第78話 その蒼き天と海の間で

 どこまでも続く蒼。空には雄大な白い雲が流れ、砂浜には波の音が寄せては引いていく。海の色は、南国のように澄んだエメラルドグリーン。照りつける夏の太陽。


 揺籃の星窟で幻星獣ケルベルスとの対決の末、目の前に現れた特徴的なレリーフの扉。その扉の先に広がっていたのは、とても地底とは思えない光景だった。


 自分たちは確かに、ケルベルスと共に地底世界の創世に立ち会った。けれどもその「建設途中」の姿さえ思い出せないくらい、目の前の風景は様変わりしていた。


「…ここって、別の世界?」

「えっとぉ、バルハリアみたいですよぉ?」


 メルが、当然の疑問を口にする。しかし、巫女であるエルルの直感がそれを否定した。女神アウロラとの「つながり」を電波にたとえるなら、ここが異世界であるならもっと「通信状態が悪くなる」はずなのだ。

 揺籃の星窟の最下層は、異世界テレビフリズスキャルヴでも見通せないほどに星霊力の濃度が高かったが。ここでは地上より少々高い程度だと、リーフも分析していた。


「じゃあここは、ケルベルスちゃんたち星獣のみんなが待ち望んだ…」

「新天地、かしらね」


 モモが、ケルベルスからのメッセージを思い出す。その推理が正しいならと、ミカは周囲に星獣の姿を探してあちこちを見回した。


「ええ、あたりを探索してみましょうか。クワンダ様やマリス様たちも、別の場所に出たようですし」


 ユッフィーが提案する。灼熱の溶岩洞窟を探索していると思ったら、急に南国の無人島でのサバイバルになった。そんな奇妙な状況だったが、気持ちを切り替えて。


「あっ」


 突然、ミカが声をあげる。その視線の先、ユッフィーたちの背後を振り返ると。


「ナニコレ!?」


 メルが驚いて、砂浜に尻餅をつく。


 天高くそびえ立つ、謎の塔。外周はかなり大きく、数キロはありそうだ。てっぺんは雲に隠れて、どれほどの高さがあるのか見当もつかない。そしてこれだけの巨大さでありながら、大地に影を落としていない。表面は周囲の風景を鏡のように映し出していて、よほど近付かなければ塔の存在そのものに気付けない。まるで、SFに出てくる光学迷彩のようだ。


「地球空洞説…天に通じるバベルの塔」


 そんな言葉をつぶやきながら、ユッフィーが塔に近づいていく。そして入り口から塔の内部をのぞき込んだ。


「やっぱり、揺籃の星窟ですわ」


 内部の岩肌には、見覚えがあった。


「この塔を登ったらぁ、氷都市に帰れるんですかぁ?」

「ええ、たぶん」


 自分たちは巨大な塔の内部を降りていたのかと、エルルが首をかしげると。


「これは、先程の試練で作った天と地を結ぶ塔ですわね」


 ユッフィーの言っていることは、現実感の無い漫画やアニメのような話だ。けれども、目の前に動かぬ証拠がある。


 とりあえず、帰り道になりそうなものは見つかった。一行がほっと胸をなで下ろしていると。


「あそこ。見て」


 ミカが空を指差した。見ると、塔の側面から飛行型の星獣たちが大空へと飛び立ってゆく。鳥であったり、半透明の身体を持つ風の乙女シルフであったり。しまいには、蝉の星獣が塔の壁面にしがみ付いて鳴き始めた。


「夏ですわね」

「うん、洞窟の中ほどじゃないけど、暑いね〜」


 ユッフィーとメルがそんな感想をこぼしていると。横から二人にいきなり海水が浴びせられた。驚いて目を丸くする二人。


「それなら、みんなで海水浴なの」

「ひゃっ!?」


 続いて、モモとミカに澄んだ海水が浴びせられる。今度はエルルだ。


「海ってぇ、こぉんなに気持ちいいんですねぇ♪」

「お返しですわ」


 はしゃぎ声が楽しげに響き、女子五人の水かけっこが始まった。


 クワンダたちは、ごつごつした岩の洞窟を進んでいた。しかし、揺籃の星窟とは明らかに様子が異なる。


「ねえ、なんか海の香りがしない?」

「波の音も聞こえるような…」


 レティスとミキが、不思議そうに顔を見合わせる。


「…あれは」


 クワンダが、岩陰に小さな蟹の星獣を見つける。こちらに気づくと、その蟹は一目散に横歩きで逃げていった。


「ここにも、コケが生えていますね」


 リーフが近くの岩を指差す。かなり年月のたったような風合いの岩に、びっしりと緑のコケが生えていた。しかも微かに発光していて、そのおかげで洞窟内は明かりが不要なほどだ。


