第11話 雪のライバル宣言

ここが三森ボクシングジムね。

こんな田舎にジムがあること自体が奇跡だわ。

幸子さん、頑張っているかな。

あんな嫌な書き込みなんか、気にしてなければ良いけれど…


さて、今日はライバルとの練習スパーリングだと呟いておかないと。

スマホを取り出し、素早く打ち込む。

直ぐに反応があった。

応援コメントや、近場だから見学に行きたいなど色んな返信が付いた。

幸子さんの状況を考えると、残念ながら見学は無理かもね。

よしっ


「こんにちわーっ!」

元気よくドアを開ける。

「いらっしゃーい!」

直ぐにお腹が立派な、熊さんみたいな人が出迎えてくれた。

何かの写真で見たことがある。

この人がジムの会長さんね。

30代ぐらいかな?若いのね。


「今日はあたいの我儘を承諾してくださって、ありがとうございます!」

深く礼をする。

何事にも礼儀は大切にしないとね。

「いえいえ、こちらこそありがとうございます。でもいいのかなぁ~?今日の練習で対策練っちゃうかもよ~?」

あからさまにニヤニヤする熊さん会長。

「勿論かまいません!」


会長さんは驚いた表情をする。

ていうか、表情が豊かな人ね。

「凄い自信だねぇ。」

「自信じゃないです!これがあたいの覚悟なんです!幸子さんは、永遠のライバルになるって直感しましたから!お互い切磋琢磨する、これは望むところなのです!」

「なるほどねぇ。いや、本当に助かるよ。彼女繊細だから…。池田さんのような人の目にかかってくれたなら、もうそれだけで彼女の心の支えになるよ。」


ということは、やっぱりこの前の書き込みを引きずっているのかも。

ちょっと聞いてみよう。

「ところで会長さん。」

「なんだい?」

声を潜める。

「この前の書き込み、もしかして引きずってます?」

「心配してくれてありがとうね。」

「あんなことは、人として許せませんから!」


うんうんと頷く熊さん会長。

「でもね、応援コメントが嬉しかったみたいで、今ではすっかり元に戻ったよ。それどころか見に来てくれるって人もいて、逆に張り切っているよ。」

「良かった~。あんな事で幸子さんの実力が封じられたりしたら、それこそあたいが悲しいですから。本気で闘いたいのです!」

「本当にライバル認定なんだね。一応ね、誹謗中傷の事件として警察も動いてくれてね。知り合いの弁護士さんが対応してくれているよ。有罪確定で罰金刑ぐらいになるんじゃないかな。それも近々ブログで報告する予定なんだ。」


おっと、意外としっかり対応するんだね。

つまりは幸子さんを大切にしているということにもなる。

そうだよね、あんなに純粋にボクシングに打ち込んでる人だもん。

見ている人はどんどん惹き込まれちゃう。

それに、彼女の拳には色んな期待をしちゃう。

もちろんあたいもその一人。


「さっそくリングへ案内しようか。」

「はいっ!よろしくお願いします!」

「ところで後ろの人は?」

「あっ、紹介が遅れました。うちのジムのトレーナーの近藤さんです。」

2人は挨拶と名刺を交わしていた。


女子更衣室に案内され、ドキドキしながら着替えをしていた。

興奮している…

一度は夢に敗れた私が、興奮している…

今までとは畑違いのボクシングを選ぶ時に、不安の方が大きかった。

だけど今は良かったと思っている。

理由は直ぐにわかる。


リング上では、幸子さんとレオさんがスパーリングをしていた。

「おらっ!!」

豪快な右フックが炸裂する。

ガード越しでもその威力が凄いことがわかる。

これが噂のジャベリンね…

幸子さんは…、耐えていた…

うそでしょ!?


ドスンッ!


反撃のボディが突き刺さる。

あれが厄介なのよね、足にくるから。

だけどレオさんも持ちこたえると、上から付き降ろすチョッピングライトを放つ。


!!


ウェービングで体を左下へねじ込むと同時に、左腕を腰の辺りで強く引き、そこから捻り上げるように突き上げた。


あたいからダウンを奪った、幸子さんのフィニッシュブロー!


