第13話 幸子の親友
ハァ…、ハァ…
お互いリングを降りてベンチで休憩する。
雪ちゃんはトレーナーさんと怪我や体の調子を確認していた。
こーちゃんも同じように、私がカウンターを叩き込まれた辺りを診ていた。
「うん、大丈夫そうだね。違和感があるようなら直ぐに言ってね。」
そう言ってきたので、「うん」とだけ答える。
カウンターって凄い。
どうやって狙っているんだろう?
それはやっぱり雪ちゃんのセンスなのかな?
聞いてもいいのかな…?
「あの…、あの…」
「ちょっとだけ待ってね。近藤さん!あたいのスマホで1枚撮って!」
「はいよー」
そう言って雪ちゃんは私の肩に手を回してくる。
「ほら、さっちゃんも!」
勢いにつられて私もやってみる。
ニシシーッと私に向かって笑う。
何だか照れて赤面しちゃった…
カシャッ
そんな二人を撮影される。
「見てみてー!」
スマホを覗き込んでみると、どう表現して良いかわからない写真が映っていた。
でも…
何だか…、嬉しい…
心が暖かい…
「この写真をね、呟く時に載せるからね。」
「呟く?」
ギョッとした顔で私を見る。
「ちょっと待って…。さっちゃんスマホ持っていない?」
「う…、うん…」
あちゃーみたいな顔をする雪ちゃん。
「さっちゃん、お小遣いとかどうしてる?」
「えっと…、アルバイトで…」
「バイト、いつ休み?」
「今日は終わったから…」
「朝やっているの?」
「うん。明日は休み…」
「じゃぁ、決まり!こーちゃん!さっちゃん借りるよ!」
「えっ!?」
こーちゃんは驚くと共に慌てていた。
「お、お母さんに相談しないと…」
そう言いながらあたふたしている。
「大丈夫!あたいに任せて!」
そう言うとトレーナーさんと話をし、そして会長のところへ行き今日は練習を終わる事を告げた。
そして、大切な選手を一晩お借りしますって頭を下げてくれた。
「ん?そうだねぇ…。最近練習もハードだったし…。さっちゃん、休憩がてら行っておいで。」
そう言ってくれた。
取り敢えず練習を終えてシャワーを浴びる。
「おぉ~!凄い筋肉!マッスルマッスルゥ~」
私が使っているブースに入ってくる。
「は…、恥ずかしい…」
「女の子同士でしょ!」
ん~~~
「胸も大きい!」
「み、見ないで…」
もう、雪ちゃんどういうつもりなの…
「裸の付き合いもたまにはいいだろ?って男同士なら言うのかもね。」
「よ、よくわからないかも…」
「フフフッ…。じゃぁ、ちょっと揉ませて!」
えっ!?
「や、やだぁ!」
「恥ずかしがるさっちゃんも可愛い~」
ようやく汗を流し終わると、二人で髪を乾かし合ったりする。
「さっちゃんドライヤー当てるの上手いね。全然熱くないよ。」
「いつも…、妹にやっているから…」
「ふーん。ひまわり荘の?」
「うん…」
「ちょっと興味あるかも。ていうか、お母さんに外出の許可貰っておかないとね!」
着替えを済ませると、雪ちゃんのトレーナーさんの運転する車でひまわり荘へ移動した。
「こんにちわー!」
「はいはーい!」
雪ちゃんの大きな挨拶が響くと、直ぐにお母さんがやってきた。
土日は農家のお手伝いがお休みなお母さん。
移動する途中で、お母さんにスポーツはやっていると伝えているけれど、ボクシングをやっているとは伝えていないと言ってあるの。
どうして?と聞かれて返答に困ったのだけれど、ボクシングやっていると言うと心配すると思ってとか言って、言葉を濁しておいた。
でもでも、近いうちにちゃんとお話しするよとも、雪ちゃんには言った。
誰にも自分のペースがあるからねと、一応は納得してくれた。
「あたい、池田 雪と申します。さっちゃんがやっているスポーツでライバルなんです!」
「あら、まぁ!よくぞいらっしゃいました。練習だったのかな?」
「はい!それも終わったので、一晩さっちゃんをお借りしてもよいですか?あたいの住んでいるアパートに招待したいのです!」
「一人暮らしなの?」
「はいっ!」
「わかった。さっちゃん、楽しんでらっしゃい。」
お母さんはニコニコしながらうんうんと頷く。
「着替え持ってくる。」
そう言って二階へ行き、よそ行きの服に着替えてパジャマや下着をリュックに詰め込む。
玄関に戻ると、お母さんと雪ちゃんは何だか楽しそうに話をしていた。
「あら、戻ってきたわね。」
「では、お借りします!」
再び車内。
「もしかして、友達の家にお泊りするの初めて?」
雪ちゃんはそう聞いてきた。
「うん…」
言われてみれば初体験だ。
何だか緊張してきた…
「あたいも誰かを家に呼ぶの初めてなの。アイドルやってたしね。」
アイドルって仕事も、色々と制限があって大変なんだ…
「近藤さん!うちの近所の大きな家電屋さんに寄ってください。そこからは歩いてアパート行きますから。」
「はいよー。」
車に揺られながら、色んな話をした。
学校のことや、家族のこと、こーちゃんの事も聞かれた。
雪ちゃんもアルバイトしているらしく、バイト先での出来事なんかも話しあった。
雪ちゃんが所属するボクシングジム雷鳴館は、名古屋市の中心にある大きなジム。
ジムから少し離れた安いアパートで、一人暮らしをしているんだって。
「うちの両親は放任主義というか、やりたいようにやれと言ってくるような親でね…」
そんな話も聞いていた。
だから自由にやりたいことをやれるのだけれど、でも本当は家にいたくなかったみたい。
