第93話 勇者候補生たち
評議会から、アバターボディ奪還のミッションを受けた帰り。ユッフィーたちは傍聴席にいたミハイルの誘いで、白夜の
「みんな、待たせたね。ユッフィーちゃんたちを連れてきたよ」
そこには、いくつかの隣り合ったテーブルに分散して。店の一角を貸し切る形で、氷都市を訪れている地球人のほぼ全員が集合していた。人数で言えば、十数名か。
今、この小説を読んでいる人の中にも。あの時の事かと、思い当たる人がいるだろうか。
「ミハイル様!?」
驚いたユッフィーが、ミハイルの顔を見上げる。
「話してあげなよ、彼らにもね」
「…そうですわね」
イーノの小説の読者や、あるいはマキナでの付き合いがある者たち。彼らの前での自分は、勇者たちを導く王女ユッフィーだ。やるべきことは決まっている。
「みなさま。札幌での一件以来、大変ご心配をおかけしました」
後輩たちのひとりひとりに向き合い、声をかけてゆくユッフィー。
「地球人同士で敵味方に分かれて殺しあいになるって、本当なんですか?」
「精神体同士での戦いなら、KOされた方は『夢落ち』するだけで済みますわ」
「身体が傷ついたりはしないの。でもその『悪い夢』が、相手に精神的な疲労やトラウマを残すかもなの」
最悪、仮面の男たちとまた敵対になっても、地球人同士の殺し合いは避けられる。向こうにも都合があって、地球で事件を起こさないように道化から釘を刺されていたことなど。後輩たちの不安を拭うように、ユッフィーとモモは札幌上空での具体的な事例を交えて説明する。
「そのままで利用価値があるって、何だか皮肉な話ですね」
「それでもオレ、メル先輩とは戦いたくないです…」
彼らの心配は、当然の事とも言えた。勇者候補生制度は、
いつかは
しかし、その想定は崩れ去り。事態は風雲急を告げている。
今思えば、それは甘い考えだったというほかない。豊かな創作文化に育まれた夢魔法への高い適性と、趣味や娯楽を通じて培われた冒険者の素養。
道化だってビッグたちの実力を知っているのだから、それらを利用しようと考えるのはごく自然なことだった。
「…向こうも、何も悪人だけを集めるわけではないと思います。手当たり次第の集客が、
ターゲットを絞ってアピール力を高めることは、手数の限られた中小企業にとって半端な万人向けを狙うよりはるかに賢明な選択。そんなマーケティングの初歩ですら、ビッグたちは理解していない。だから流行りものの劣化コピーを多数そろえて、あらゆる客層の気を引こうとする。
それこそが、本人たちも意図せぬうちに「プレイヤーの結束を妨げる」
そのときメルちゃんは、きっと向こうで善良な人たちをまとめてくれる。
ビッグの手の内を知っている中の人イーノの知識を活かし、ユッフィーは後輩たちの疑問に次々と答えていった。
「すっかり運営が板に付いてるね、ユッフィーちゃん」
「駆けつけたかいがあったね」
ふと気付くと、後輩たちの中にふたりの新顔がいた。
「あなた方は…」
「この大変な時に、わざわざ来てくれた男気あるふたりさ。マキナでの小隊掲示板で相談を受けたから、ぼくからアウロラ様に話を通しておいたよ」
「まぁ!ありがとうございますの」
ミハイルが説明すると、新顔のひとりエルフ耳の優男が笑いながらユッフィーに手を差し出した。
「これな〜んだっ!?」
優男の手に、夢の力が集まってゆく。それは次第に渦を巻いてゆき、七色の色彩を放ち、粘液状に凝固してゆく。数秒後、手の上には目と口のあるスライム状の何かが出来上がっていた。
「もう出来たのかい?武装具現化を」
「手品程度だけどね、うひひ」
ミハイルや他の地球人たちから、感嘆の声が上がった。
想像力が豊かで、はるか古代から創作文化を練磨してきた地球人は夢魔法に高い適性を持つ。ビッグたちのような規格外の天才もいる。それでも個人差はあり、誰もが最初から上手くできるわけではないのだ。
「あなたは…」
相手が誰なのか、見当がついたようで。ユッフィーは優男の手から、派手な色彩のスライムを手に取る。
「えっちなイタズラを仕掛けるなら、場所と相手を良く選ぶことですわ。
ユッフィーがウインクをして、スライムにふうっと息を吹きかける。すると原色の粘塊はパステルカラーのシャボン玉へと変わって、弾けて消えていった。これも夢魔法だ。
「放っておくと、わたくしかマリス様か、モモちゃんの胸元にでも飛び込みそうでしたので」
