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 低気圧はしぶとく居座った。雨の日が続く。それでも、屋上を訪れ続けたのは、真布由の様子が気になったからだ。明乃も同じ気持ちだったらしい。二人は雨の屋上で毎日顔を合せた。真布由の姿はない。それが雨のせいなのか、もっと別の理由によるものなのかはわからなかった。


「ねえ、このままでいいの」


 久しぶりに晴れ間が広がったその日、明乃は奈都に問いかけた。


「何が?」奈都は単語帳をめくりながら言った。


「単語帳なんて見てる場合じゃないでしょ」明乃は単語帳を取り上げた。「もう一週間よ。心配にならないの」


 けっきょく、この一週間、真布由は屋上に顔を出さなかった。これまでにも何度か屋上に出てこないことはあったが、これだけ長い期間、続くのははじめてだった。


「テストまで消えてなくなるわけじゃないぞ」


「わたし、ナツは鈍感でも薄情ではないと思ってた」


「わたしが鈍感なうえに薄情みたいに言うんだな」


「そう言ってるのよ」明乃は苛立たしげに、「ナツはこのままじっとしていられるの?」


 奈都はため息をついた。


「アキ。たぶんお前の言うとおりだ。わたしは鈍い。だから言いたいことがあるならもっとわかりやすく言ってくれ」


「フユを探しにいかないの?」


「別に申し合わせて集まってるわけでもないだろ」奈都は言った。「来たくないなら来なくていい。それでいいじゃないか。ここはそういう場所だと思ってたけど」


「そんなことを訊いてるんじゃないのよ。あなたがどうしたいかってこと」


 奈都は無言で景色に目をやった。雨上がりで空気が霞んでいる。知らず、スカイツリーを探していたが相変わらずその姿は見えない。


「わからないよ。そんなこと」


 明乃はため息をついた。


「さっき言ったことは訂正する。あなたは鈍感だけど薄情じゃない。不器用なだけなんだわ」それから優しげに問う。「ねえ、ナツ。あなた兄弟はいる?」


「なんだよ、急に」奈都は明乃に向き直った。


 明乃は答えず、


「わたしには妹がいるの。優秀な妹よ。東京の私立に通ってるの。吹奏楽部に属しててね、夕食の席は彼女の話題で持ち切り。でも、本当はわたしもそうなるはずだった。妹より一年先んじて、同じ学校を受験したのよ。四年生から塾に通って、家庭教師を何人もつけて、だけど通らなかった。バックアップって言ったらわかる? 両親はそうなるのがわかってたみたいに、わたしから妹へと期待の対象を乗り換えた。いまでは、わたしのことなんて全く顧みない。いないのと同じよ。寝坊したって起こしてくれないんだから」


 明乃はそこでいったん言葉を区切った。


「落ちてからのわたしはひどいものだった。まるで抜け殻よ。三年間の努力が無駄に終わったんだもの。そうなってもおかしくないわよね。この学校に入学してからも誰とも話さず、小学校からの友達が新しい友達と仲良くなるのをぼーっと眺めてるしかできなかった。いじめっ子がいたら、きっと真っ先にターゲットにされてたでしょうね。そんな毎日に嫌気がさして、ある日、ふらっと屋上に立ち寄ったの。もしかしたら、危ないことを考えていたのかもしれない。けれど、そうはならなかった。どうしてだと思う? そこにナツたちがいたからよ。ナツたちに出会ったから、わたしはいまこうしてここにいる」


「何が言いたい?」


「みんな大切な友達だってこと」明乃は毅然と言った。「たとえお節介でもかまわない。わたしはフユを探しに行くわ」


 奈都はふたたび景色に目をやった。薄暗い空、どこまでも続く住宅街。スカイツリーが見えない景色は少し物寂しい。手すりをぎゅっと握りしめ、そして答えた。


「わかったよ。わたしも協力する」


「そう言ってくれると思った」明乃は安心したように言った。


 奈都は急に照れ臭くなり、視線を外した。


「一応訊いておくけど」


「何?」


「フユのクラスくらいは知ってるんだろうな」


「そういうナツは知ってるの?」

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