第79話 サプライズ
地底世界に、夕日が沈もうとしている。いったいどんな形で太陽が天にあるのか、どうやって沈んだり昇ったりするのか。それはつくった本人も分からない。下手すると、本当に水中に沈むのかもしれない。
「あの星獣の女の子たちぃ、瞳の中に星がありましたねぇ」
「ええ。ボクちゃんは、赤い髪の人魚の子と気が合うようでしたね」
そのボルクスは、遊び疲れたのかユッフィーの背中でぐっすりお休み中だ。儀式の方も、つつがなく終わっている。
今はみんな、小隊ごとに2〜3人で手分けして周囲を軽く探索や調査をしている。リーフはすでに、地底世界側の仮設の転移紋章陣を設置にかかっていた。
「ちょっとぉ、いいですかぁ?」
五人で海辺を散歩していると、エルルが急にみんなを呼び止めた。それから、モモにヒソヒソ話をする。
「エルル様?」
ユッフィーが首をかしげていると。
「じゃ、ぼくたちは散歩に行ってくるの。お二人でごゆっくり♪」
「えっ?」
「モモちゃん!?」
モモがミカとメルの背中を押しながら、やや強引に砂浜の向こうへ歩いていった。後には、ユッフィーとエルルだけが残される。
「実はぁ、ちょっとぉ用意していたものがありましてぇ」
エルルが手荷物のバッグを持って、ユッフィーの手を引く。そして大きな岩の陰に入った。
「今ならぁ、二人っきりですよぉ♪」
エルルがバッグから取り出したのは、男性用の浴衣だった。その他タオルや着替えなども用意してある周到ぶり。
「これを、わたくしに?」
「イーノさぁんにですぅ」
そう言うと、水色の浴衣をバッグから取り出すエルル。
「岩の反対側で、着替えてくださいねぇ♪」
地底世界への到達。こうなることを、彼女は予期していたのか。岩陰で水着を脱ぎ、身体をタオルで拭きながらユッフィーは考えていた。さすがにそれは無いだろう。でも、いつか誘おうと思って。心の支えとするためにいつも持ち歩いていたのかもしれない。
ここでなら、犬猿の仲のビッグと鉢合わせする心配も無い。それを分かって、彼女は自分を浴衣デートに誘ってきたのだ。
(エルルちゃん…)
ユッフィーがアバターボディの設定を切り替える。身体が光を放って、背が伸び、凹凸が変化して…おっさんとしての、イーノの本来の姿に戻った。
濃紺の浴衣は、旅館などでも置いていそうなシンプルなものだ。トランクスをはいて浴衣に袖を通し、帯を締める。それだけで準備は整った。
「エルルちゃん?こっちは準備OKですよ」
私が、岩の向こうのエルルに呼びかけると。
「もうちょっとぉ、待ってくださいねぇ。のぞいちゃダメですよぉ?」
ドキッとさせるような、少しいたずらっぽい感じで。エルルから返事が来る。
それから数分。私がそわそわしながら待っていると、水色の浴衣姿で髪をお団子にまとめたエルルが岩陰から顔を出した。
「お待たせですぅ」
海岸で二人、ビーチサンダルで砂浜を歩く。すでに陽は沈み、月が昇っていた。相変わらずどうなっているのか分からないが、月は夜空を明るく照らしている。そして満天の星空。これは本当に、地底に届いた星からの光なのだろうか。
「地底の星空…不思議ですけど、綺麗ですね」
「月がぁ、とおっても綺麗ですねぇ♪」
夏目漱石の「アイラブユー」の訳文を知っているのか、エルルがニコニコして私を見上げてくる。私は少し照れながら…ええ、綺麗ですねと答えた。
ふと、海の方を見ると、唐突に花火が打ち上がった。それは良く見ると、リーフとモモが協力して打ち上げた紋章術の花火だった。
ドーンと、夜空に星の光の華が咲く。火薬式ではないから、煙などは一切出ていない。
「た〜まや〜♪」
「日本の夏ですね、ミカさん」
「ええ、アウロラ様」
メルとミカとアウロラも、モモたちの近くで花火を見ていた。
「まさか、ここで花火を見れるとはの」
「ああ」
離れた別の場所で、浴衣姿のクワンダとアリサが夜空を眺めている。どうやら何人かが事前に相談して、サプライズを仕込んでいたらしい。
「もともと、ケルベルスからのメッセージで見た地底の大空洞でやろうと思ってましたけど。もっといい場所が見つかるなんて驚きです」
「最初に言い出したのは、エルルちゃんなの。愛の力って、やっぱりすごいの♪」
モモがリーフと談笑しながら、事前に組んでおいた花火用の術式を起動させた。
「花火か。いいサプライズだな」
「探索隊にも、カップルが何組かいるからね」
海辺の丘の上で、クロノはマリスと花火を見上げていた。マリスはクロノの腕に自分の腕を絡めて、手を恋人握りにしてつないでいる。姿は見えないが、オリヒメとゾーラのカップルや、親友同士のミキとレティスもどこかで一緒に花火を見ているのだろう。
「…あの人、誰?」
ふと、マリスが遠くの砂浜にいるエルルの、隣のおっさんに気付いて指差した。
「あれは…ユッフィーの中の人か。オレも初めて見るが、地球でエルルとデートしてたらしいな」
クロノが見ている先で、エルルのおぼろげなシルエットがおっさんに近づいた。そして、二つの影が重なる。
「お〜お〜、お熱いことで。ボクたちもしよっか?」
ねっ、チューしよー?と、熱中症に引っ掛けたダジャレをかましながら、マリスがクロノを見ると。
「…どしたの?」
心ここにあらず、といった様子のクロノに気付いて。マリスは不思議そうな顔をした。ダジャレが寒かったのかとも思ったが、明らかに様子がおかしい。
(あのおっさんがイーノ…)
イーノの姿を見ていると、クロノの脳裏に突然、失った記憶の重要な断片が浮かび上がってくる。
「ねえ、なんか変だよ?」
マリスが心配そうに顔をのぞき込んでも、クロノは微動だにしない。いま彼の中では、ある衝撃的な事実が頭の中を駆け巡っていた。
(イーノ…お前はオレの…)
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