「ここも、大いなる冬フィンブルヴィンテルの影響下ではないということかの」


 アリサも不思議そうな表情で、クワンダやリーフの顔を見た。


「もしかして、洞窟の外には広い海!?」


 レティスが期待に目を輝かせる。自分たちがつくった海が、本物になったと。


「気になりますね。でも、足元に注意ですよ」


 親友をエスコートするように。ミキも内心ワクワクを感じつつ、一行は洞窟の先に見える光へと歩いていった。


「あれ?異世界に出ちゃったかな。オーロラの道を通った形跡は無かったけど」


 南国のジャングルの中で、マリスもまたユッフィーたちと同じような感想を抱いていた。天地創世の過程を知ってはいるが、それが今の姿とつながらない。


「クロノくんが南の海に行きたいって、言ったからじゃないっすか?」

「オレのせいにしないでくれ」


 ゾーラが冗談を言ってクロノを見ると、なぜオレがという顔でクロノがゾーラを見返す。


「それにしても、不思議なものね」


 アラクネ族やゴルゴン族の祖先が住んでいた異世界オケアヌスも、こんな温暖な土地だったのかと。オリヒメが物珍しそうにあたりを見回している。


「南の海でバカンス…って気分だけど。ここがどこだろうと、未知の場所には違いないから。あまりその辺のものを気安く触らないようにね」

「分かったわ」

「了解っす」


 オリヒメやゾーラは氷都市育ちで、異世界に行った経験が無い。ここは旅慣れたマリスに従っておくことにした。


「他の隊も、違う場所に出たのか」


 クロノは以前、異界の森でビッグたちを追っていたときのことを思い出す。もしかすると今、追われる立場なのは自分たちかもしれない。その懸念が彼に警戒を強めさせた。


「潮風を感じる。海が近いね」


 もう完全に、異世界と変わらない。そういう認識でマリスたちは照りつける太陽の下、熱帯の森を進んでいく。


「海岸に出たな」


 目の前に広がる白い砂浜を見て、クロノがつぶやく。すると、遠くに女子の歓声が聞こえたような気がした。


「ユッフィー…?」

「あ、いた。地球人ってのんきっていうか、神経が太いっていうか」


 マリスが指差した先には。波打ち際で水かけっこしてるユッフィーたち五人の姿があった。


「エルルん、楽しそうっすね」

「ええ。私たちは警戒しろって言われたのにズルいわ」


 ゾーラとオリヒメも、五人の姿に心が浮き立って落ち着かない。氷都市育ちの二人は「夏の解放感」なんて言葉を知らないが。今の気持ちを説明するとしたら、まさにそれ以外無いだろう。


