第18話 公務への遅刻、からのリカバリー(十訓抄)
今回は、遅刻からの華麗なリカバリーを紹介します。
主人公は
かくとだにえやは伊吹のさしも草 さしも知らじな燃ゆる思ひを
というもの。めちゃくちゃざっくり言うと、「あなたは私のこの燃えるような思いをご存知ないでしょう」という意味の和歌です。情熱的ですね……!
本文と私の大味な意訳がこちら。
藤原実方の雅な振舞(十訓抄一の二十)
一条院、御位の時、実方中将、臨時祭の試楽に遅く参りて、
これよりのち、試楽の挿頭には、竹の枝をさすとかや。
(皐月訳:一条院がご在位のとき、実方中将は臨時祭のリハーサルに遅刻して、頭に挿す飾りの花をいただけなかった。そのため、後から追いついて舞人の中に加わるときに、清涼殿の近くに植えられている竹の台に近づいて、呉竹(くれたけ)の枝を手折って頭に挿した。それが素晴らしいとして、見た人々は褒め合った。
これから後、リハーサルで使う頭の飾りには竹の枝を挿すようになったとか)
臨時祭というのは、普通のお祭りでは無くて宮中の公式行事です。実方は、そこで行われる雅楽会で舞の舞人に選ばれていたというわけです。それから、試楽というのは祭の2、3日前に行われる「舞楽のリハーサル」のことですが、リハーサルといっても天皇も臨席するやつですので、ほぼほぼ本番です。
そんな大事な公務に遅刻するのは、かなりやらかしてますね。理由は書いてありませんが、色男実方の遅刻理由、今なら週刊誌やワイドショーのネタになりそうな気がします。
しかも遅刻したことによって、当日舞人に配られる挿頭という飾りを貰えなかったわけです。挿頭というのは、男性の耳元の髪や冠に挿す植物の飾りのことで、大体は造花だったとか。季節によっては桜や梅などを使うことも。これはただの飾りではなく、元々奈良時代には幸福を願う呪術的アイテム(おまじない用)として用いられていたそうです。それが平安時代になるとその意味は形骸化したそうですが、儀式の際には付ける慣例になっていたそうです。
そんな大事なアイテムさえ持っていない状態。普通ならもう大混乱してしまいそう。
しかし、実方は落ち着いたもので。踊り始めた舞人の列の中にしれっと混ざります。一人舞や二人舞なら流石にわかりますが、時々何人もずら〜っと並んで踊る舞楽があるので、そういうのだったんでしょう。
それにしても、しれっと混ざるのは強心臓である。
しかもその途中で、近くに植わっている竹に近づいて一枝パキッと折っちゃう。そしてそれをサッと自分の頭に挿す。この流れるような所作……というのは想像ですが、モタモタしてたら悪目立ちするので、実際スムーズに行われたんでしょう。
ここですごいのが、それが実方に似合っていたのか、人々に褒めそやされているところですね。周りが花の飾りの中、一人だけ竹なんだから「あいつどうした?」ってなるのが普通だと思うのだけれども、おそらく「さも当然」のような顔をして、舞は美しく舞ったのでしょう。
しかもしかも、その場限りで褒められておわっただけでなく、その後流行し、実方が付けていた竹の方が主流になったということです。
もちろん、実方が美青年だったからというのは大いに関係しているのですが、このリカバリーは顔だけでは成立しません。
先に言った通り、この一連の動きを流れるように行わなければ、悪目立ちして、「あいつなんで人と違う飾りなんだ?」→もらえなかった?→遅刻したか失くしたかしたのか? と、失敗部分が際立ってしまうわけです。
その点、実方はおそらく、舞の輪に加わる時、または会場に向かっている道中に頭の中で自分が通るルートをシミュレートして、脳内で竹をどこに挿せば雅に見えるかもイメージして実践したと思われます。
それから、遅刻で動揺して肝心の舞をミスしたり周りとずらしたりしたら、またそれもマイナスです。だから実方は特別上手という程でなくても、少なくとも人々に溶け込めるレベルで踊ることができたということ。つまり、日頃の練習の成果というところもあるでしょう。
以上のことから、現代にも活かせることをまとめてみましょう。
失敗しても、まずは冷静になること。
それから、元の流れにのれるように頑張る。実方の場合は、遅刻しても、本当の出番=ダンスタイムには間に合うようにする。
そして、欠けている物、足りない物があれば、元の流れにのるルート(必ずしも物理的な「道」という意味ではなく、「行程」の意味も含む)の中でどう調達するかを考える。
さらに、脳内シミュレーションをして、考えた打開策をスムーズに行えるようにイメージしておく。
これだけのことをしっかりできれば、きっと現代でも失敗をリカバリーすることはできるかと思います。(美貌やセンスは+α要素)
おそらく当時、評価される実方について「あいつは顔が良いから良いよなあ」と思っていた貴族もいたと思います。光源氏同様、美貌を持つ人は、それゆえに評価されていると思われがち。でも、実際のところ実方は美貌だけでなく、頭の回転も早かったからこそ結果として評価されたのでしょう。
実方は、藤原行成との因縁も有名です。実方が行成の冠を口論の末に叩き落とし、それをたまたま目撃していた一条天皇が、無礼なことをされても取り乱さなかった行成を評価して蔵人頭に任命し、実方は東北へ左遷したという話ですが、これは実際の行成の昇進理由(源俊賢に推薦された)と異なるという点も含めて創作である可能性が高いと言われています。
たしかに、この実方の話が本当だと仮定したら、実方の行動にはちょっと違和感があります。まあただ、上記の逸話も『十訓抄』にあるものなので、『十訓抄』内で矛盾していることになるんですが……。
私としては、実方は頭が切れて、肝の据わった人物だったという可能性を推したいですね。
行成の話もまた別の機会にできたら良いなと思います。
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