第20話 為朝vs清盛 清盛のとった行動とは(『保元物語』)

 古典紹介の更新はお久しぶりです。大河で源平合戦をやっていますが今日は大河の時代よりも少し遡って、保元の乱のお話です。


 保元の乱……それは後白河天皇と崇徳上皇、藤原忠通と藤原頼長という兄弟の戦いであり、源義朝と源為義・為朝、平清盛と平忠正の家族の戦いです。

 この並びでは平家だけ甥とおじでちょっと縁が薄目で、比較するとガッツリ家族から離反した義朝の背負うものが大きいですね……。


 さて、タイトルの通り、保元の乱の際、清盛は進軍中になんとあの為朝の軍に遭遇してしまいます。念のためちょっとえぐい描写がある段落は※をつけておきました。

 為朝といえば日本最強の武士と言っても過言ではありません。中国でいうところの呂布のようなポジションですね。



 清盛の手勢の中でも武力自慢の伊藤景綱、伊藤忠清と忠直兄弟が為朝の前に出て勝負を挑みます。ちなみに伊藤忠清というのは後に富士川の戦いで清盛の孫、維盛と一緒に戦った武将です。


 昔の武士の慣習で、伊藤さんたちが為朝の前で名乗りを上げると、為朝は清盛たちのことを「合わぬ敵(=相手にならない。敵として物足りない)だからさっさと帰れ」と相手にしませんでした。

 そんな態度にカチンと来た景綱が、「敵わないかどうか試してみろ!」と言って為朝に矢を射かけます。しかし、為朝はものともせず、



「まあ相手にならないとは思うが、この世の面目、あの世の思い出にでもしろ」



と言ってめちゃくちゃ強い弓を引いて矢を一発。




※以下注意※


 射られた矢は伊藤忠直の体を貫通し、勢い余って後ろにいた忠清の鎧まで到達しました(えぐい)。忠直は即死、忠清は鎧に刺さった矢を折って清盛に見せ、ことの次第を報告します。忠清は伊勢平氏の流れの武士ですが、兄弟が目の前で死んでも淡々としているのは、ちょっと東国武士の猛々しさも彷彿とさせますね。


※注意終わり※




 さて、これを聞いた清盛と周りの武士は恐れおののくわけです。もはやドン引きレベル。みんなが「恐ろしい」と言って戦力が喪失していく中、清盛はどうしたか。



清盛「必ず清盛がこの門を攻め落とせという命令を承って来たわけではなく、なんとなく流れでここに来ただけだ。他の門に向かえば良い。ここに近いのは東門か?」



 方向転換。戦うのを避ける選択を取るのでした。


 この選択はなかなか現実的ですね。

 「武士」は、強者に勝ってこそのツワモノ! みたいなイメージを抱きがちですが、清盛は平氏のトップとして、「どうすれば戦に勝てるか」というポイントを押さえて行動しているわけです。つまり、目の前の敵ではなく、戦の盤面全体を見ているのです。

 例えるならば、三國無双のゲームで、呂布を倒さなくても敵の本陣を落とせばステージクリアできるという攻略法に似ています。あえて難しい方法をとってクリアするロマンもあるけれども、ただ勝てば良いだけなら避けられる困難は避けたほうが全体の勝率も上がるというわけ。


 報告を受けてビビっていたという描写はあるものの、もちろん清盛にだって武士としてのプライドはあります。為朝は清盛や平家をナメ切った発言もしているので尚更でしょう。それでも、現在の自分達では為朝に勝つことは困難と判断し、「為朝とは戦わない、が、よそと戦う」という選択をするのです。


「じゃ東門か」と清盛が進軍しようとすると、兵たちが、

「そこもこの門に近いので、もしかすると為朝の守備範囲内かもしれません! 北門に行きましょう!」

と口々に言います。兵たちも必死。

 清盛はそれに対して、「それもそうだな。もうすぐ夜が明ける。小勢に大勢が追い立てられるのも見苦しかろうし、さっさと移動しよう」と、一応体面を気にした発言をします。


 「この門を攻めろと命令されたわけでもない」と冒頭に言っていた通り、清盛は「命令があれば退くわけにはいかない」ということも当然わかっています。そして、「明るい時間に人目があるところでは退却しにくい」ということも理解していました。

 今回は、「命令を受けておらず、人目もない」という条件がそろっていたために為朝との直接対決を避けて「よそへ行く」という手段を取りましたが、もしどちらかの条件が無かったら、形だけでも交戦せざるを得なかったかもしれません。清盛的には、「平家が源氏を前に逃げ出した」という醜聞が広まらないように、よく言えば布石を、悪く言えば逃げ道を用意したうえで撤退という手段を固めたということですね。


 しかし、この決定に異論を唱えたのが、当時19歳の長男重盛でした。

 重盛は、



「勅命を賜って攻め入っているのに、敵を恐れて引き返すなどありえない! 続け、若者たち!」



と、若い武士たちを連れて為朝の陣に攻め込もうとします。



 後々冷静沈着で賢いイメージの重盛が、若かりし頃は血気盛んな若武者であったという描写で、個人的には重盛が人間らしくて好きですね。


 これに驚いたのが清盛です。未熟な若武者が突撃したら、速攻で負ける(死ぬ)ことは目に見えているので、勝手に出ようとする重盛に大慌て。



「あれを止めよ、者ども!! 為朝の弓の腕前が桁違いなのは、もうわかりきっている!!」

(重盛に)「過ちを犯すな!!」



 と、必死で重盛を止めようとします。兵たちが急いで重盛の前に出て壁になり、重盛は悔しがったけれども、力なくその場を離れて春日の門の方へ移ったのでした。



 さて、私は清盛を評価して書きましたが、人によっては「清盛逃げてんじゃん!」と情けなくお思いになるかもしれません。

 勝てなくてもファイトだけするべきという意見もあるかもしれません。


 けれども、一人の武士としての名誉よりも、多くを束ねる棟梁として、敵との力量差を見極め、最善……とは言わないまでも「最悪」を避け、盤面を鑑みて、戦全体の状況を見る、という判断をする清盛が、リーダーとして有能だなと思うのです。


 『平家物語』の清盛はかなり「悪」の面を強めに描かれているので、そういう冷静な清盛が描かれている『保元物語』は面白いです。

 ちなみに『十訓抄』に出てくる清盛も、上司として結構いい感じなのはこの古典紹介の第2話でも紹介しているので、まだ読んでない方はぜひご一読ください。

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