第3回 現代共通あるある(枕草子)

 今回お話しするのは、『まくらのそう』。

 みなさんご存知、せいしょうごんさんが書いた随筆ですね。随筆と言えば、鎌倉時代の『徒然つれづれぐさ』も有名ですが、著者の兼好けんこう法師は『枕草子』をリスペクトして書いたそうですよー。


 『枕草子』には、清少納言の宮中での生活を記した日記的章段と、テーマに沿って関連する事柄を記していく「ものづくし」と呼ばれる類聚章段があります。「古今東西」というゲームをご存じでしょうか。親になった人が「古今東西○○の名前!」とお題を出して、みんなが順番に答えていく連想ゲームですが、それに似た感じです。最初にテーマを提示して、「○○といえば▲▲よね!」みたいな感じで、清少納言さんが一人古今東西をしていくわけです。

 日記の部分では、当時のリアルな女房生活が垣間見れるのが楽しいのですが、わかりやすく、現代的感覚でも楽しめるのは「ものづくし」の方だと思います。

 もしかすると、中学や高校の授業で、「うつくしきもの」、で始まる、かわいいものを列挙した章段を習ったという方もいるのではないでしょうか。ネズミの鳴きまねをしたら、すずめの子が寄って来るのがかわいい! とか、赤ちゃんがハイハイ中にほこりを見つけて大人に見せに来るのがかわいい! とか、そういうのでした。


 今回は私の独断と偏見で、現代でも「あるある」と思ったものをいくつか抜粋しますね! 段の順番はバラバラです。結構いっぱい出してみたので、長めです。


☆怠けがちになるもの(23段)

 →当日まで十分余裕のある準備

 これって結構今でもありますよね。旅行の支度とか、発表の準備とか。「まだ来月だしいいや」、が、「来週だしぼちぼち」、になって、「あああ明日じゃん終わらせなきゃ……」ってなりますよね。

 一言で言うと、夏休みの宿題かな。


☆めったにないもの(72段)

 →舅にほめられる婿。姑にかわいがられるお嫁さん

 現代でも、「お父さん、娘さんをください!」「貴様になどやらん!」みたいなやりとりとか(ちょっと古いテンプレかもしれませんが)、嫁姑問題とかありますが、1000年前も、伴侶の親(特に同性の)とうまくやっている人はめずらしかったんですねえ。


 →主人の悪口を言わない従者

 現代だと、上司の悪口を言わない部下というところでしょうか。


 →欠点の無い人。外見、心、センスやふるまいがとてもよくて、世間で全然悪く言われない人。

 これは、初回の『源氏物語』の話でも少し触れましたが、仮に完璧にしていても悪く言われることがあるわけですから。欠点がない上に、全く悪く言われない人というのは本当にめずらしいのです。(いないとは言っていない by清少納言)


☆なんたることかと思われるもの(93段)

 英語風に言えば、オーマイガー!って感じでしょうか。

 →何かをひっくり返してこぼした時の気持ち

 シンプルに、「あるある」ですね。


☆つらそうなもの(152段)

 →恋人を二人持って、両方から嫉妬される男

 →むやみに疑い深い男にめちゃくちゃ惚れられている女の人

 この辺は恋愛系の修羅場っぽいヤツですね……。

 当時はふたりの人と同時に付き合っても非難されないわけですが、それでも両方から嫉妬されるとしんどそうですよね。

 また、すごい疑い深い人と付き合うと(これは男女関係なくそうかもしれませんが)、束縛がひどくなったりとか、しょっちゅう浮気を疑われたりするとしんどそうですよね。確かに。


 →気持ちがせかせかしていて、いらいらしている人

 現代でもいますよね。ちょっとせわしなくて、いらいらしている感じの人。確かに、言われてみるとつらそうです。


☆近くて遠いもの(161段)

 →愛情のない兄弟、親戚

 →十二月の大晦日と正月の一日の間


☆遠くて近いもの(162段)

 →天国(原文:浄土)

 →船旅の道中

 →男女の仲


 161段・162段は、シンプルに「なるほどー」って感じたものです。

 特に、大晦日と元旦の間って、確かに時間的には普段と変わらないですが、全然違って感じますよね。近くて遠い、やっぱり、「年」を隔てるのは遠いということでしょう。


☆得意げなもの(180段)