「ああもう…」

「マリス?」


 クロノが不思議そうにマリスを見る。不意にマリスが、ぎゅっとクロノの手を握った。そのまま強引に引っ張られる。


「ボクたちも海で遊ぶよ!」

「おい、警戒するんじゃないのか」


 ゾーラがマリスとクロノを見て笑う。


「リーダーのお許しが出たっすよ!」

「それじゃ、遊びましょうか」


 ゾーラとオリヒメも、気付けば恋人握りで手をつないでいた。


「それで、遊んでいたのか」

「若いのう、おぬしら」


 ユッフィーとマリスたちが、合流したクワンダとアリサから事情を聞かれている。はた目に見れば、まるでお説教でもされているみたいだ。


「申し訳ありませんの。確かに注意が足りませんでしたわ」


 ここが未知の場所であることを考えれば、警戒心が足りなかった。エルルは違和感を感じていたが、やっぱり異世界という認識が正しいのではないだろうかと。


「でもぉ、アウロラ様とのつながりの感度からして。異世界には思えないんですぅ」

「地球のSFやオカルトの話には、地球空洞説というのがありまして」


 エルルとユッフィーは、自分たちが見た天空に通じる塔のことも含めて一同に説明する。クワンダやマリスたちの顔が、驚きに染まった。


「地球人の想像力って、マジで半端ないね」

「ここは惑星バルハリアの地の底深くに形成された、地底世界というわけか」

「王女は、地底王国のプリンセスだものね」


 ミカも笑って、偽神戦争マキナでのユッフィーの設定を口にした。


「面白い仮説ですね…」


 二人の話を聞いて、リーフが興味深そうに思案している。言われてみれば、ここへ来る途中に星獣の姿もあった。まるで野生動物のように、自然に溶け込む形で。


「さっきのは、儀式の練習ですわ。夏のレリーフの扉の、女神と乙女たちの水浴び」


 ふと、ユッフィーが思い出したように口を開く。結構苦しいこじつけだが。


「言われてみると、あの壁画の状況と符合するわね」


 ミカがうなずく。今となっては、あれが未来を予言した壁画のようにさえ思えてくる。クワンダでさえ、その不思議な一致にしばし考え込んでしまう。


「気が付いたら、流れでこうなってましたけど。アウロラ様もお呼びして海で遊べば、今度こそ本当にあの扉を開けるかもしれません」

「やろうよ!もちろん、アリサちゃんも一緒に」


 ユッフィーの提案に、レティスが激しく同意する。自分も遊びたいからなのは、明らかだが。


「…アウロラ様に助けて頂いた、ご恩返しになるならのぅ」


 一応、筋は通っている。上手くいく保証などないが、試す価値はある。あくまでもそういう体裁だが、アリサはレティスにうなずいてくれた。


「すっかりお友達ですね」


 ミキにそう言われて、少し顔を赤くするアリサ。リーフもそんなアリサを見て、幸せな気分になった。


「いいね!ここがホントにバルハリアだってんなら、ここ以外に儀式に最適な場所って無いと思うよ」


 マリスも乗り気だ。


「問題は、どうやってお連れするかだけど…」

「話してなかったっけ?アウロラ様に夢召喚の術を教えたのは、ボクだって」


 素朴な疑問を口にしたオリヒメが、ハッとなる。巨像討伐のとき、マリスはアウロラに「夢召喚を教えるついでに、巫女の修行もした」と言っていたのを思い出して。


「アウロラ様をここへ夢召喚すれば、問題解決っすね!」

「そのままだと精神体だけで、水浴びができないな」


 これで一安心、と思ったゾーラに。クロノが別の問題を指摘する。


「ボクたちの方でアバターライズしてあげればいいよ。でも、夢召喚と合わせて連続でやるとなると…ボク一人で力が足りるかどうか」


 一同の中で、最も夢魔法に精通しているマリスが答えを出すも。そう簡単にはいかないらしい。


「わたくしたち、地球人で夢の力を提供します。それでどうでしょう?」

「わたしぃだって、クロノさぁんの特訓のおかげでアバターライズできますよぉ!」


 クロノがはっとする。エルルは得意満面の笑みを浮かべていた。


 マリスを時計の12時の位置にして、地球人たちが砂浜で手をつないで円陣を組んでいる。一同の中では最も実力のある巫女で、アバターライズまで習得しているエルルも輪の中に入った。

 円陣の配置は時計回りにマリス、クロノ、ユッフィー、エルル、ミカ、モモ、メルの七人だ。全員で手をつないで輪を作り、適度に間隔を開けて。その輪自体を女神召喚の魔法陣とする。


「それじゃ、いくよ…っと、忘れてた」


 マリスが異世界テレビフリズスキャルヴ経由でアウロラを呼び出す。


「いま、そっちは大丈夫かな?」

「ええ、見えております。みなさんのいらっしゃる座標は、確かに惑星バルハリアの地下深くで間違いありません」


 アウロラから応答があった。氷都市で夢召喚を行う際のルールとして、相手の同意を得ることが厳守すべき手順になっている。よくある異世界召喚もの作品のように、相手に無断で、召喚する側の身元も明かさずに行う召喚は。俗に「ブラック召喚」と呼ばれる違法行為になるのだ。


「今までのお話は、異世界テレビでうかがっております。私はバルハリアの外に出ることが許されない身ですが、地底世界への召喚でしたら何ら問題はありません」


 召喚対象である、女神アウロラからの同意は得られた。異世界テレビの映像が切り替わり、神殿の一室で椅子に座っているアウロラの姿が映し出される。


「私のアバターボディはたくさんありますので、誰が行くのかを決めます。この身体に宿っている精神をそちらへ召喚してください。外出中も他のアバターたちが女神の業務をこなしますから、留守の心配もありません」


