第12話 幸一の試練

俺はちょっと反省している。

突然練習を申し込んできた雪ちゃんのことを、偵察でやってきたと思い込んでいたから。

だって、普通はそう思っちゃうじゃん?

一ヶ月後には対戦する相手だよ?

レオさんに練習申し込んでくるのならわかる状況だったからね。


でも違う。

ベンチで語り合ってる二人から、そんなやましさは感じない。

さっちゃんも打ち解けているみたいだし、正直凄く助かっている。

今彼女には、一人でも多くの理解者が必要だと思っているから。


なので小細工無しで練習に付き合うつもり。

練習中の左のスマッシュを見られた時は焦ったけれど、今では別に問題ないと思っていた。


それに…

雪ちゃんのパリィとカウンター。

今日は沢山くらうと思う。

でも体に叩き込んでもらって、対策を練るんだ。

一応ある程度は考えてある。

でも、それを披露するのは試合当日にさせてもらおう。

向こうもスマッシュ対策を考えてくるだろうしね。

お互い様ってことで。


さて、そろそろいいかな。

「さっちゃん、雪さん。そろそろ始めようか。」

「えー?」

雪さんがさっちゃんの腕に自分の腕を絡ませながら、本当に嫌そうな顔で反論してきた。

練習申し込んできたの、そっちじゃないか…


「あたいの事も、雪ちゃんって呼んで。」

「はぁ?」

そっち?

な、何なんだよ…

まぁ、いいや。


「では、雪ちゃん。そろそろ始めようか。」

「はーいっ!こーちゃんよろしくねっ!」

きゃぴーんとか聞こえてきそうな営業スマイル…

「はーい!」

さっちゃんも照れくさそうに、視線を外しながら真似してきた。

か、可愛い…


コホンっ…

「お互いヘッドギア付けてやりましょう。」

雪ちゃんのトレーナーの近藤さんも賛成してくれる。

まあ、さっちゃんの本気スマッシュが当たっちゃったら…、ね…


「さっちゃん!本気できてよ!私も全力でいくっ!」

「うんっ!」

たった今、本気スマッシュの心配したばかりなのに…


カーン

軽く拳でタッチすると、少し距離を取った。

雪ちゃんは予想通り遠距離からジャブを繰り出してくる。

さっちゃんは冷静に防ぎながらチャンスをうかがっている。


「前にいくんだ!攻めろっ!」

近藤トレーナーからの激が飛ぶ。

って、攻めてくるのかよ!

「さっちゃん!防御からの反撃を忘れないで!」

小さく頷いたように見えた。

大丈夫、聞こえている。


雪ちゃんは体をかがめて小さくなりながら鋭く攻め込んでくる。

嫌な攻め方してくるよ。

あれだとボディは狙えない。

足を止めるにはボディが有効だという戦法を封じてきている。


だけれど、打ち降ろしの攻撃には弱いはずだし、左右からフックで揺さぶられると辛いはず。

だけど敢えて伝えない。

こういった状況に、ある程度自分で対応していかないと、この先手詰まりになる試合も出てきてしまう。

乗り越えるんだ、さっちゃん!

会長が言っていた通り、その小さな拳で大きな夢を掴むんだろ!


さっちゃんは直ぐに右フックを打つ素振りを見せた。

よしっ!

左右から揺さぶれ!


!?


ドスンッ…


食らったのはさっちゃんの方だ。

パ、パリィかよ…

そうか。

フックやチョッピングライトだと、モーションが大きくなるから、どうしても分かりやすくなる。

そこを狙ってきているんだ。

なんていやらしい戦法なんだ…

確かに彼女は本気だ。

どうする…

どうする…


さっちゃんも迷っているのがわかる。

攻め辛い上に、どう切り崩して、どう反撃するかのビジョンが見えない。

アウトボクシングというスタイルに流されて、至近距離での対策をしていないのも響いている。

これは俺のミスだ。

くそっ!


俺の心配をあざ笑うかのように、雪ちゃんのボディ攻撃が続く。

これでは先に足を止められるのはさっちゃんの方だ。

やばい…

苦しそうな顔は、俺がさせている。

考えろ…

考えろ…


もがくように色々と試しているけれど、どれも効果が薄い。

逃げても捕まり、大ぶりのパンチはパリイされる。

細かいパンチでは固いガードを切り崩せない。

カーン

1ラウンド終了…

やられた…

それも一方的に…


激しく肩で息をしながらコーナーに戻ってくるさっちゃん。

不安そうな視線をしっかりと受け止める。

俺はさっちゃんから逃げない!

