第9話 幸子がボクシングをやる理由

「いやー、おめでとう!」

会長が満面の笑みで私の背中を叩く。

「今回のライセンス合格については、こーちゃんのお陰ですからね。」

「え~?俺も頑張ったよ?超頑張ったよね?ねっ?」

プイッ…

「さっちゃん虐めないで~」


い…、虐め…?

「私…、虐めてます?」

「うんうん!」

ジィー…

「さっちゃん、その辺で許してあげて。」

こーちゃんが登場し、取り敢えず矛先を降ろすことにした。

「まぁ、虐めというより、ちょっと意地悪してあげたくなっただけだよね。」

あぁ…、なるほど…

虐めているつもりはなかったから。


こーちゃんは続けて報告してきた。

「さて…、早速なんだけど、試合の申し込みがあったんだ。」

「ええぇぇえぇぇぇぇぇえええええええ!?」

「まぁ、驚くよね。俺も父ちゃんも驚いた。でも、対戦相手を聞いて納得だよ。」


だ…、誰だろ…?

「池田 雪さん。」

「あっ…」

「そう、実技試験でスパーした相手だね。」

あの子ならやりそうだ…

こーちゃんもそう思ったみたいで、苦笑いしていた。


「それで、どんな相手だったんだい?」

会長が気になって聞いてきたので、こーちゃんが答える。

「典型的なアウトボクサーで、武器はカウンターとパリィだった。」

「それで対戦相手の所属が雷鳴館なのか…」

どうやら相田チャンピオンがパリィの使い手だというところから連想したみたい。

事実、チャンピオン直伝だし…


「どうする?受ける?断る事も出来るけど…」

ちょっと考えてみる。

確かに私と相性が悪いタイプのボクサーだと思う。

というのも、実際やり辛い…

打っても弾かれるし、弾かれると思ったらカウンターだし…

だからこそ、早いうちに攻略方法とか身につけておきたい。

それに、もう一度戦いたいって体が言ってる。

「う、受ける…」


「本当にいいのかい~?苦手なタイプでしょ?」

会長はお見通しの様子。

「そうなんですけど…」

「まっ、勝っても負けても良い経験になると思うよ。俺も試合は賛成かな。」


「経験は必要ですよね?」

「勿論さ。それに、勝てば苦手意識は減るだろうし、負けても今後の課題が見えてくるよね。」

「そ、そうですね!」

時々まともな事を言うから、ちゃんと聞いてないと…

「それに、当面の目標はクリスマスバトルの優勝だからね。ゆ・う・しょ・うっ!」

ん~~~

「目標が高すぎるのは、自分が1番分かっていますからっ!」

会長は絶対に私を誂って楽しんでいるよね…


翌日。

ジム同士で話し合った結果、試合は一ヶ月半後の2月下旬、名古屋の大きなホールで行われる複数の男子の試合の前座として行われることになった。

メインイベントは男子フェザー級のタイトルマッチらしい…

「そ、そんな大きな会場で…」

正直、萎縮する…

沢山の人の視線も怖いし…


「さっちゃんの試合はオープニングだしね。ほとんど人は居ないと思うよ。メインイベントは男子のタイトル戦だから、ほぼその試合に合わせて見に来ると思ってもいいよ。」

こーちゃんの説明に、少しだけホッとする。

そこに会長が割り込んできた。

「ホッとしている場合じゃないよ。さっちゃん目当てのお客さんファンを増やさないとね。」

「わ、私のファン?」


会長はスマホを手にし画面をタッチすると、表示された画面を見せてくれる。

そこには、「池田 雪ファンクラブ」と書いてある。

「えっ?」

どうして?

まだデビュー前なのに?