「じゃあ、改めて。アウロラ様の精神をこっちに呼ぶよ。召喚の細かいことはボクがやるから、みんなで女神様の来臨を願って!」


 それだけ言うと、マリスは目を閉じて集中に入った。輪になった者たちも、輪の外で見守る者たちも。全員が女神の来臨を強く願い、祈りを捧げる。


 七人が手をつないだ輪の中で、幻想的な光がゆらめく。それはオーロラのようでもあり、どこか万華鏡のようでもあった。光が高速で回転し、砂浜に光の柱が立ちのぼる。


「さあ、今だよ!流れに乗って!!」


 マリスがアウロラに呼びかける。氷都市のアウロラ神殿の一室では、すでに対象のアバターボディがベッドに寝て眠りについている。


 光が強まり、一同の視界がホワイトアウトする。その光が収まると、そこには半透明な姿のアウロラが召喚されていた。

 通常、精神体は一般人には視認できないが。女神の来臨を強く願う者たちの思念が彼女を可視化させていた。


「地底世界へようこそですの、アウロラ様」

「自分が夢召喚されたのは、これが初めてですわ」


 ユッフィーが代表してあいさつする。アウロラがあたりを見回す。手をつないだ七人と、中心にいる自分。輪の外で見守っている者たち。

 そのとき、どこかで蝉の星獣が鳴いた。地球で蝉が鳴くのと同じように。


「ああ…あの声は」


 アウロラが何とも言えない顔をする。悲しいのか、嬉しいのか。今の彼女は精神体だが、あまりにも強烈なイメージが具現化されてか。透明な光る雫が目からこぼれて風に散ってゆく。


「ありがとうございます。ここへ召喚してくださって、大切なあの人のことを思い出させてくださって」


 女神エーオースと蝉にまつわる、悲恋の物語。美青年ティトノスと永遠に一緒に過ごしたいと願ったエーオースは、ゼウスに頼んで彼を不死にしてもらう。けれども不老では無かったため、死ねないまま身体だけが衰えていくティトノスを見ていられず最後は彼を蝉に変えてしまうエーオース。

 その名は、アウロラの地球での呼び名のひとつだった。


「女神様も、一緒に海で遊ぼうよ!みんなに実体化してもらって」


 レティスが笑顔でアウロラを誘う。ミキも一緒に微笑んでいた。


「ええ、もちろん」


 アウロラの夫のひとりであるクワンダも、感慨深そうにその様子を見ていた。


「複数人のイメージで、アバターライズをやるときの注意点だけど」


 アウロラをアバターライズで実体化するにあたり、マリスが注意事項の説明に入る。七人がかりでなんて、普段はなかなか無いことだ。


「だいたい、予想つくと思うけど。ひとりが巨乳の女神様をイメージして、別のもうひとりが貧乳の女神様をイメージなんてしたら。アバターライズの妨げになるよ」


 マリスが、そこでモモとエルルの胸元を交互に見る。つまりは、そう言うことだ。


「ふえっ!?」


 胸元の寂しいエルルが、素っ頓狂な声をあげる。それで、その場の女性陣が思わず吹き出してしまった。アウロラも含めて。


「胸囲の格差社会なの」


 豊満な胸を持つモモも、エルルに済まないと思い口を押さえているが声が漏れてしまう。


「私としては、どういう姿で実体化してくださっても構いません。元より皆様のお好みで、姿をいろいろ変えてますから」


 そう言い切るアウロラは、まさにコスプレイヤーの女神といったところか。


「ではこうしましょう。マリス様から時計回りに、どんな姿でアウロラ様を実体化させたいのか、特徴をひとつずつ宣言する。次の手番の人は、すでに宣言されてるのと矛盾しない特徴を考える。連想ゲームですわ」


