第17話 産後の娘への対応(『源氏物語』)

 お久しぶりです。今日は『源氏物語』から出産に関するエピソードを紹介。


 ひかるげんには三人の子供がいます。

 正妻あおいの上との子どもであり後継の夕霧ゆうぎり須磨すまで出会った明石あかしの上との子である明石女御あかしのにょうご(のちに中宮)、そして藤壺ふじつぼ中宮との不義密通によって生まれた冷泉帝れいぜいてい。生まれた順としては、冷泉帝の方が夕霧より早かったので実は長男なのですが、当然、世間的には夕霧が長男ということになっています。

 また、もう一人が光源氏の次の主人公であるかおる。しかし、この薫はおんな三宮さんのみやかしわ(※夕霧の親友)との間に生まれた子であり、光源氏の実子ではありません。

 余談ですが、女三宮(おんなさんのみや)っていう名前に違和感というか、引っ掛かりを覚えるのは私だけでしょうか……重要人物の正式名称にしては他に比べてあまりにも個が感じられない名前だからかな。末摘花すえつむはななんて半ば悪口なのに雅に聞こえるのに。


 うーん、それにしても複雑なご家庭ですね!

 しかし光源氏の女性関係を考えると、実子が三人というのは意外に少ない感じがします。さらに、最愛の女性紫の上との間に子供はできなかったのが切ないですね。光源氏というよりは、紫の上の立場や気持ちを考えると、という感じですけれど。 


 ちなみに光源氏は子供の人数を予言されています。その予言というのは、


「光源氏には子供が三人できるよ。一人は帝になって、一人は皇后になって、一人は太政大臣になるよ」


 というもの。バッチリ帝になるとか言われちゃってる。内緒なのに当たってるね!

 光源氏は薫の本当の父である柏木を呪い殺す勢いで睨みつけていますが(柏木は実際ストレスで死ぬ)、予言と子供の人数の帳尻は合ったので、あの、そこまで悪いことじゃなかったのかもしれないね、と第三者目線からはコメントしておきます。

 (世間的な)子供の人数が合ってるから、世の人は、「なんだ、あの占い師、子供の人数は当てたけど、帝は流石に言い過ぎだよね。リップサービスだったのかな」くらいで終わったんじゃないですかね。その占いが光源氏しか知らないやつなら関係ないですけど。


***


 前フリが長くなりましたが、ここからが本題です。「わかなのじょう」巻で、光源氏の娘、明石の女御が帝の子供を出産します。

 この子の母である明石の上は、光源氏が政敵の娘おぼろづきと密通していたことがきっかけで流された地、須磨で出会った聡明な女性です。改めてきっかけが酷い。なお、朧月夜と密通していた時点で、既に家には紫の上もいる。

 光源氏そういうとこだぞ。


 話を戻しましょう。今回新しくママになる明石の女御目線で登場人物を整理すると、


明石の女御=自分。若ママ

帝=夫(光源氏の兄の子)

紫の上=養母(幼少の明石の女御を実の娘として愛情をもって育てた)

明石の上=実母(娘の入内後、会えるようになった)

光源氏=実父


 この場面に義両親は出てきません。里帰り出産なので、実家の両親しかいないとお考えください。

 また、夫である帝は光源氏の兄の子なので、ご安心ください。うっかり実兄と結婚するなどという恐ろしいことは起こっておりません。(心配になって確認した。)親戚ではあるけれども、光源氏と光源氏の兄は異母兄弟なので、明石の女御と帝は従兄弟よりちょっと遠いくらいの関係ですね。


 さて、無事に皇子を出産した明石の女御。出産に際して、実家である光源氏邸に里帰りして、ゆっくり休んでいるところです。

 出産後の儀式を諸々終えた頃、帝(夫)から「君に会いたいから早く戻ってきてよ!」という手紙がしょっちゅう届くようになります。

 この時期が具体的には書かれていないのですけれども、少し前に生まれて七日目の儀式をした、という記述があるので、多めに見積もっても多分、産後1ヶ月経ったか否かというところではないでしょうか……。生まれて五十日の儀式などもあるので、少なくとも3ヶ月は経っていないはず。(もしこの辺具体的に書いてある資料などあったらぜひ教えてください。)


 夫からの手紙を見た明石の女御は、


「体もしんどいし、もうちょっと実家(光源氏宅)でゆっくりしたいなあ……あの人、普段なかなか実家に帰るの許してくれないし……」


と思いました。

 平安時代は出産も命がけであり、当然医療も充実していないので、産後の体への負担はひどく大きいです。実際、光源氏のママ(桐壺きりつぼの更衣こうい)も出産後から体調を崩して死んでしまいました。


 さて。

 この明石の女御に対して、紫の上、明石の上、光源氏の三者三様の対応を見てみましょう。


①紫の上


「帝があの子に会いたがっているのも当然のことです。会うのをどんなに待ち遠しく思っているでしょう」


と言って、光源氏と一緒に、本人に内緒で、帝のところに戻る準備を始めます。


 これ、出産直後で体調が悪いママ目線で見たら「鬼かよ……」って感じだけれども、多分、紫の上は全然悪気はないと思うんですね。むしろ、


「里帰りしている間に帝の寵愛が薄れたら可哀想……」


という心配をしてのことかなという感じ。

 ただ、ちょっと関係がありそうなのは、紫の上には出産経験がないということ。自分の母も幼い頃に亡くなっていて、十歳かそこらで光源氏にさらわれるように結婚したので、産後のママの体調をよく知らないと思われます。

 継母ではあるけれど、紫の上は、明石の女御が幼い頃から愛情を持って育ててきたということなので、意図的にいじめているとかそういうことではないと改めて述べておきますね。


②明石の上


「まだやつれていらっしゃるし、もう少しこちらで休んで、体調が回復してからお戻りなった方が良いかと思います」


 こちらは実母。出産のつらさを知っているからこそ、娘の体調を気にかけているのかなという感じ。帝の寵愛も大事だけれど、娘の命と健康が一番優先という親心を感じてしまいますね。

 紫式部が意図して書いたかはわからないけれど、ここで、一生懸命お母さんをしようとしていた紫の上と、実の母明石の上で娘への対応に差が出ているのが興味深いところです。


③ 光源氏


「大丈夫大丈夫〜!女の子はちょっとやつれてるくらいが可愛いから帝ももっと好きになってくれるよ☆」


 控えめに言って殴りたくなりますよね。意図的にウザく訳しましたが、マジで概ねこのようなことを言っています。

 光源氏お前そういうとこだぞ。




 この出産後の娘に対する三者三様の対応はなかなか面白く、医療も生活も出産方法も全然違う平安時代のことなのに、なんとなく現代に通ずるものもあるような気がします。

 紫式部自身もこの場面を書いたときには既に娘がいたので、もしかしたら、ちょっとノーテンキな男性陣にイラッとしたことがあったのかも知れませんね。

 なんとなく、紫の上や光源氏と同じ意見をもっている人は、このように差をつけて書くことはできないと思うので、紫式部は明石の上と同じ価値観だったのかなあと思っています。

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