 →正月一日に、最初にくしゃみをした人

 「俺が今年最初にくしゃみした人間だぜ」って感じでしょうか。現代でも言ってる人いそうですよね。


☆見ていると自分にもうつるもの(289段)

 →あくび

 1000年前からそういう認識があったんですね。


ここから、ちょっと長くなります。筆者コメントは短めのが多いです。


☆憎たらしいもの(25段)

 →急用があるときにやってきて、長々とおしゃべりしていく客。適当にいなせる人なら「また後で」とかも言えるけど、相手が身分の高い人だと、そういうわけにもいかないから、とてもにくたらしいし、超迷惑。

 自分の家の玄関で想像できてしまうリアルさ。


 →すずりの中に髪の毛が入っているのに気が付かずに墨をすってしまったとき。硯の中に小石が混ざっていて、変な音をたてたときも。

 今は、最初から注ぐタイプの墨汁が主だと思いますが、墨をすったことがある方なら、この不快感がおわかりになるのではないでしょうか。


 →たいしたこともないやつが、満面の笑みで得意げにしゃべっている様子。

 毒舌がでました!でも、共感はしてしまう。


 →眠くてたまらなくて横になったのに、耳元で「ぷーん」と音を立てる蚊。小さい癖に羽ばたきの風までわかっちゃうのがまた憎たらしい。

 夏の蚊の悩みは時空を超えて共通ですね。羽ばたきの風までわかるっていうのが、また臨場感があって良いですよね。

 

 →得意げに話の先回りをする人。

 現代でもありがちですね。「あ、それ知ってる知ってる、○○ってことだよね」って風に、話してる人が言い終わる前に言う感じですかね。時々ならいいんですけど、あんまり毎回続く感じだとちょっとイラっとしそうですよね……。

 

 →恋人が元カノの話をするの。

 うん。現代でもあるあるでしょう。そりゃ憎たらしくなりますよね。


 →くしゃみの後で呪文を唱える人。

 今でも「はっくしょん」の後で、何か言う人いませんか?「あー」とか「ちくしょー」とか。あれでしょうね。


 →開けたとびらを閉めない人。

 これも、わかりますね。ドアは開けたら閉めましょう。特に冬は!


 

☆口出しできなくて困るもの(92段)

 「口出しできない」、とは、「相手の話を中断させたいけどできない」っていうイメージです。

 →お客さんが来て話をしているとき、部屋の奥から内輪の話が聞こえてきてしまって、とめることができずに聞いているとき

 部屋の奥では、まさかお客さんのいるところにまで、自分たちの話し声が聞こえているとは思わないから、家の事情とか、家族の話とか好き放題話してるわけですよ。でも、お客さんと一緒にいる身としては、いたたまれない感じになるわけですよ。


 →恋人が酔っ払って同じことを何度も話しているとき

 結婚しているならまだしも、まだ恋人状態のとき、特に付き合いたてのときとかだと、彼氏に「それさっきも聞いたんだけど」って指摘しにくいってことだと思います。清少納言さん、意外とかわいいですね。


 →本人が聞いているのを知らずに噂話をしてしまったとき

 これもいたたまれない。この場合、噂話をしているのは、自分ではなくて、一緒に話している人でしょうね。たとえば、話している人の後ろに本人がいる、みたいなシチュエーションでしょうか。止めるタイミングがわからないから、目とか咳払いで合図するしかないですよね。空気がおそろしそうですが。


 →自分の赤ちゃんの言葉を声真似して話す母親

 これは、言葉を覚えたての子が言った言葉を、そのときの声真似をしながら話す人について言っているようです。つまり、「ママー」とか「~でちゅ」とか?でしょうか。舌ったらずな感じを真似するなということでしょう。個人的には許してあげてほしいところですが……。


 →学問の無い人が、学問のある人の前で物知り顔に学問の話をするとき。

 「釈迦に説法」ってやつですね。


 →そんなに立派なことでもない話を、褒められたという自慢話。

 毒舌来ましたね。清少納言さんから見て、中身がない人とか、ペラペラな人に対して厳しいですね。



 間が悪いもの(123段)

