3
翌日の昼休み、奈都が屋上に上がると、すでに明乃と真布由の姿があった。二人は傘を寄せ合いながら、明乃のスマートフォンにかじりついている。教室でも見た光景だ。
その日の教室は遥の話題で持ちきりだった。奈都はそこではじめて、遥が八組の生徒であることを知った。それだけではない。遥はむかしジュニアタレントをしていたことがあると言う。活動期間は短く、またとりたてて有名だったわけでもないが、朝のニュースでは彼女が出演したホームドラマやランドセルのCMの映像までもが流れたそうだ。
――全然気づかなかった。
――知ってたらサイン貰ってたのに。
――でも、もう引退したんでしょ?
スマートフォンを覗き込みながら歓談する同級生たち。きっと遥の映像を見ているのだろう。自分の知らない遥が同級生たちの手の中で微笑んでいる。そう考えると、なぜか気分が悪かった。
「逢坂遥ね」奈都は明乃のスマートフォンを覗き込みながら言った。「どうりで見覚えがある気がしたんだよ」
「そんなこと言わなかったじゃない」
明乃は神経がささくれ立っているように見えた。
「ハルのこと、知ってたか」
奈都が問うと、真布由は力なく首を振った。
三人はしばらく傘を寄せ合い、幼い遥が母親役の女優に泣きつく場面や、他の子供と一緒になってランドセルの軽さをアピールするように飛び跳ねる映像を見ていた。
「ハルちゃん、ぴかぴかしてますね」真布由は言った。「わたしたち、ハルちゃんの何を知っていたんでしょう」
それを言われると弱いのが、四人の関係性だった。ここは吹き溜まりのようなものだ。自分みたいな流れ者が最後に行き着く場所。他の三人にしたってきっと望んでこの場所に集ったわけではあるまい。強い風が吹けばまた別の場所に流れていく可能性はいくらでもある。
「知ってることなんていくらでもあるさ」
「たとえば?」
「だし巻き卵とアルパカ、それにダジャレが好きで、蜘蛛が苦手だった。あとはえーと、アキにパス」
「わたし?」明乃はまるで爆弾でも受け取ったように戸惑った様子を見せた。「え、えーと、そうね。身長はわたしと同じぐらいで、マイペースで、えーと……」
「ほらな」奈都は慌ててさえぎった。「わたしたちだって何も知らないわけじゃない」
「ではナツさんは知っていますか? ハルちゃんがどこに住んでるのか。どうしてタレントをやめたのか。そして、いまどこにいるのか」
沈黙が下りた。
「すみません。お二人なりに励ましてくれたんですよね」
真布由は寂しげに微笑むと、足を引きずるようにして屋上を後にした。
「夢の話できなかったわね」
「夢?」
「フユが見たっていう夢よ」明乃は言った。「正夢になるなんて」
「ああ。そんなことも言ってたな」
「ねえ、フユ明日も来るかしら」
「どうだろ。あの様子だと二、三日は休んでもおかしくないけど……」
「それだけですめばいいけど」
「おいおい、フユまで消えるような言い方はやめろよ」
「そうならないってどうして言えるの?」明乃はほとんど泣きそうになりながら言った。
「そうなる夢でも見たのか?」
「そうじゃないけど……」
「なら落ち着けよ。まだハルのことだって何もわかってないんだ。またそう遠くなく四人そろう日が来るって」
「そう……よね」
奈都はうなずいて、東京の方に目をやった。スカイツリーの姿は見えない。降りしきる雨と湿った空気がまるでカーテンのように垂れ下がっていた。雨の日はそもそも屋上に上がることがない。こうして集まったのは遥のことがあったからだ。
いつもの風景なのに、どこか違う。その違和感が小さな棘となって奈都の胸に突き刺さった。
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