あーもういい

「好きにしろ。少年、私は何でもいい」

「何でもいいってのが一番困るんだけど? 腹、減ってる? 熱いのと冷たいのどっちがいい、乾き物と水気あるやつは? さっぱりとこってりは? ついでに親父、夕飯食ったのか?」


 何かみっしりとあった割には、時計の針はそれほどには動いていない。夕飯には遅すぎるが、ない時間でもない。

 親父は、にやにやと笑み崩れた。くっ。


「まだー。ご飯がいいな。ついでにミラは、とろけるチーズが大好物だ」

「ゴロー」

「ん? 本当のことだろ、日本でグラタン食べて目ぇ輝かせたのはどこのどいつだっけかなー」


 楽しそうな大人たち。


 とりあえず酒瓶をガス台近くに固めて置く。びんが出せるゴミの日までは一週間ほどあるんだが、それまでこいつらと同居か。

 ついでに、置きっぱなしにしてたらしいハンドタオルが目に付いて、ざっと水で洗う。

 ソファーの女に投げつけると、反射的にか手では受け止めたものの、不思議そうに俺を見る。

 何だ、この人懐っこい犬みたいな眼は。プロポーションとはあまりに不釣合い。


「顔、いとけ。で、アンタは?」

「私は…大丈夫、で」


 す、は続かなかった。盛大に腹が鳴ったからだ。

 親父は大笑い、ミランダも声を出して笑った。女は顔を真っ赤にして俯く。俺は、溜息がこぼれた。

 腹が鳴るってのは実は空腹と必ず関係しているわけではなくて、満腹でも鳴ったりするらしい。

 が、女の反応からすると、腹が減ってるのに我慢しようとしていたようだ。


「米とパンと麺、どれにする?」

「え…いえ、私はっ」

「あーもういい。チャーハンとパングラタン、サラダとチーズオムレツ、あと賞味期限不明のチーズ、適当に出すから好きに食え」


 この際、冷蔵庫の中の一斉処分でもするか。親父は当然ながら、ミランダも多少傷んでたって腹を壊さないような気がする。

 そんなわけでざっと冷蔵庫の中身を確認する。

 この頃はほぼ一人暮らし状態の上に夏休みだったものだから、微妙に持て余したおかずやら食材やらがあったりする。

 必要に駆られてやってはいるし料理は嫌いじゃないが、無駄はなくし切れていない。

 火を通さなくてはまずそうなものは片端からチャーハンの具にして、一応は生でもいけそうなものはサラダに。パングラタンは手を抜いてインスタントのポタージュスープで作る。

 とろけるチーズの賞味期限が三日ほど過ぎていたから、これはパングラタンとチーズオムレツに大量投入。大袋がまだ三分の一ほど残っていたのだ。

 女があまりにもそわそわしてたから、食器を出して運んでもらう。

 オーブンでパングラタンが焼き上がるのが最後。嬉しそうに箸やスプーンをのばす親父たちを見ていれば、その頃には先に運んだ皿は空になっているかもしれない。


「アンタも、遠慮してたらなくなるぞ」

「ですが…」

「っとに」


 運んだだけで所在なげにサイドテーブルの傍に腰を落とした女に気付いて、片づけを中断する。

 大皿に、混じらないように気をつけながら、料理を載せて手渡す。プレートランチみたいだ。栄養バランス悪いけど。


 困ったように、女が俺を見つめる。


「食え。残したらしばく」

「しば…?」

「怒るってこと。飲みもんは? 希望ないなら、麦茶な」

「え…え?」

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