第10話 朋美の援護射撃

フフフ…

さっちゃんがスポーツやるって言ってくれたけど、ボクシングをやるとは言わないのね。

なーんでだろう?


さっちゃんがボクシングをやっていることを、どうして知っているかと言うと、和ちゃんから連絡があったからよ。

幼馴染だから?

それもあるかも知れない。

さっちゃんの状態を考えると、言っておいた方が良いから?

もちろんそれもあるかも知れない。


ムフフ…

もっと単純なのよ。

プロライセンス取るには、未成年は親の承諾がいるの。

だから、和ちゃんからすれば言わざるを得ないってことなの。

ごめんね、さっちゃん。


でもね、凄く驚いた。

だって和ちゃんの所に遊びに行こうか?って話した時は、ボクシングを怖がっていたみたいだし、そもそも和ちゃん自体が苦手だったはずなのに。

あの娘が変わろうと前向きにチャレンジしたきっかけは、多分アルバイトね。


あの時は自分で考えて、自分で決めて、自分で話に行った。

普通の子なら普通にやれることだけど、さっちゃんには大きな大きな、それこそ私達では想像も出来ないほどの勇気が必要だったはずよね。

だけれど、成し遂げた。

その時の勇気が、ボクシングを始める勇気にもつながっていったんだね。


でも、どうしてアルバイトを始めようって思ったのだろう?

これだけが分からないのよね。

欲しい物があるようにも見えないし…

確かにクリスマスプレゼントは嬉しかった。

泣いちゃうぐらい嬉しかった。


だけれど、その為だけとは思えないのよね。

ボクシング用品買う為かな?とも考えたけれど、アルバイト始めてからそれなりに時間が経ってからボクシング始めたよね。

それに、どう考えてもボクシングに興味持ったのは、クリスマスバトルでレオちゃんとチャンピオンの試合見てから。

そうやって考えていくと、アルバイトのきっかけだけがわからないの。


変わりたいって言っていたし、それが理由だとすると1番しっくりくるかな。

それならそれで良いし、貯金は後で役に立つしね。

結果的にボクシング用品買っているみたいだし、あの娘の為にはなったかな。

兎に角楽しみ~


試合は全部見に行くんだ。

もうね、プロテストは変装して見てきたの。

すっごく驚いた。

言葉にならないくらい。

リングに上がったさっちゃんは、もう別人。

あんなにパンチを受けても、諦めずに前に出てた。


だから少し安心した。

ボクシングは、きっとあの娘を成長させてくれる。

勝って帰ってきたら、さり気なくいっぱい褒めちゃう。

負けて帰ってきても、さり気なくいっぱい励ましちゃうんだから。

もうね、楽しみが沢山増えちゃった。


初試合の情報も聞いているもんね。

絶対に見に行くんだ。

もう楽しみで楽しみで、さっちゃんが居ない時はずっとニヤけてる。


そう思っていたところに、外から走ってくる足音が聞こえた。

この足音はさっちゃんね。

普通にしていないと。普通に。

ガラガラ…


案の定さっちゃんだった。


だけど…


泣いていた…


「……………」


声を掛けられなかった。

ドタバタと2階の自室に飛び込んでいった。

えっ…?

な、何があったの…?




あの娘のあんな悲しそうな顔…、初めて見た…




すると、また外から走ってくる足音が聞こえる。

誰だろう?

「お、お母さん…」

幸一だった。

外は寒いのに汗だくで、肩で息をするほどだ。


「こ………」

彼の名を呼ぼうとして、シーツと人差し指を口に当てている。

チラッと階段を見たので、さっちゃんに聞かれないようにしたいのだと理解した。

私は口パクで「ボ・ク・シ・ン・グ?」と聞いてみた。

つまり、ボクシングに関連して何かあったのかと…

幸一は小さく頷いた。


「僕が行くから、お母さんは待っていて。」

そう真剣な眼差しで私を見つめてくる幸一。

その瞳は、複雑で、真剣で、緊張感が漂うほどだった。

私は彼に一任することにする。

今度は私が小さく頷く。


彼は靴を脱ぎ捨て、急いでさっちゃんの部屋へと駆け込んでいった。

直ぐにあの娘の叫び声が聞こえてくる。

『どうせ壊れている私なんかボクシングやる資格なんかないっ!!!』

泣き叫びながら、きっと幸一に八つ当たりしている。


あぁ…、気になる…

10秒も我慢できずに、そっと階段を上がっていく。

3段目の踏み板は、踏むとギシッと音がするから飛ばす。

忍び足で彼女の部屋の前に到着。

聞き耳を立てる。


『さっちゃんの事を知らない人の、心無い書き込みなんか気にしなくいいよ。』

『どうせ私は…、どうせ…』

書き込み?

