それはもう、いいです
『はい、もしもし?』
「――
『有朱ちゃん? どうしたの、こんな――』
「すみません、私ちょっとしばらく戻れないかもしれなくて、もしもなにかあれば家のこととかお願いしていいですか、母の連絡先、家の冷蔵庫に貼ってます、多分すぐには連絡取れないと思いますけど。合鍵は玄関横の植木鉢の下に埋めてます、迷惑ばかりかけてごめんなさ」
ぷつ、と、通話が切れた。
いつの間にか汗をかいている掌で握りしめた携帯電話は、バッテリーが随分と熱を持っている。
昨夜充電したばかりだったはずだが、画面は真っ暗で、電源が落ちたのだろうとわかる。
熱を帯びた、もはや何の役に立ちそうもない小さな精密機器を胸に押しつけるように
叔母に連絡を取ったのは、正解だったのだろうか。
もしもこのまま行方不明になるなら、この電話で何か妙な責任でも感じてしまわないだろうか。
実際、今は有朱が持ち主となっている家の処分や管理をするだけでも随分な手間だろう。老衰の末の祖父の死の後の手続きでさえ、大いに手間取ったというのに。
会社にも、一応休みの連絡を入れようかと思っていたがそれもできそうにない。
「あの…」
「ああ…何」
「ちゃんと、あなたを帰します。方法は、見つけますから。信じて…ください」
ようやく、もしかすると初対面の後では初めて、シルラが有朱の目を真っ直ぐに見たかもしれない。眼差しは
「それはもう、いいです」
「……はい?」
「いや、できるなら一応探してもらっていいんですけど。それより、色々と教えてもらえませんか。この世界のことと、ここで生きていく方法…
「………えー、と…?」
「新卒半年で無断長期欠勤とかいくらなんでもクビだろうしクビになってなくてもそれまでどうしてたんだとか上手く言いぬける気が全くしないし。光熱費の基本料とか地味に引かれていったらまだ貯蓄だって少ないし再就職だってできるのかって話で、もう全然あっちで生きていける気がしない。それならまだ、責任感たっぷり持っててくれそうな庇護者がいる状況の方がましな気がする」
何のことだかわからないだろうな、と思いつつ、有朱はつらつらとしゃべり倒した。
休日に会うような友人もいなかったし、三年前に祖父が亡くなって、母は相変わらず海外でNGOの活動にいそしんでいて娘の有朱とは年に一度も会えるかどうか。
このまま消えても、むしろせいせいとされるのではないかと思う。
会社には迷惑はかけるだろうが、ひどい新人だった、で済む程度のものだろう。
続きが気になる小説や漫画はあるが、なんとしてでも、と諦めきれないほどでもない。
甘いハーブティーでのどを
「できるなら、薬師としての仕事を教わりたいです。知識ほぼゼロですけど。あなたが召喚したというなら責任をもって面倒を見てもらいたいんですけど、その上で、あなたがいなくても生活が成り立つようにしてほしいんです」
「えええと…帰りたくは、ないんですか…?」
「今すぐ帰れるなら帰りたいです。せめて、一週間。一年とか二年とか十年とかかかるなら、もういいやって気になってます」
「えええええ…」
驚いているというよりは、困っている。何とも言い
有朱としても、本当にこれでいいのかとは思う。
思うが、あまりの出来事に現実感が薄いのか、他人事、どころか物語の登場人物の行く末でも予想するかのように考えてしまっている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます