なるほど、ゴローの息子だ

 わたわたとする女に構わず、洗い物を完了させて、グラス四つとよく冷えた麦茶のピッチャーを持って移動する。ついでに、するめと柿の種も一袋ずつ。

 グラスの二つに麦茶を注いで一つを女に渡すと、オーブンが鳴った。女はまだ、料理に手をつけてなかった。


「食べられないんじゃないならとっとと食え。冷えて固まったチーズって、大ッ嫌いなんだよな」

「…いただきます」


 おがりなさい、と言った光希みつきの声がよみがえった。

 あれは、小学校の給食の挨拶じゃなかったか。頂きます、と皆が言って、日直が、お上がりなさい、と返す一連の儀式。懐かしい日常。


 そうしてグラタン皿をテーブルに乗せると、予想通りに粗方は食べきられていた。空になった皿を、流しで水につける。これを洗うのは明日にしよう。 

 テーブルに戻って麦茶のグラスを持つと、臨戦態勢が整った。


「俺が殺されかけた理由は?」

「おお直球」


 茶化した親父。ミランダは、のびるチーズと戯れながら、パングラタンのパンを取り皿に移しているところだった。

 どうにも…タイミングを間違えた気がしてならない。

 そう思ったのは俺だけじゃないらしく、ミランダは控え目に、苦笑した。


「なるほど、ゴローの息子だ」

「ちょっと待て、どこでそう判断したお前。今のどこで。この半熟卵のどこが俺を髣髴ほうふつとさせたよ?」

「ちょっとした勘違いだ、ゴローの息子。すまない」


 ミランダはあざやかに親父を無視してのけると、ちっともすまなそうではなく、それどころかまだ湯気の立つパングラタンを食べながら言ってのけた。

 さてどこから突っ込むべきだこれはと、麦茶をすすって間を取りながら考える。既に、少しぬるい。

 とりあえず。


「えーと…そこのアンタ、ミランダさんの娘。名前は?」


 黙々とやけにゆっくりとサラダと格闘していた女は、吃驚したように俺を見て、戸惑ったようにミランダを見た。答えたのは、ミランダだった。


「セラフィナ。名付け親が私と知っている上でからかう勇気があるならやってみろ」

「いえいえ滅相もない」

「…親父、滅相って意味知ってるか?」

「エジプトで発掘されたんだっけ?」

「古代遺物か!」


 似た会話をさっきしたよなあ、と、厭な感じの親子のつながりを感じながら、ついつい脱線する。いや、はじめっからそんな予想はしてたけど。ツッコミが外堀すぎたし。

 まあいい。


「セラフィナ、パングラタン食うならとっとと取れ。さっきからめっちゃ見てるだろ」

「え。う」

「そうなのか、フィーナ」

「う、ううぅ…」


 まどろっこしい。フォークを取上げて一切れ取り分ける。

 ありがとうございます、とおろおろとしながら言われた。礼儀正しいというか融通が利かないというか。

 とりあえず、これはこれで終わりだ。

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