ピンツときて、スマホをサイレントモードにする。

これだと音もバイブレーションもしない。

真っ黒な画面をぼんやり見ながら会話を聞くことにした。


『信じられないかもしれないけど、あんな風に非難中傷して楽しむような人も、世の中にはいるんだ。書き込んだ相手は、さっちゃんの事を何も知らないで、ブログの文章から勝手に想像して言葉の暴力を振るう。そんな奴の事を真に受けることもないし、これからも時々あるかもしれない。だから、気にする必要なんかないんだ。』


なるほどね…

きっとブログに自己紹介を書いたんだね。

幸一の話した内容から、感情が無いことも書いたことがわかる。

それについて、きっと酷いコメントを付けた人がいるんだ。

こういう人はリアルでも昔から一定数いた。

子供でも、大人でも。

意識的に攻撃してくる人もいれば、無意識にあの娘を傷付ける人もいた。


さっちゃん…


負けちゃダメ…


負の感情を受け容れちゃダメ…


そうなったら…


あなたは…


二度と人前に出ることが出来なくなっちゃう…


そんな時だった。

不意にスマホの画面が光る。

無料メッセンジャーに、新着メッセージのマークが付いている。

予想通り。

和ちゃんからね。


さっそくアプリを開く。

和也『朋ちゃんごめんね。さっちゃんが駆け込んでいったでしょ。うちの公式ブログにね、さっちゃんのページを作ったのだけれど、1時間もしないうちに付いたコメントが物凄く酷くてね。それで彼女傷ついちゃって。一応、俺から反論させてもらったのと、うちのダイエット目的で通っている弁護士さんに相談させてもらった。あまり大袈裟にしたくないけれど警察にも相談済み。だから、二度とあんな書き込みはさせないつもりなんだけど、さっちゃんには悪いことしちゃった。後で俺からも謝りたいんだ。』

和ちゃんのメッセージからは、さっちゃんへの愛情も感じる。


彼女が大変な状態だからじゃない。

直向きに努力する姿を応援したいのだと思うの。

少しの邪心もない、純粋な気持ち…

だからこそ大切に見守っていきたいと思っちゃう。


はぁ…


今は幸一に任せる。

だけれど、ダメだった場合の事も考えておこう。

直ぐに三森ボクシングジムの公式HPから、選手のページに飛ぶ。

女子のタブをタップする。

選手はレオちゃんとさっちゃんの二人。

他にはダイエット報告のページもある。

直ぐにさっちゃんのブログを見た。






タイトルを見た瞬間…






涙が一筋零れた…






―私はリングの中で幸せを探す旅に出る―






あの娘がボクシングをやる意味と理由が、このタイトルにつまってる。

さっちゃんの全てがここに込められている。

そう直感出来る。

声が出ないように口を抑える。

震える手で中を覗いてみた。


そこには想像通り自己紹介から始まる。

両親を失くした経緯、ひまわり荘での今までの自分。

守られてばかりいる自分が嫌で、変わろうと悩みに悩んでボクシングに辿り着いたこと。

そこから少しずつだけれど、自分が変わってきたと実感していること。


2月下旬の初試合に向けての意気込み。

プロライセンス試験でスパーの相手だった選手の紹介や印象。

最後に、遠慮がちにクリスマスバトルに出場したいと綴っていた。


普通に読めば、地味で派手さはないけれど、純粋にボクシングに打ち込む一人の少女の姿が見えるはず…

それなのに…

1番最初に書き込まれた内容は、女性差別から始まり、過去の不幸を自慢し同情を煽っているのだろう?ぐらいの内容が続く…

悲しみから怒りが込み上げる。

スマホを持つ手が震える。

今直ぐこの画面を叩き割りたい気分だった。


だけれど…


直ぐに和ちゃんのコメントが続く。

三森ジムの会長であると名乗った上で、さっちゃんを庇い、是非試合を見て欲しいと書いてあった。

そこには過去の不幸も今の不幸も全部全部抱きしめて、小さな拳で大きな夢を追って戦う少女の姿があるはずだと…


彼の言葉に、再び涙が出た。

次のコメントを見る。

池田 雪という人だ。

あれ?

