが潰れた。


「先輩たちはどうしてその人を探してるんですか」


「急に連絡がつかなくなったんだ」


「よくわかりませんけど、友達だったんですか?」


「どうだろうな」明乃に肘を入れられた。「いや、友達だ。友達」


「連絡がつかないってことですけど、電話番号とかは知ってるんですか?」


「いや」


 下級生の表情がますます曇った。


「じゃあ、どこで知り合ったんです」


「それは話すと長くなるというか」奈都は苦笑した。「ごめん。急にこんなこと言っても怪しいだけだよね」


「いえ」口ではそう言ったが、目は「はい」と言っていた。


 その後も、教室を移動しながら訊いて回ったが、誰も真布由のことを知らなかった。名前の似た生徒に当たっても、そのすべてが別人だった。


「まさか同級生だったのか?」


「先輩っていう可能性もないではないわよ」


 奈都は首を振った。「考えられないな。フユを先輩と呼ぶなんて」


 放課後、二人は職員室に向かった。一年の主任をつかまえて話を聞く。だが、やはり心当たりがないという。


「本当に知りませんか? こう……ちっちゃい子で年中カーディガンを羽織ってて……おかっぱみたいなボブで、目は切れ長で、泣きぼくろがあって」


 そのとき、後ろから定年間近の技術教師が割り込んできた。


「おいおい、先生たちをからかってるんじゃないだろうな。冗談にしてもたちが悪いぞ」


 奈都と明乃は顔を見合わせた。


「どういうことですか」奈都は尋ねた。


「錦戸真布由のことだろう」技術教師は奈都たちに向かって言った。「違うのか」


「心当たりがあるんですか」明乃が勢い込んで尋ねた。


 技術教師は鼻白んだように、


「本当に知らないのか? まあいい。錦戸真布由っていうのはな、確かに一年の子だ。君たちの言う通りの容姿で、年中紺のカーディガンを羽織ってた。大人しい生徒で、飛びぬけて成績がよかったわけじゃないが、素行にも特に問題はなかったし、授業も真面目に受けてたよ。手先が器用な子でな、夏休みの自由研究でスライド式の本棚を作ってきたのをよく覚えてる」


「どうして過去形なんです?」奈都は訊いた。


「そりゃあ、十年前の生徒だからな」


「十年前?」


「そうだ。十年前、彼女は――」


「失踪した」明乃が割り込んだ。口元を押さえ、自分でも信じられないという顔をしている。「わたし、思い出した……」


「なんだ、やっぱり知ってるんじゃないか」技術教師は言った。「大人をからかいやがって。さあ、出てった出てった。校内に長居するなよ。帰って勉強しろ」

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