「ひどいよユッフィーちゃん、私は硬派なのに」
嘘か本当か。ユッフィーと優男のやりとりに、マリスとモモが顔を見合わせた。
「ふふ。あなたの好みのお世話役でしたら、後でアウロラ様に相談しておきますの」
ユッフィーが、丁千と呼ばれた優男に握手を求める。多少鼻の下を伸ばしながらも優男は握手に応じ、精一杯カッコつけてみせる。
「彼は
「てなわけで、よろしくね」
中国から日本への距離より、地球からバルハリアの方がよほど遠方だ。そのことにエルルが不思議そうな顔をしながらも、ようこそですぅと微笑みかける。
「ちょっとスケベなのが玉にキズですけど、彼は信頼できる男ですわ」
「まあ、多少オタクではあるけどね」
丁千が、やや自嘲気味に付け加えると。新顔のもう片方、桃色の髪の小太りな男が彼に暖かな目を向けた。
「君も…オタクかい?」
「そうだとも、同志よ」
今ここに、ふたりのおっさんの間に奇妙な連帯感が生まれた。
「
「ユッフィーちゃんが頑張ってるのに、何にもせんじゅうろうってわけにはいかないからね」
オヤジギャグをかましながら、
「
「兵士と冒険者じゃ、勝手が違うからね。どこまでお役に立てるか分からないけど、一緒に頑張るよ」
そう言う銑十郎の身体は、人間を模してはいるものの。首や腕などの各所にパーツの継ぎ目が見られる。
「ロボットさぁんですかぁ?」
「とても、包容力のある。心のあったかいロボットさんですわよ♪」
地球人との交流により、その方面の知識を得ているエルルが無邪気な好奇の目を向けると。
ユッフィーは銑十郎におねだりして、膝の上に抱っこしてもらっていた。その仲睦まじい様子に、エルルやモモは微笑み。ミカや丁千は内心、不思議な嫉妬を感じてしまう。
「まぁ、そんな感じだよ。こっちの世界では、何て言うんだっけ?」
銑十郎が少し顔を赤くしつつも、ユッフィーとの少々過剰なスキンシップに話題が及ばないようにか。エルルに地球外の機械種族について問いかけた。
「え〜っとぉ…」
エルルが思案する。今の氷都市において、露骨に機械人形的な種族を見かけることはほぼ無く。人造人間、アンドロイド的な存在と言えば第一にアバターボディが挙げられる。中でも、素性のハッキリしないアウロラ自身が人造の神とも呼べる存在だ。
けれども、多くの氷都市民はアウロラの出自を気にしない。元が何者であろうと、今多くの市民や冒険者、英雄や難民たちの心を行動でつなげているのが彼女だから。
地球の歴史で言えば、人として生まれて死後に神々に列せられた者。そんな立ち位置だろうか。
地球人の分類法で言えば十分、ファンタジックな要素を備えながら。氷都市はこんなに「ロボットと友達」だったのかと思い、エルルは暖かな気持ちを覚えつつも。
「むずかしいことは、わかんないですぅ♪」
ユッフィーに微笑んで、ネーミングを丸投げする。餅は餅屋だ。
「では、仮に『タロス』とでも呼びましょうか。ギリシャ神話に出てくる青銅の自動人形には、神の血が流れていたと言います」
かつての古き神々の、精神の器であった意味も込めて。ユッフィーは銑十郎に提案した。
「なら、オリヒメさんやゾーラさんとの対面が楽しみだね」
「モンスター娘LOVE!」
ギリシャ神話つながりで、銑十郎がオケアヌス出身の二人に興味を示せば。丁千は独特の萌えから。小説の読者としては知っていても、直接面識の無い二人との対面に胸を躍らせる。
「ハロウィンともなれば、お会いする機会はあるかと思いますわ」
クワンダたちが追憶の庭園を探索してきた話は、地球人たちの耳にも入っている。謎に満ちた、四季の庭園。残りの三つの扉を開くためにも、オリヒメはファッションデザイナーとして腕を振るい続けるだろう。
多くの日本製オンラインゲームは、本編と無関係な形で季節イベントを実施しているが。ここでは「季節イベントが本編の一部」と言っていい。
「では、新たな出会いを祝しまして」
丁千と銑十郎の紹介が済むと。ユッフィーとエルルが、一緒に乾杯の音頭を取る。
「かんぱぁい!」
木製のジョッキが高く掲げられ、あたりの空気が和やかに変わった。
【旧】勇者になりきれ!世直し勇者のつくりかた イーノ@ユッフィー中の人 @ino-atk
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