画面をスクロールして、ブログ本文を読み返して驚いた。

対戦相手の人だ。


この子は、私の永遠のライバルに対して酷い事を言うなとハッキリ反撃しながらもさっちゃんのパンチは一つ一つに色んな想いが乗っていると続く。

対戦したことのある自分だからわかる。

だから、来月の試合を是非見て欲しい、何ならチケット送りますとまで書いてあった。

たった2ラウンド拳を交えただけで、ここまで想ってくれるなんて…


次のコメントはレオちゃんからだった。

どうして弱い者を上から見ないと自分を保てないんだ?と書かれていた。

レオちゃんにはそれが理解できない。

彼女もまた辛い過去を背負って戦っている。

だから、サシで話がしたいからジムに来いとまで書いてある。

喧嘩じゃない、話し合いがしたい、どうしてそこまでしないと自分を保てないのか、理由だけ教えてくれと…


そこから続くコメントは、女子ボクシングファンの愛情に溢れたものが続いていった。

冷たいスマホなのに、暖かさに溢れている。

スポーツっていいなって思う瞬間だった。

このコメントを見れば、さっちゃんだって元気を貰えるはず。

再び部屋の中に意識を集中した。


『さっちゃん…。もう一度頑張ろう。俺がどこまで付いていく。絶対に寂しくさせない。二人だけでも戦おうよ。』

幸一…

『どうして私に拘るの!?他に可愛い子はいっぱいいるし、笑顔が素敵な女の子もいっぱいいるじゃない…』

さっちゃん…


『だって俺…、さっちゃんの事好きだから!大好きな女の子が頑張ろうって時に何も出来ない男になりたくないから!』

『……………』

まぁっ!

私でさえ、てっきりお兄ちゃんだからさっちゃんを守っていると思っていたのに…

まさか異性として見ていたなんて…


あぁ、きっと和ちゃんのところへ行って、離れて始めて気付いたってパターンね。

こっちも応援しなくっちゃ!

あっ、でも和ちゃんにはもう少し黙っておこっと。


『私もお兄ちゃんの事、好きだよ。いつも助けてくれるし…』

さ、さっちゃん?

そうじゃないでしょ?

あぁ~、もう!

思わず扉を開けそうになって、ギリギリで手を止める。


『俺は、妹のさっちゃんじゃなくて、女の子としてのさっちゃんが好きなんだ。だから彼女になって欲しいって思ってる。ダメかな…?』

そうそう!頑張れ!幸一!!

……………

少しの沈黙。

『私…、私…、嬉しいって思ってる…』

さっちゃんも幸一の事を…

『でも今は…、自分に自信がないの…』

ちょ、ちょっと待って。

恋にそんなの関係ないよ!


『その自信も、二人で探そうよ。』

幸一ナイス!

『んーん…。きっとこれは私なりのけじめ。クリスマスバトルが終わるまで…、返事を待ってもらっていい?どんな形で終わっても、きっと私は何かを見つけると思うの。それに…、多分私は恋心って感情も落としてきちゃったから…。よくわからないの…。こんな状況で彼女になったら、きっとこーちゃんが傷付いちゃう。それは私が嫌なの…』

『さっちゃん…。わかった、待つよ。それまでは今まで通りだからね。いい?』

『う、うん…』


ふぅ…

取り敢えず落ち着いたようね。

これでようやく援護射撃が出来る。

すかさずさっちゃんのブログのコメントページのアドレスを、幸一のメッセンジャーに送る。

部屋の中からスマホが鳴るのが聞こえた。

『あっ、ちょっと待って。』


再び沈黙の後…

『さっちゃん!これ見て!ほら、会長やレオさん、それに池田さんからもコメントあるよ!それに一般の人も…、中には試合見にいくからねって!』

『うぇぇぇぇぇええええん…』

あらら…、泣き出しちゃった。

『良かったね、さっちゃん。』

『私、頑張る…、頑張るから…』


今日流した悲しい涙と嬉しい涙…

きっとさっちゃんの旅に重要なことだと思う…

私もいっぱい応援するんだからっ!

彼女が旅を終えるその日まで!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る