私の疑問を察し、会長が説明してくれる。


「どうやら彼女、ボクシング始める前からちょっとした有名人だったみたい。で、ボクサーに転身したもんだから、興味のあるファンが付いてきたみたいだね。」

す…、凄い…

私が驚いていると、こーちゃんが心配してきた。

「てことは、会場にもファンが来るのかも…」

会長が顎に手をやる。

「完全アウェーだね。」

ニコニコしながら言ってきた。


「ひ、他人事じゃないですっ!」

「この際だから、悪役路線でいっちゃう?」

「あ…、悪役!?」

「『我は魔界より生まれし堕天使幸子!今日は一撃で魂を刈り取る私のスマッシュで、その可愛い顔面をボッコボコにしてやるぜぇ!』って入場で流すとかどうかな?盛り上がるよ~?」

想像してしまった…


………

……………


い、嫌過ぎる…

と言うか、また誂われてる…

「会長?一発ぐらいなら誤射ですみますよね?」

「ん?何の話し?」

「そこに凄く叩きやすそうな、お腹みたいな大きなサンドバックがあるみたいなので。」

「いやいやいや、じょ、冗談だってばぁ。もう、勘弁してよぉ~」


「さっちゃん!」

「ん?」

「やるならお腹が凹むまでやってくれ。」

こーちゃんからだ。

「うん、分かった!」

「幸一!助けてよぉ~」

「父ちゃんも悪ノリしすぎ。」

会長は少しションボリしながらも笑顔だった。

あれ?初試合に向けて、緊張を和らげていてくれていたのかな…?


「ま、初戦から大きなホールで試合出来るのはラッキーだよ。もうこれだけで良い経験になるよ。雷鳴館様様だね。うちじゃ、あのラインナップに女子の、しかも新人デビュー戦をぶち込むコネも金もないからね。」

あっ、そういう事情もあるんだ。

やっぱり、ファンだとか興行収入だとかって、私も気にしないといけないことだよね。


「わ、私もファンの人が増えるよう頑張ります!」

「じゃぁ、手始めにブログとかやってみる?日記みたいなもん。」

「ブブブ、ブログ…?」

「そそ。うちのジム公式HPに選手のブログページがあるよ。勿論やりたい人だけやっているけれど、レオのもあるよ?」


会長は再びスマホをいじり、画面を見せてくれた。

「………」

ブログのタイトルは『天下布武』。

ここは岐阜だし関連もあるけれど…

少し読んでみると、内容は過激だった。

「ぶっ飛ばしてやるぜ!」とか、「マットに這いつくばれ!」とかの文字が、所狭しと踊っている…

最後の更新には、クリスマスバトルでの戦いの反省と現在の活動報告。

コメントには応援する内容が沢山ついていた。

そっか、負けても次に進むんだという姿勢が、ファンの人達の支えになっているのかも。

こうやって擬似的にファンの人と関わるのもいいかも。

直接話さない分、逆に私に向いているのかな?


「わかりました。やってみます。」

「本当?助かるよ~。やっぱり知名度を少しでも上げていく努力はしないとね。今は強いだけじゃファンは増えないんだ。人が呼べないと、お金も動かないしね。難儀な商売さ。」