俺が弱気でどうする!

「よく帰ってきた!」

小さく頷くさっちゃん。


「細かいパンチはガードされるし、大振りなのはパリィされている。」

俺の言葉に、再び小さく頷いている。

そ、そうか!

「だから、細かいけど強烈なパンチでガードをこじ開けるしかない。」

「どうやって?」


んー…

「ショートアッパーでやってみよう。」

「あんまりやったことないけれど…、やってみる!」

スマッシュが強烈過ぎて、アッパー系はあんまり練習していなかった。

多分本人もスマッシュの方が気持ちよく振り抜けるのだと思う…

振り抜く…


「無理に振り抜かないで、ズドンと放ったら直ぐに打った手を引き戻すように。」

コクリと頷く彼女は、少しずつ闘志が蘇る。

アッパーよりスマッシュ…

よし!

「それと、ショートスマッシュも試してみよう。」

「ショート…、スマッシュ…?」

「まぁ、ショートアッパーにちなんで今名前をつけた。つまり、撃ち抜かないスマッシュってこと。いつものように体をひねってから打ったらバレちゃうから、手だけで打つ感じで。」


ちょっと不安そうな雰囲気だ。

試したことないしね…、だけれど…

「絶対にいけるよ!さっき雪ちゃんがサンドバック叩いていた時、1発でダウン取られそうな、強烈なパンチはなかったでしょ?」

「うん…」

「でも今は苦戦させられている。確かにさっちゃんのパンチは強烈だけれど、力だけに頼らなくても勝てるってことだよ。まずは雪ちゃんの戦法を崩すところから始めよう。いいね?」

「はいっ!」


目に力が蘇っている。

「よしッ!行って来い!」

カーン

2ラウンド目が始まる。

今度は距離を一気に縮めて、1ラウンド同様に超至近距離での勝負を仕掛けてきた。

ものにするつもりだ。

そうはさせない。


さっちゃんもボディを警戒しつつも、上へのガードも忘れていない。

いいぞ!

そこへすかさずショートアッパーをぶっ放す!


ドンッ!!


おいおい…

あんな短いストロークで、そんな威力出ちゃうの?

俺はまださっちゃんの本来の強さを引き出していないのかも。

そう確信した。

グラッとする雪ちゃん。

チャンス!


ズドンッ!!!


ショートスマッシュによって、雪ちゃんの顔が跳ね上がり、無理やり上半身ごと起こされた格好になる。

そこをすかさず左フックが狙う。


ドンッ!!


辛うじてガードをしてきた感じだ。

これはいける!

案の定、雪ちゃんは距離を取り、リズムを戻そうとしてくる。

「飛び込めー!!」

今度はさっちゃんが距離を詰める番だ。


逃げようとする雪ちゃんと追うさっちゃん。

これはレオさん相手に何度も想定して練習した。

そして上手くコーナーに追い詰める。

あっ…

まずい…

雪ちゃんの目が死んでない。


そうか!

「カウ…」

気付いた事を伝えようとした時、コーナーでは両者激しく打ち込み合い、さっちゃんのストレートに対してカウンターが突き刺さっていた。

くそっ!


