わーカツアゲされてる気分

 はるかの好きなフルーツ・オ・レとフルーツパフェをかごに入れる。あとは、シャーペンの芯と、ビスケットかパンでも買うか。


「せめて、俺に連絡しろ」

「でも」

「少なくとも野犬騒動が決着つくまで、一人歩き禁止。親父が戻ったら護衛でも何でも頼んでやるから」

「え、吾朗ごろうさん? やった、絶対よ。わーいデートー」

「…何だその差」


 それはもう、俺が男女の違いをよくわかってなかった時分から、光希みつきが親父を好きだってのは判ってる。判ってるが、これはないだろう。

 毎度の事ながら、哀しいを通り越して虚しくなってくる。


 わーいわーいと言いながら、光希は当たり前のように、俺のかごに缶カクテルを入れた。


「…おい?」

「後でお金払うから、一緒にレジ通して。あ、アイスアイス」

「いや待て未成年」

「いいじゃんこのくらい。一回飲んでみたかったのよね、トマトジュースベースってどんな味かなって思って」

「レジ通せって、何かあったら怒られるの俺じゃねえか」

「気にしない気にしない」

「するだろ」  


 とは言うものの、問答を続けるのも面倒でそのまま、雑貨コーナーとパンコーナーに回る。

 目的の品を手に入れてレジに持って行くと、再び光希が、懐かしい棒アイスをかごに入れた。

 きらめく笑顔で、よろしくねーと言われた。その笑顔は、もっと他に使い道があると思う。


 レジの店員は、俺を見るでもなく機械的に品物のバーコードを読み取ると、合計金額を告げた。

 おいおい、成年か未成年かの確認はいいのか。訊かれても、親父の保険証を出すつもりでいたから意味はないが。


 自動ドア前で、光希は待ち構えていた。


「ありがと」

「おう。金寄越よこせ」

「わーカツアゲされてる気分」

 

 笑いながら、レシートを覗き込んで財布を取り出す。


「あ、お釣りある? 五十円」

「おー、あるある。ほい」


 小さなやり取りだが、そのくらいはいいじゃないか、と見逃すのも何か気持ちが悪い。

 お金の貸し借りはこじれると面倒、とは祖母の言葉…だった気がする。違ったかもしれない。


 光希はさっそくアイスを取り出すと、半分に割って、一本を俺に差し出した。

 アイスバーで、二本棒があり、割って食べられるようになっている。値段もお手頃、金欠小学生の強い味方。…俺ら、高校生だけど。


「ん、ありがと。いただきます」

「お上がりなさい」


 並んで歩く。光希は自転車に乗って来たらしく、入り口の近くに止めていたそれを引いて行く。買ったものは、前かごに入れてもらった。

 訊くか訊くまいか、迷った。


「――出てきた、本当の理由は?」


 アイスが食べたかったからというのは、見え透いた嘘だ。

 光希は、犬に襲われてもいいと思うほどに、そうでなかったら、そんなことも忘れているほどに、家を出たかったのだろう。光希の家は、少し複雑な事情を抱え込んでいる。

 詰問するつもりは当然ない。棒アイス食べながらってのは間抜けだし。


 光希は、うっすらと笑みをいた。


「あーあ、どうしてシンは嘘を見逃してくれないかなー」

「…その方が、良かったか?」

「ううん。――ちょっとね、息苦しくなっちゃって。急にふっと、さ。ごめんね。はるかも、心配してたって? あーあ、怒られちゃうな」


 少し俯いて笑う光希の頭を撫でる。小さく、笑った。


「ありがとね、相棒」

「おうよ」


 照れ臭いようなことも、光希は俺には直球で言ってくる。疑いの欠片すらないような信頼は、時に重くて投げ出したくもなるが、厭なものではなかった。

 それを迷惑と思うようなら、俺と光希の付き合いも終わるだろう。

 俺は、光希に助けられた。光希がいなければ、きっと、今の俺はいない。俺は今の俺が嫌いじゃないから、光希には感謝してる。

 そんなこと、まさか言えるはずもないんだが。


「なあ―――」 


 軽口で空気を変えようかとしただけで、言うことが決まっていたわけではなかった。だから、言葉が途切れたのは別にいい。

 よくないのは、何故、光希が倒れているのか。

 何故、赤色を撒いて、硬いアスファルトに横たわっているのか。

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