スマッシュ!!!


ズドンッッッ!!!


まるで大砲のような一撃だった…

レオさんは打ち下ろそうとした手を素早く引き戻し、辛うじてガードしたけれど、体が浮きそうなほどの衝撃だった。

あっ…

左でも打てるんだ…

これだけでも今日練習に来た甲斐があるよ…

右しか警戒してなかったから。


カーンッ


ゴングが鳴り、二人はコーナーに戻っていく。

直ぐにあたいは駆けつけた。

幸子さんは、イケメントレーナーに向かって叫んでいた。

「足が…、足が無意識に震えるの!」

「パンチをもらいすぎだ!もっと防御意識して!今、マッサージするから…」

イケメン君は幸子さんの太ももにマッサージを施す。

ゆっくりと震えが止まっていく。

二人が凄く深い信頼関係にあるって伝わってきた。

ちぇっ…、ヤキモチ焼いちゃうよ…


「こんにちわー!」

そっちは邪魔いたずらしちゃうんだからね。

「あっ、池田さん…」

幸子さんは無表情だったけれど、目が嬉しそうだって分かった。

「遊びにきちゃいましたっ!でも、スパー中みたいだね。」

そこへレオさんがロープに両腕を乗せながら覗き込んでくる。


「よろしくな。うちのジムは会長があの通りでさ、雰囲気自体はアットホームな感じでやっている。だからリラックスしてやってくれや。」

「ありがとうございます!」

「しかし、お前のスタイルなら偵察なんていらないだろ?」

やっぱり皆そう思うのかな。

ハードパンチャーに対してカウンター狙いだしね。


「そんなんじゃないんです。幸子さんはあたいのライバルですから。」

「ふーん。まっ、幸子あいつのこと頼むわ。」

そう言ってリングを降りていった。

不思議な人。

言動は荒っぽいけど、彼女もまた直向きにボクシングに立ち向かっているって分かる。

そして、幸子さんのことを認めている。

面白そうな人ね。

レオさんにも挑戦したくなるわ。


「池田さん…、ちょっとだけ待ってね…」

彼女は激しいトレーニングをしていたからか、息も荒く直ぐには無理そうだった。

もう、あたいが来るって分かっていたのに。

でもきっと時間が惜しいんだよね。

それにしても、もうちょっとフレンドリーにやりたいわね。


「幸子さん…、いえ、さっちゃん。」

「は、はい?」

「あたいの事も、「雪ちゃん」と呼んで欲しいのだけれど、ダメかな?」

「えっと…、では…、雪ちゃん…」

「うんっ!これがいい!ライバルと書いて友と呼ぶ!そんな関係がいいの!」

「相変わらずだね、池田さんは。」

苦笑いするイケメン君。

そうだ。


「あなたの名前を聞いてなかったわ。」

「お、俺?」

直ぐにさっちゃんの方をチラッと見た。

何でも彼女基準?まったくもう、二人はどこまで進展しているの?

