第3話 学校

駅に降りると会社員や学生がゾロゾロ歩き、初めて見る人には多いと思うほど混んでいる。近くに他の高校があるのと、すこし行けばオフィス街なので最寄りは別にあるにも関わらずわざわざ混雑を避けここで降り会社に向かうサラリーマンに使われている。そのため改札を出ると年代さまざまな露店や出店が並んでいる。

直ぐに右と左に道が分かれるのだが会社員と同じ左の商店街に曲がるのが俺たち"大蔵橋高校"の学生の通学路だ。自転車に乗った者は右手の歩行者用と自転車用に分かれている大通りに曲がる。

男子は今日から夏服だから白ワイシャツに黒いネクタイをした学生が沢山いる。女子は灰色に青の細いチェック柄のスカートに青色のリボンをしている。まだ夏本番ではない事から灰色の袖無しセーターを着ているのもチラホラ見える。そんな中目の前の1年と思われる女子集団に目をやる。まだ入ったばかりと言うのにもうグループが出来ているのか。青色のリュックを背負った一人が振り返り笑顔で俺を見てきた。するとさっきのグループに手を振り歩くスピードを下げ俺と並行になるようになった。俺より一つ頭下ぐらいの背の少女で近くで見ると色白のせいか血色の良い唇が目立つ。眉毛もくっきりしているせいか元気な中学生をイメージさせる。変な言い方をすれば半熟なのだろう。日に焼けたのか頰のあたりが赤くなっている。肩ほどまであるセミショートの髪を整え、前を向いたまま口を開いた。

「先輩、今日から夏服ですよ。良かったですね女子の肌が見放題ですよ。」

「お前こそ夏服で良かったな、俺の生肌見放題だぞ」

「相変わらずセクハラ全開ですね、よく苦情が来ないですよ。」

少女は首を傾げながら下らない事で悩むフリをした。唸りながらも何かに気がついた様子でこちらを見てきた。

「もしかして…苦情が来てるけどドMだから直す気ない?!」

「ゾクゾクして来た!」

「マジ?」

"そんなわけねーだろ"と言うつもりだったが面倒になりそうなので言葉を呑みこんで前の生徒の群衆を見た。

師走凛子。彼女の名前だ。曲で例えるのならDraperの"all I see"だと思う。中学は一緒だったらしいが俺の記憶にはかけらもない。俺が受験期に同じ塾に入っており、その時にあったイザコザを鎮めた事で交流が始まった。それが3年の夏後半だったためもう会わないだろうとは思ったが高校の通学路で会った時は驚いた。こいつもそれなりに頭が良かったらしくどうせならと俺と同じ高校に行くことにしたらしい。いつもならもっとこう地球の反対側の家庭問題ぐらいどうでも良い事で盛り上がるのだが朝からなぜか調子が悪い。様子に気づいた凛子が俺に言う

「先輩どうしました?今日はいつになく静かですが失恋でもしました?」

こいつは何様なのだ、第一に今まで異性を好きになった事など一度もないのに。頭の調子が悪いなどと言ったら、それは元からだなどという的確なツッコミが来そうなので無難に答えておこう。

「考え事だ」

「先輩もそんな事もするんですね珍しい。そういう事でしたら邪魔をする気は無いのでゆっくり考えてくださいね」

そういうとそのまま黙って歩く形になった。実際考えようとしても真っ白になってしまうことの繰り返しなのだが。

いつの間にか社会人は見えなくなりほとんどが我が校生徒だ。男だらけグループも居ればその逆も然り、仲睦まじい男女も居れば家から一度もヘッドホンを外してないだろう生徒もいる。周りが計画住宅地のため綺麗に舗装された桜並木を進む。少し風が吹いているため葉が擦れる音がするのだが、緑が大量にあるせいで結構な音量だ。空を覆う程に茂る青い木々、しかしまだ蝉が泣くのにはまだ早く夏本番はまだ先の事だ。

庶民の俺からすると少し大きめの家が立ち並ぶど真ん中に高校はあるが、先に出来ていたため都心にしてはかなり校舎や校庭が大きいのが売りだ。南に校庭がありはるか先には新宿のビル群が見える。東に雑木林。北は道路を挟んで高級住宅街。立地としては私立みたいだ。

朝からよく賑わい吹奏楽の"私のお気に入り"がよく似合う。"都立大蔵橋高等学校"と書かれた黒色の西門を超えると左側に日差しに反射し銀色に光るステンレス製の屋根に覆われた駐輪場が見える。自転車通学者は別の門からしか入れないので通学路が平和なのはそのためだ。正面直ぐにある昇降口は3階まで吹き抜けになっており一年が教室に向かうのが下から見える。(手すりは半透明のプラ板がついてあり、加えて高さがあるためパンチラなどと言う物は存在しない)凛子と分かれ2年用の下駄箱に向かった。3年前に改装されたらしいがまだ簀の子が引いてある。学校の構造は"コ"を逆向きにし、横に長くしたような形だ。部室も別にあり校舎の空いた口を塞ぐ様に東にある(その隣には旧部室棟があるのだが)。校庭側つまり南校舎に教室が1階から3年、1年、2年となっている。

朝の事を思い出す。JRからここまで来る時の出来事を噛み締めた。良かった。俺は新しくなれたのだ。しかしなぜか今日の朝は昔の生きている心地のしなかった自分に戻った気がした。いや見た気がしたのかもしれない。いつもと違うのは一点だけだ。俺はふと気になって口に出してしまう。

「あのデカイ女男は誰なんだろう」

無意識だが周囲に聞かれるのを心配するような音量では無かったものの、自分はそんなに気になっていたのかと驚いた。今朝凛子と会話が弾まなかったのはそのせいかもしれない。正面のの大階段を3階まで上がったとき疲れと同時にため息もついた。あぁ何かお祭り騒ぎでもないものか。今日もまた日々の学生生活が始まる7月16日の事。

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