 この段は、自分に置き換えると、結構胸にきます

 →他の人を呼んだのに、自分かと思って顔をだしたとき。何かくれるときなどは余計に。

 おみやげとか、プレゼントとかね。自分が間違えたから、自分の分がなくても全然いいんですけど、相手に気を使わせてしまうのが申し訳ないですよね。


 →何気なく人のうわさ話で悪口をいったとき、まだ聞き分けのない子供がそれを覚えていて、その人のいる前で口に出した時

 さっき出た人のうわさ話の、時間差攻撃バージョンですね。話した時はその場にいなくても、子供が「ねー、この人が、この前言ってたうざい人?」みたいな感じで確認してくるってことです。子供の前で人の悪口や愚痴は言ってはいけませんという1000年前からの教訓ですね。


 →悲しいことなどを人が話し出して泣いたりするのに、本当に可哀想だと思っているのに、すぐに涙が出てこないのはきまずい。泣き顔を作って悲しそうな様子を装ってもどうにもならない。逆にすばらしいことを見聞きしたときに、涙が急にどっと出て来るのも奇妙だ。

 みんな泣いているのに、自分だけ泣いていないとちょっと焦りますよね。人の可哀想な話はもちろんですが、もっと身近な例を挙げると、卒業式や結婚式かな。


さあ、ここまでちょっと胸に来る話が続いたので、最後に明るいテーマで締めましょう。


☆胸がときめくもの(26段)

 →赤ちゃんを遊ばせているところの前を通ること

 赤ちゃんかわいい。これはどの時代も同じですよね。かわいいは正義。

 

 →高級な薫物をたいて、ひとりでゆったり横になっている時間

 →髪を洗い、お化粧をして、いい匂いをさせた上等な服を着たとき。これは特に見る人がいなくても、ひとりで胸がはずむ。

 この辺は、「誰が見ているというわけではないけど」っていうのが重要ですね。現代でいうと、ブランドの香水をつけたり、見た目もかわいいアロマキャンドルをたいたりして、リラックスタイムって感じでしょう。

 それに、なんでもない日でも、ちょっとおしゃれしてみた日って、気分が上がりますよね。この時代は毎日髪が洗えるわけではないので、現代でいうと、美容院に行った日って感覚かな。


 →デートの約束をして、相手を待っているとき。こんなときは、風の音や雨の音にもドキッとする。

 清少納言さん、乙女ですよね!でもわかるーって人もいるんじゃないでしょうか。もっと身近なものにたとえると、メールを待っているときの気分に近いかなあ。彼からメールが来るのを待ってるときって、ケータイの着信に異様に反応しちゃいませんか。わっ!と思って慌ててみたら、アプリからのお知らせだったり、お母さんからだったりね。

 似た感覚はさらに前の万葉時代にもあって、『万葉集』で額田王という女性が、「君待つと我が恋ひをればわが屋戸のすだれ動かし秋の風吹く」(あなたを待って恋しさをつのらせていると、私の家のすだれを動かして、秋の風が吹いてきます)という和歌を詠んでいます。これも、彼を待っていたら、ドアの方で気配がしたので「来た!?」と思ったら、風でした、という恋の歌です。


 どうでしょう!!長くなりましたが、どれか一つでも「あるある」と思っていただけたでしょうか。

 清少納言さんは結構人のこともディスるのでハラハラすることもあるのですが、そのあけすけな感じというか、裏表なくスパスパ言っちゃうところも、愛すべき人柄だと思います。ネガティブなこと言ってても、不思議に明るい感じなんですよね。

 どれか一つでも、共感できると感じられるものがあったらいいなあと思います。

 まるで、顔も知らない誰かのブログを読んで共感している気分というか、時代の隔たりなく感じて楽しめるのでは ないかなあと思います。

 とはいえ、平安あるある、みたいなのも想像すると面白いところはあるので、別の機会に、「ものづくし:平安あるある編」や、もっと単語中心の段(春はあけぼの、みたいなやつです)なんかも紹介したいと思います。


 では、今回はこの辺りで。お読みいただきありがとうございました。

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