「えっと…、彼はトレーナーの三森 幸一君。」

「あぁ、それでこーちゃんって呼ばれているのね。」

これは前回会った時にチェック済み。

「まぁ、そうなんだ。よろしくね。」

「よろしくお願いします。私の付き添いは、トレーナーの近藤さんです。」

2人は軽く会釈する。


「少し休憩してからスパーしよっ!」

あたいの提案にこーちゃんも乗る。

さっちゃんはヘッドギアを外し、リングを降りてきた。

イケメン君はちょっと席を外すねと言って、男子の練習生のところへ指導しに行ったわ。

さっちゃんが休憩するベンチの近くにあるサンドバックの前に立つ。

「ちょっと借りるね。」

彼女は小さく頷いた。


シュッ、シュッ…

自分で言うのもなんだけど、軽やかなステップから色んな角度でサンドバックを叩いていく。

トレーナーの近藤さんからアドバイスが飛ぶ中、さっちゃんが見惚れている…

そんなに見つめられちゃったら、調子に乗っちゃうよ~


一汗かいたところで、彼女の隣に座る。

「二人で一枚撮りましょうか。」

近藤さんが直ぐにタオルを渡し、カメラを構える。

さっちゃんはあたふたしながらあたいの顔を見てきた。

可愛い~


あたいは彼女と腕を組んで肩を寄せ合って、ピースサインを頭に乗せる。

カシャッと撮影が終わると、彼女はどうして良いかわからない感じでオロオロしていた。

「あたいはね、リングの上ではライバルだから真剣勝負したいけれど、リングを降りている時は親友でいたいって思ってるの。どうかな?」

そう訪ねてみた。

彼女のことはブログで読まさせてもらった。

想像以上に壮絶な人生だと思った。


そこから立ち直り初試合を迎えるところまで、どれだけの苦悩や苦難や苦労があったあと思うと胸が締め付けられるほど。

だけれどこれは同情じゃない。

同じボクシングを選んだ仲間として、そして親友になりたいと思う気持ちも含めて、彼女の純粋さに惹かれているの。


それに、多分あたいとレオさんだけが気付いている。

この子は化ける可能性を秘めていると。

だからライバル。

今のうちに潰すとか、そんなの勿体無いよ。

お互い引退するまで拳を交えたいの。

そう思える拳をさっちゃんは持っている。


「うん…。上手く顔に出せないけれど、凄く嬉しい。私友達いないし…」

だろうね…

「そんな悩みも今日でお終い。あたいは本当の意味での良きライバルになりたいって思っている。その為にはさっちゃんも、勿論あたいもステップアップしなくちゃ。だから今日の練習申し込んだの。」

「うん…、うんっ!私も…、頑張るね。」


「さっちゃんの事は、ブログで読んだよ。あたいもね、色々あってボクシングの道に入ったんだ。」

「………」

「中学の頃からチヤホヤされてアイドルグループやっていたの。まぁ、地下アイドルみたいなものだったけどね。ボクシングはね、ダイエットと過酷なライブに耐えられる体力を付けたいからやっていたの。意外と好評でプロにならない?って誘われていた。でもね、肝心のアイドル家業は敢え無く廃業しちゃった…」


彼女が不思議そうな感じで「どうして?」と聞いてきた。

「ある時、小さなライブ会場でね、停電があったの。会場は軽いパニックになっちゃって…。仲間達も混乱していて悲鳴とか聞こえてた。何とかしようとして、あたいはアカペラで歌を歌ったの。いつの間にか手拍子が始まっていて、混乱から落ち着いてくるのが分かって、そして停電が復旧した時、仲間は一人もいなかった。あたいだけがステージに立っていた。」

「寂しかったね…」

彼女の言葉に、思わず涙が零れた。


「あっ…、ごめんね。さっちゃんが言うように、凄く寂しかった。ファンを放り出して真っ先に逃げちゃう仲間達に、アイドル以前に人としてどうなのって不信感持っちゃって…。それ以降ぎくしゃくしちゃってね。それであたいは脱退したの。」

さっちゃんはそっとあたいの手の上に自分の手を乗せて、ぎゅっと握ってくれた。

「それでね、これからどうしようかと思った時に残っていたのがボクシングだった。練習の時もね、センスあるよとか言われていてね。アイドル辞めたから本格的にやりたいって会長に相談したら快諾してくれて。一応ね、トレーニング目的の時のスパーリングでも、プロ相手に結構打ち勝っていたのも後押ししたかな。そんなあたいをアイドル時代のファンも少数だけど応援してくれる人もいてね。凄く心強かった。」

「応援してくれる人がいると、勇気をもらえる…」


「だよね!だよね!それに、アイドルやっていたから余計にわかるの。ファンがどれだけ大切か。増やすのも大変だし、一度失ったファンはよっぽどの事がない限り戻ってきてくれない。」

「私も…、雪ちゃんに応援して貰って、泣いちゃうぐらい嬉しかった。」

はぁぁぁぁん…

赤面しちゃうよ…

泣いちゃったの?

私の応援で泣いちゃったの?


益々さっちゃんに惹き込まれる。


だけどね、勝負は別だからね。


今日から始まる!


ライバル同士の熱い友情と闘いが!!

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