二人共パンチをくらいよろめく間に、コーナーから逃げられてしまう。

なんてやっかいな相手なんだ…

相性が悪いってレベルじゃねーぞ…

ここまで辛うじてなんとかなっているだけで、ここから勝利を見出すのは至難の技だと感じた。


カーン

2ラウンド終了。

さっきよりも息が荒い。

カウンターが堪えたんだ。

「………」

何かを言おうとして、何も言えなかった。


「いけるかい?」

そんなくだらない言葉しか出なかった。

「ハァ…、ハァ…。こーちゃん…」

「ん?」

「私、試したいことがあるの…」


こんな言葉を聞いたのは始めてだ。

「ガンガン試してこい!」

「うん!このままじゃ、雪ちゃんがっかりしちゃう…。だって私は、彼女のライバルなんだから!」


ライバル…

今時こんな言葉を使う人は、少ないのかも知れない。

お互いを認め、お互いが相手を越えようと切磋琢磨する。

雪ちゃんがライバルだと言う度に、ちょっとバカにしていた自分が恥ずかしい。

いいじゃないか、ライバル。

「思う存分楽しんでこい!」

「はいっ!」


カーン

3ラウンド開始。

今度はお互いむやみに近寄らなかった。

雪ちゃんもカウンターが効いているんだ。

そう、さっちゃんの唯一のアドバンテージ。

彼女の1撃は、普通の1撃じゃない。

今までの優位性を、全部引っくり返すほどの1撃なんだ。


でも、少し離れた距離ではそれも活かせない。

パリィもカウンターも狙いやすくなる。

だけど攻めなければポイントを取られていってしまう。

そう思っていた矢先、意外にもさっちゃんの方から仕掛けた。


!?


おっと…

か…、考えたな…

それとも直感かな…?

あの距離でありながら、振り抜かないパンチを繰り出していく。

今撃ったのは、ジャブとストレートの中間のようなパンチ。

雪ちゃんは驚きを隠せないでいる。

そうだろう。

その1撃をまともにくらったら、ただでは済まされない威力を秘めている。

もしもくらえば…、一気に畳み掛けるだろう。


あの速度で手が戻っているなら、パリィは狙いづらいし、カウンターも合わせづらいはず。

そして、さっちゃんの方から少し距離を詰めると、ショートスマッシュを浴びせてきた。


!!


脇の下辺りから吹っ飛んでくるストレートに近いスマッシュ。

出処が変なところからなのもあって、変則気味のパンチだ。

しかもガードをこじ開けるかのように、少し下から伸びていく。

もっとガードを固めたいだろうけど、それだとそれこそパリィもカウンターも狙い辛い。

これがさっちゃんのセンスなんだ。

彼女は色んな苦労を乗り越えてきた。

その経験がボクシングに活かされている…?


いやいや…

世の中そんなに甘くない。

今回はちょっと上手くいきそうだけれど、相手が何かしらの対策をしてきて、封じ込められる可能性は十分ある。

見極めろ…

俺がさっちゃんにしてやれることを、全部考えろ…


全部!


一進一退のまま4ラウンド開始。

最終ラウンド。

リング上は、誰もが予想していた内容を裏切り、不思議な光景となっていた。

懐に飛び込みたい雪ちゃんと、遠距離で仕掛けるさっちゃん…

どうしてこうなった…

きっと二人共探している。

どうやったら相手を乗り越えられるのかを…


さっちゃんの中途半端とも思えるショートパンチは、連続で撃ち込めばガードをこじ開けようとする。

パリィもカウンターも狙いづらいならばと、雪ちゃんが懐に入り込もうとする。

ガツンッとヘッドギア同士がぶつかる。

「楽しいね!さっちゃん!」

「うん!楽しい!」


二人共ボクシングを楽しんでいた。

スッと離れると、至近距離での打ち合いになる。

固いガードをショートアッパーで吹っ飛ばすさっちゃん。

続いて左のショートスマッシュッ!

これはいける!


ガツンッ!!!


な…、なんだと…?

この鋭いショートスマッシュに、カウンター合わせてきやがった…

そうだった…

いつからこのショートスマッシュにカウンターが合わせられないと決め付けていた?

雪ちゃんは狙っていたんだ。

タイミングを図っていたんだ…

こんぐらい気付けよ…、俺…


ヨロヨロッとしたさっちゃんは、ロープを背にして辛うじて倒れなかった。

ダウンもらっても不思議じゃない状況だったけれど彼女は残った。

一気に距離を詰める雪ちゃん…、これはヤバイ…

体勢が立て直せないさっちゃんに向かって、渾身のストレートが飛ぶ!

まずい!!


!!!


スッとウェービングをしてからの、今日初めての右スマッシュ!!!


きたぁぁぁああああ!!!


!?!?


こ…、これもカウンターだと…?


カーンッ


試合終了を知らせるゴングが鳴った時、雪ちゃんの拳はさっちゃんの目の前にあった…


「この続きは、試合で!」


雪ちゃんは勝ちを確信したのかも…、知れない…

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