なるほど、子は親を裏切るものだな

 軍服もどきの腰のベルトをつかんで、家に上がる。

 この女がここにいるってことは、もう一人もいるに違いない。しかも親父と旧知の仲となれば…あたり、居間で酒盛りしてやがる。


 女が多少暴れるが、服の造りは結構頑丈で、破れる気配はなかった。


「なーんだ、色気のない連れて来かただなー。お姫様抱っこくらいしろよ、それでも俺の息子か?」


 サイドテーブルの上には既に、空になったビール瓶と一升瓶が林立していた。

 どんなピッチだ。分かれてから、十分ったかどうかくらいのはずだと思ったが、俺の思い違いなのか。ヤツらとは時間の流れが違うのか。


 女は、観念したのか暴れるのをやめ、下ろして欲しいと言ってきた。が、手を離すとすかさず土下座しかけたので、いていたソファーの上に放り投げる。


「生きてるからいい。それにどうせ、元凶は親父なんだろ」

「ちょっ、待て、今回は俺は無罪だ、濡れ衣だ!」

「どうだか」

「なるほど、子は親を裏切るものだな」


 くくっと、親父と一緒にカーペットに直に座り込んだ男…と思っていたらどうも違った。気付かなかったが、女だ。

 部屋の中だというのにサングラスはそのままで、口元でしか表情が判らないし、声も低いが。


 とにかく、笑った。厭な感じではなく、楽しそうに。


 慌てて見せる親父とは対照的に、サングラスの女は落ち着いていた。張り詰めながらくつろぐという難事をあっさりとやってのけ、古ぼけた湯飲みを優雅に掲げる。

 髪は、若い方の女の色よりも大分くすんではいたが、こちらも金髪だった。長く、何もいじらず肩に流されている。


「挨拶がまだだったな、ゴローの息子。私は、ミランダ。昔、ゴローと一緒に働いていた。生まれたばかりの頃に一度会っているが…覚えているはずがないな。ミチの葬儀に出れなくてすまない」

「母と…知り合いだったん、ですか…?」


 ミランダが見せた表情からは、おざなりの口上には思えなかった。

 平凡な母と見るからに非凡そうなミランダの間の共通点が思いつかず、驚いて見つめると、薄い唇に苦笑が浮かんだ。


「いや、二度ほど会っただけだ。だが…ゴローには勿体もったい無い人だとは、判った。私が私でなければ、友人になりたかった」


 今度の笑みは、自嘲じみていた。何だ、それ。


 サイドテーブルの壜を片付けるために近付いて、俺は、ミランダを間近で見つめた。

 よく見れば、上着を脱いで黒のタンクトップ姿になっている体は案外華奢で、サングラスでよくは判らないが、肌も張りがある。

 最もこれは、俺や親父の同類だったりすれば、あまり意味がないんだが。狼男、いや、狼人間は若々しい、らしい。

 ミランダは、濃いグラス越しに俺を見上げた。


「親父なんかを選んだんだ。アンタがどんな人だって、そうやって思ってくれたなら喜んで友達になったんじゃないか」

「優しいな」


 ふっと笑う顔から目をらして、酒瓶を一掴みに移動させる。しかし、テーブルの上は見事に酒のみ。


「食べられないものとかありますか」

「あっ、俺、熱々とろーりのチーズオムレツがいいなー」

「テメェにゃ訊いてねえ」

「おーいしん、お父様に冷たくないか。反抗期か」

「つまみ、作ります。どうせまだ呑むんでしょ、酒だけじゃ胃が荒れる。そっちのアンタも、何か食べるか?」


 無視かよ、と落ち込んで見せながら実際は笑う親父は放置して、ソファーに放り投げてから時間はっているはずなのに、ぽかんとしている女にも振ってみる。顔についた砂くらい払えよ。

 女は、大きな目を二度三度、ぱちぱちとまばたきした後で、多分、私?と言いながら自分を指差し首を傾げた。

 ちなみに、そのときこぼれた言葉は、英語ではない外国語だった。


「フルコース作れとか言われても無理だけど。アンタらが何者…ってのはまあどうでもいいや。何のために殺されかけたのかくらいは聞かせてもらうけど、とりあえず腹減ってるヤツは自己申告。作ったら話聞いて寝るぞ、俺は」


 明日は新学期で、寝坊したら光希みつきが起こしに来るに決まってる。こんなややこしいヤツらと顔を合わせさせるわけにはいかない。

 で、忘れてたけど…眠れやしないんだ、俺。片付けとかないと面倒な課題が一つ、丸っと残ってる。

 誰か助けて…って言ったって助けてくれる心当たりもない。ああ、無情。


 女は、おずおずとミランダをうかがった。ミランダが、口元で笑う。

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