商売…

そういう一面もしっかり考えていかないと…

「あっ、一応下書きまで作ってもらって、最終確認は俺がするから。大きく変更する内容だったら、ちゃんと相談するからね。」

「はい。」


まぁ、レオさんのブログの内容を読む限り、あれだけ過激でもOKなんだから、ほとんど何でもアリなんだろうな。

「ブログのタイトルは考えておいてね。」

「はーい。」

その後はいつも通りの練習をし、家に戻る。


ランニングしながら、色々と考えちゃった。

初試合…

ブログのタイトル…

そして、お母さん…


試合に関しては、やれることをやっていくしかない。

まだ経験もないし、レオさん以外ともリングに上がったことないし、観客の前で試合することもなかったし…

兎に角経験が必要。

クリスマスバトルに向けて、全力で突き進まないと…


それよりも…

ボクシングやっているの、いつかはお母さんには言わないといけないのだけれど…

どうやって言おう…

お金を稼ぐ為、って言ったら絶対に反対する。

どうしよう…

会長が言うように怪我して帰ったら、絶対に虐められたって勘違いしちゃう。

お母さんのことだから、学校に怒鳴り込みにいっちゃうかも…


ん~~~

やっぱりスポーツ始めたのは伝えよう。

うん、そうしよう。

それで、怪我しても心配しないでって伝えよう。

うん、それがいい。


帰宅。

「あら、さっちゃん。おかえり。」

たたみ終えた洗濯物を運んでいるお母さんと遭遇。

ちゃんと伝えなきゃ…


「あのね…」

「ん?」

「私、スポーツ始めたの。」

「マラソン?いつもやっているじゃない?」

「そうじゃなくて…」

「何を始めたの?お母さん、全部の試合応援しに行っちゃうよ!」

「えっと…、えっと…」

「ん?」


「まだね、色々と不安があるの。」

「どんな?」

「えーっと…。あのね…。怪我するかもしれないの。」

「あらら。じゃぁ、救急セットも準備しておかないとね。」

「あの…、怪我しても治療はしてもらえる。だけどね、怪我して帰ってきても虐めじゃないからね!心配しなくて大丈夫だからね!」

「んー?」

お母さんはちょっと不思議そうな、それでいて考える素振りを見せた。


「わかった。ちゃんと話せるようになったら教えてね。さっちゃんが頑張りたいって気持ちが伝わってきたから応援する。でも、試合は見にいきたいかな。フフフッ、楽しみにしておくね。」

笑顔だったけど、ちょっと寂しそう…

ごめんね、お母さん。


料理を手伝っている時も、私が始めたスポーツに関しては、特に聞いてはこなかった。

あっ、そうだ。

良いことを思いついた。

珍しく名案かも。


「あのね…。日記をつけようかと思っているの。」

「ほぉ~?やっぱり好きな人できたんでしょ!」

「ちーがーうー!」

「ムフフ…。日記はいいよねー。思い返して元気貰ったり、初心に返れたり。」

「それでね、日記にタイトルをつけようと思うの。何が良いと思う?」


「日記のタイトルねぇ…。さっちゃんは、その日記に何を書きたいの?その日の出来事?」

「えっとね、さっき言ったスポーツの事を中心に書きたいの。それでね、お母さんに話せるようになったら、その日記も読んで欲しいの。そうすれば、遅くなってでもスポーツやっている時の私を教えられるでしょ?」

「フフフ…。面白いことを考えたわね。いいわよ。そっちも楽しみにしておく。」

「なるべく早く教えるから、待っていてね。」

「うんうん!楽しみがあることは良いことよね。あっ、それでタイトルだっけ…。じゃぁ、こんな感じで決めるのはどうかしら?例えば、そのスポーツを頑張る意味とか理由。それをタイトルにするの。どう?」


そっか…

それがいい…

「うん、分かった。そうする。」

「で?タイトルは?」

「ま…、まだダメー」

「わかった。フフフ…。あんまり心配しないで、思いっきり楽しみなさい。」

何だかお母さん楽しそう。


取り敢えず、もしも怪我をしても心配をかけなくて良くなった。

心配事がちょっとだけ減ったかも。

思いっきりボクシングやりたいし…

だけれど、本当はちゃんと話さないとダメだよね…


そんな事を考えながら布団に潜る。

後はブログのタイトル…

私がボクシングをやる意味とか理由…


レオさんとチャンピオンの試合を見てドキドキした。

私もやってみたいって、挑戦したいって思った。

そして、あわよくばクリスマスバトルの賞金…

そんな事が動機だった。


でも…

アルバイトからボクシングを切っ掛けに、私は少しずつ変わってきたと思う。

そう言えば、大人の男性も前よりは怖くなくなった。

今までよりも、喋るようになった。

緊張、嬉し涙、照れ隠し、焦り、驚き、意地悪…

色んな感情が戻ってきつつあるかも…


1番大きいことは、怖がって何も出来なかった私が、たった1ヶ月程度で、こんなにも色んな事が出来たこと。


最初は小さな勇気から始まった。


ゆっくり歩んでいる感じがする。


一体何処へ?


私はリングの中で…


そっかぁ…


そうなのかも…


これがブログのタイトル。






私はリングの中で、幸せを探しに行く旅に出たんだ…

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