 ユッフィーが、お得意のゲーム化で知恵を出した。


「ちょっといい?それだと最後のあたしが一番ムズ…脳筋ガールのことも考えてね」

「じゃあ、メルちゃんから反時計周りでもいいですわ」

「ありがと!ユッフィーちゃん」


 こうして、順番が決まる。トップバッターはメルだ。


「じゃあね…誰にも分け隔てなく、フレンドリーな女神様!これでどう?」


 次のバトンを渡されたモモが、少し思案する。


「それなら、健康的なお色気があって尽くしてくれる女神様なの」


 ミカが自信を持って答える。


「外見だけで人を判断しない、心の美しさを見抜く目を持った女神様ね」


 エルルが元気に、笑顔で宣言する。


「みんなの太陽ぉ!いつでも明るく、笑顔がステキな女神様ぁ♪」


 ユッフィーが考え込む。少し時間がかかったが、やがて静かに口を開いた。


「周囲に流されることなく、自分を持っている芯の強い女神様ですの」


 クロノが即答した。


「真実を尊び、不正を好まない女神だ」


 最後はマリスだ。今まで、六人の宣言を聞いてきたが…そこにある法則性を、彼女は見い出していた。


「ボクはね…どんなに苦しいどん底でも、夢を忘れない。胸に希望を抱いた女神様」


 七人のイメージが、虹の七色となってアウロラを取り巻く。やがて、その中から現れたのは。七人が自分の良いところだと思っている、七つの美徳を兼ね備えた理想の女神様だった。


「ふふ。ステキなアバターを、ありがとうございます」


 アウロラは、色鮮やかなパレオ付きのワンピース水着姿で実体化した。その姿に、一同から感嘆の声が上がった。


「それでは、儀式を始めましょうか」


 ローゼンブルク遺跡で、市街地の奥への道を閉ざしている夏のレリーフの扉。そこに描かれた、女神と乙女たちの水浴びを再現する儀式。その様子は、異世界テレビを通じて氷都市の全域に生中継されていた。


「オレたちは、蚊帳の外かよ」

「ま、女神と乙女たちの水浴びだし。ぼくたちはありがたく拝見させてもらおうか」


 ビッグファミリーの部屋で、ビッグたちが生放送に見入っている。パンやクシナダにミハイルも一緒だ。


「あ、レティちゃんがいる!メルちゃんも〜♪」


 波打ち際で遊ぶ乙女たちの中に、見知った顔を見つけてパンが喜ぶ。


「リーフさんたち、紋章院の方々が転移紋章陣を設置して下されば。パンちゃんも遊びに行けますよ」

「楽しみなの〜♪」


 クシナダとパンのやりとりを見て、男性陣もなごんでいた。


「きみたちも運営の雑務から離れて、バカンスを楽しむ機会だ。ゆっくり羽根を伸ばすといいよ」

「そうさせてもらいましょうか」


 ミハイルが微笑む。ポンタが腰をさすりながら、ジュウゾウと顔を見合わせた。ビッグは画面を見ながら歯噛みしている。目立つ場に自分がいないことが不満なのだろう。


 オリヒメとゾーラとアウロラが三人で遊んでいる。その周りに地球人たちとエルルにマリスがいる。ミキとレティスとアリサも、手をつないでいた。

 アラクネ族、ゴルゴン族とアウロラは共に神話の中で「女神に呪われた」共通点から、三姉妹のように扱われることが多い。そのおかげか今では、特にアウロラへの信心が篤い種族として氷都市で市民の信頼を得ているから、人間万事塞翁が馬と言えよう。


 飛び散る水しぶきが陽光に照らされると、キラキラ光って天に登ってゆく。星霊力に満ちた地底世界から、地上のアウロラへ向けて力が送られているのだ。ユッフィーたちがその光景に見とれていると、さらに意外な乙女たちも水遊びに加わった。


「あれは…!」

「彼女らが、洞窟の壁画を描いていたのか?」


 どこからか、空を舞う風の乙女シルフ馬の下半身で地を駆ける乙女ケンタウロス海も宙も泳ぐ人魚マーメイドの星獣たちが現れて水遊びに加わった。すると、ユッフィーの背中からチビ竜のボルクスまでがひとりでに抜け出してきて、彼女らにじゃれつき始めた。


 リーフとクワンダが、その様子を遠巻きに見守っている。言葉は話していないが、ボルクスと遊ぶ様子から、彼女らに人間らしい感情があることは明らかだった。


「ここは男子禁制の水浴びよ」


 ミカが、オスに違いないと確信しているボルクスをつまみ出そうとすると。


「いいじゃありませんか。星獣同士ってことで」


 ユッフィーも輪の中に入って、星獣の乙女たちと遊び始める。その水しぶきからも、宝石のような煌めきが生まれて天へと昇っていった。


 果たして、これで夏のレリーフの扉は開いてくれるだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る