6人兄妹の長女で、弟3人と妹2人がいる。
だから家計は苦しいらしく、それがわかった中学の時にアイドルをやると言って家を飛び出したみたい。
「でも…、アイドルは失敗しちゃった…。だからと言って家に戻る気はないんだ。今度はボクシングで頑張る。いつか…、家族をタイトルマッチに招待したいの。」
そう言った時の雪ちゃんは、ちょっと照れながら、そしてとても嬉しそうに話していた。
大切な家族なんだって、凄く伝わってきた。
いつの間にか、沢山の車と高いビルが並び、名古屋市に着いていたんだと気が付いた。
「人がいっぱいだね…」
「あたいがいるから大丈夫だよ!」
人混みは苦手なのだけれど、雪ちゃんといると何とかなりそうって思っちゃう。
不思議な人…
大きな家電屋さんに到着。
近藤さんにお礼を言う。
帰りも送っていこうかと言ってくださったけど、電車で帰るので大丈夫ですと答えた。
「さぁ、さっちゃんのスマホ買いにいくよ!」
「えぇ!?そうだったの?」
「お金は心配しなで!あたいと同じ、格安スマホにしよ!」
説明を聞いてみたら、月々数千円で使えるみたい。
これなら私でも支払える。
綺麗な女性の店員さんから渡されたスマホ。
ボクシング用品以外で、初めて自分の為に買ったもの。
「一晩かけて使い方教えるからね!」
雪ちゃんはそう言いながら、私とお揃い~と言ってはしゃいでいた。
「これでこーちゃんとも愛が語れるね!」
そう言われて、顔がカーッと熱くなるのがわかった。
「そ、そんなんじゃないもん!」
「照れてる照れてる!でもね、彼より先にあたいの番号を登録してね。」
「うん!勿論だよ!」
電話帳の使い方、メールの使い方、アプリや写真の使い方。
色々と教えてもらった。
三森ボクシングジムのHPを登録したり、呟けるアプリや無料メッセンジャーにも登録。
雪ちゃんと登録し合って使い方も教えてもらった。
「こーちゃんはスマホ持ってる?」
「持ってる。」
「じゃぁ、彼のも聞いて登録するんだよ。」
「う…、うん…」
離れていてもつながっていられると思った。
そうかぁ…、だからクラスメイトの人は全員持っているんだ…
「でもね、この前のブログのコメントみたいに変な奴もいるの。そういう人にネットで出会ったらどうした良いか聞いてる?」
首を横に振る。
「簡単なんだよ。無視すればいいの。」
「それだけでいいの?」
「そう!拒否したり反論したりして相手にしちゃダメ。悪い虫が飛んできた!って感じで無視すればいいの。虫だって殺虫剤吹きかけたら反撃してくるでしょ?それと一緒。相手にしなければ、そのうちいなくなるから。これはね、アイドル時代から試してきたけど、効果抜群だからね。」
「そ、そうなんだ…」
そう言われて、あんなに取り乱した自分が情けなくなる。
何だか狭かった世界が広がっていく感じがした。
こうやって色々と経験していくんだとも思った。
二ヶ月前の自分からは想像出来ない今の自分。
ボクシング以外でも変わっていけると、感じ始めた。
でもそれって、雪ちゃんという親友のおかげだよね。
きっと心の片隅で、友達がいなくても一人で生きていけるって勘違いしていたと思う。
励まし合い、本気でぶつかって、全力でしのぎを削っていく。
そんな最高の親友を見つけられた幸運に感謝した。
そうだ、お礼しなくちゃ。
「今日は雪ちゃんとの親友記念に、夕ご飯は私がご馳走したいけど、いい?」
「本当!?さっちゃんの手料理楽しみ!」
2人で買い出し行って手作りハンバーグを作ることにした。
赤だしの味噌汁とサラダ付き。
「ハンバーグのネタは余計に作ってあるから、後で焼いて食べてね。」
雪ちゃんは呟くために料理の写真を撮っていた。
直ぐに呟いたのを、自分のスマホで見る。
何だか不思議な気分。
「さっちゃん料理上手なんだね。凄く美味しいぃ~」
幸せそうに食べる雪ちゃんを見ると、私まで心が暖かくなっちゃう。
夜は2人で一緒に寝た。
雪ちゃんは私のことを、寝るまでギュッと抱きしめていた。
「今日はさっちゃんと一緒だから寂しくない…」
そう小声で言っていた。
「時々泊まりに来てもいい?」
そう答えると、強く強く抱きしめられた。
「うん、そうしてくれると、あたいも嬉しい。」
ボクシングをやる理由は人それぞれで、選手の数だけその理由もあるんだと思った。
私の周りだけでも、雪ちゃん、レオさん、そしてチャンピオン…
全員理由は違うと思う。
勿論私も皆とは違う理由で戦う。
そんな事を考えていたら、雪ちゃんの寝息が聞こえてきた。
私もいつの間にか深い眠りについていた。
お揃いのスマホを枕元に置いて…
翌日はお昼まで一緒にいて、電車で帰った。
駅まで見送りにきてくれた雪ちゃんは、ちょっと寂しそうだった。
無情にも閉まってしまう電車の扉越しにスマホを見せる。
電車が動き出し、私は不慣れな手付きでスマホを操作する。
メッセンジャーに書き込んだ。
『試合、楽しみです』
直ぐに返事があった。
『今度の試合、ボクシングで1番大切なことをあたいが教えてあげる!』
そっとスマホを胸に当てて、雪ちゃんに感謝した。
友達の力って凄い…
どんどん勇気が湧いてくる。
気が付いた時には、涙が零れていた。
早く試合がしたいって思った。
そして、試合当日を迎えた。
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