2
そのニュースを知ったのは夕食の席でのことだった。
神原家の夕食は一家団欒の時間だ。奈都の叔父さんに叔母さん、そしてその息子で従弟にあたる直矢の。叔父さんから残業の連絡でも入らないかぎり、一家四人が揃うまで決して箸をつけず、テレビにおしゃべりを交えながらゆっくりと食事を楽しむ。喋るのはたいていが直矢の仕事だ。学校であったこと、テレビの内容へのコメント。九歳になったばかりの直矢は間断なくしゃべり続ける。その日もそうだった。奈都がとうに食べ終え、食器を洗い終えても一家はまだ歓談を続けていた。
「それで俊樹がどうしたと思う? 拗ねて帰っちゃったんだ。おかしいよね。自分がじゃんけん弱いだけなのに」
「仲よく遊ばないとダメだぞ」叔父さんは父親らしく言った。「しかし、最近、恋君の話を聞かないな」
「恋? あんなのともう遊んでないよ」
「どうして」
「どうしてって……あ、お父さん、チャンネル回して」
見ていた番組が終わったらしい。叔父さんは箸をリモコンに持ち替え、チャンネルを回しはじめた。
「何もやってないなあ」直矢は不満げに言った。「あれ、このニュースってお姉ちゃんの学校じゃない?」
二階に上がりかけていた奈都は思わず振り向いた。奈都に直接訊いたわけではないらしい。家族の視線はテレビの固定されたままだった。直矢がテレビの画面を箸で指している。四二インチの画面の中で、遥が微笑んでいた。おそらくは学生証の写真だろう。その写真と「行方不明」の四文字が結びつくまでには時間がかかった。
「奈都ちゃんと同じ二年生だって。知り合い?」
叔母さんの問いかけに、奈都は思わず首を振った。そのことに自分自身驚く。首を振った理由は自分でもわからない。でも、屋上での関係を人に話したことはなかったし、また説明が容易でないことはわかっていた。
ああ、そうなんだ。毎日屋上で会ってるんだけど、苗字もクラスも知らなくて……
「ねえ、この人誘拐されたの?」直矢が訊いた。「誘拐だ誘拐だ」と楽しそうに繰り返す。
「ダメよ、おもしろがったりしちゃ」
「だってうちとは関係ないでしょ」
「たしかに身代金目当ての誘拐なら、うちを狙うとは思わないけど……」
「おいおい」叔父さんが苦笑する。「水を挿すようだけど身代金目当ての誘拐だけはないと思うよ。そういうときは報道協定というのが結ばれるから、こういうかたちで報道されたりはしない」
「ということは家出?」と叔母さん。
「さあね。何か別の事件に巻き込まれたという可能性もあるし……」
「たとえば?」直矢が無邪気に尋ねた。
「たとえばだな……」叔父さんは言葉を詰まらせた。
「なんだっていいだろ。そんなの」奈都は思わず口を挟んだ。「うちとは関係ないんだから」
奈都は言い切ると、家族の反応も確認せず階段を上りはじめた。突然のことで戸惑ったのか、リビングはしばらくの間沈黙していたが、やがて叔母さんがこうひとりごちるのが聞こえた。
「でも、この子の顔、どこかで見たことあるのよね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます