世界滅ぼそうとしてるとか

 ふと思いついて、湯呑もどきを改めててのひらでなでる。


 ごつごつとした手触りで、素人陶芸のような代物。一応つるつるしている感じはあるから、釉薬のようなものがあるのか。

 テーブルに触れると、おそらく木だろう、使い古していて手触りがいい。

 ふかふかの足元を埋めているのは、藁のような植物繊維か、動物の毛玉か。よくわからない。

 しかしどれも、しっかりとした現実感はある。


 まあ、夢の中でもそう思うのだろうけれど。


 これが夢なら、それでいい。現実でも――まあいいか、と、思うくらいにあちらの世界にそれほどの思い入れもない気がする。

 祖父母が生きていればまた違っただろうが、半年とはいえ社会人になって、おのれの先も想像がついたような気になっていたところだ。


「ああでも、一つ質問が。救世主に来てほしいくらいに、この世界って危機が迫ってるんですか」


 一瞬、シルラの顔から表情が消えた。が、あまりに一瞬で、気のせいかと迷う。

 見直した時には、思い悩むようなものに変わっていた。


「次の魔王が、そろそろ力を蓄えているはずです。誰かが救世主も召喚している頃なので、僕がこんなことをして…あなたに迷惑をかけたのは全くの無駄で…」

「魔王って。どういう代物しろもの


 次って何だ。

 ああ物凄くゲームっぽいなあ、やっぱりこれ夢じゃないかなあ、と、先ほど実感したばかりの現実感が揺らぐ。


 有朱ありすは、残りのハーブティーで溜息を呑み込んだ。


「どう…と、いいますと…?」

「魔王ってごろごろしてるものなんですか。っていうか、魔王っていうのは何をどうするものなんですか。世界滅ぼそうとしてるとか」


「はい。魔王は、どうしてかはわからないですけど世界を滅ぼそうと次々に現れて…滅された年に生まれた者の中に次の魔王がまぎれているのが常です。過去には、その生まれ年のものすべてを殺すようお達しもあったようですが、どうしても生き逃れるので、今は力を現してからの対処が通例となっています。あの…そちらの世界には、いなかったんですか?」


「魔王も魔法もなかったよ」

「うらやましい」


 本気で羨ましがられている。

 あの日本の平和ボケっぷりを羨ましがられるならまだしも、まだそこには何一つ触れていない。

 その存在の有無だけでこうも反応されるとは、どれだけ厄介な存在だ、魔王。


 面倒くさいなあ、と額に手を当てた有朱は、はたと動きを止めた。おそるおそる、顔を上げる。


「…魔法、あるの?」

「え、はい。だからこうやって召喚できてしまったわけですし…」

「だよねー…」


 言われてみれば、言わずもがな。


 この頼りなさそうな青年が、見よう見まねで違う世界から人一人無理矢理引っ張って来れるような魔法が、存在する世界。

 …魔法って、使える遺伝子とかあったりするんだろうか。

 日常的なあれこれが魔法でこなせてしまう場合、それが使えないというのはかなり目立つし周回遅れくらいに不利なのではなかろうか。


 考え事に集中して黙り込んだ有朱を心配したのか、青年はあたふたと意味もなく手をさまよわせたかと思うと、はたと気付いたように胸に下げた青い石をつかみ、首から外した。

 そうして、有朱へと差し出す。

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