第80話 現世で生きるのも悪くないかも

 私の冒険談も、このあたりで一区切りにしようと思う。

 だいたい語り終えただろうか?地底世界にたどり着くまでの話は。


 ADHDの私はうっかりが多いから、抜けがあるかもしれないけど。あとはこの話を実際に作家のエージェントさんに見てもらおう。何社か調べて見当をつけている。

 それが、今の私にできる最善の一手だろう。


 消去法で考えると、こうだ。

 自分一人で、勇者候補生となりうる仲間を集める「なりきりSNS」のシステムを開発するのは無理がある。だから、先に原作小説の方を世に出しておく。そこからゲーム化を狙う。

 結局、若い頃ゲームクリエイターになり損ねた自分が納得できる形でゲーム開発に関わる方法は、原作者になるくらいなのかもしれない。


 まず、自費出版は一番の下策だ。良い作品を書くことと、それを広めるのは完全に別のことで、宣伝も無しに売れるはずがない。

 小説投稿SNSで小説を書いている人なら、経験があるだろう。実はいい話なのに、評価されずに埋もれている作品のなんと多いことか。


 作品が読まれない問題の解決策としては、P B Wプレイバイウェブのような「なりきり系のコミュニティ」での作者間の交流がもっとあればいいと思う。友達の作品であれば、それだけで読もうとする動機になるだろうから。

 そのためのベネチアンカーニバルなのだが、実現への道は遠い。


 それと、出版社に企画を持ち込むのもやめた方がいい。すでに売れている作家でもない無名の新人では、ただの迷惑にしかならない。


 かといって、新人賞に応募するのも良い選択肢だと思えない。自分はそもそも、賞を取れるような「優秀な人間」の定義から外れている。

 それと、審査員の選考基準が「実際に世間で求められている」ものとは大きくズレている場合だって珍しくないのだから。

 これはもう、無理に誰かに合わせようとするよりも。自分が書きたいテーマをとことん掘り下げていった方が、誰かの心の琴線に触れるだろう。


 あと、一番あり得ないケースとして。こちらが何もしてないのにどこかの出版社の目に止まっていること。これは無視して構わない。

 世の中には「ひきこもり」の当事者として、それで本を出してる人が何人かいる。ひきこもりの性質から考えると、おそらく誰かが取材をして本にしたのだろうけど。そういった取材が来ることも、まず考えられない。


 以上の分析から、私が選んだのは。情報が少ない分不確定要素が大きく、良くも悪くもどうなるか分からない作家エージェントを頼る道だ。彼らこそが、自分の作品をプロの手腕で出版社に売り込んでくれる、心強い味方だ。

 自分の小説をプロに読んでもらい、自分の強みや改善すべき点を第三者から指摘してもらえるなら、今後の役に立つだろう。仮にご縁が無かったとしても、無駄にはならないはず。


 この小説の主な想定読者は「氷河期世代」「発達障害」「ひきこもり」のどれか。

 この条件全てに当てはまる作者自身が「社会のはみ出し者が、常識と異なる方法で何かをやり遂げてみせる」ストーリーを体現してこそ、読者に夢を与えられる。私はそう考えている。


 さて、次回予告と行こうか。この物語はまだ多くの謎を残している。


 M Pミリタリー・パレード社のビッグ社長たち三人は、果たして無事に地球へ帰れたのか?


 記憶喪失のクロノ少年が取り戻した、失われた記憶とは?


 ケルベルスとの戦いで創世された常夏の地底世界は、今後どうなるのか?


 そして、ローゼンブルク遺跡の「夏のレリーフの扉」。

 後日の話だけど、あの水浴びの儀式の後、確かに封印が解けているのが確認された。その先に待つものとは…?


 これから先、私もいろいろ大変な…とんでもない目にあうんだけど。この続きは、また次の機会にしよう。


 本来、夢というのは覚めたら忘れてしまうものだけど。いま夢渡りの記憶を持つ人は増える傾向にあり、夢と現実の境界は限りなく曖昧なものになりつつある。夢こそ旅であり、もう一つの人生。そう思う人もいるだろう。


 世界の裏側を知ってる立場から言うと、ネット発の異世界ものライトノベルの多くは、本当に夢渡りの体験談なのだろう。あなたが覚えてなくても、それは不意に小説のアイデアとして浮かんでくるのかもしれない。不思議な既視感デジャビュを伴って。

 これを読んでるあなたも、何か異世界ものの小説を書いてるなら。きっとどこかの異世界で見かけた…あるいは知らずにすれ違った、同じ旅人に違いない。

 今はまだ、その実在性が地球の科学技術で立証できない、非科学的なオカルトの域を出ない時代だけど。


 また異世界モノか。この話の企画を出版社や作家のエージェントに持ち込んでも、そんな風に全く相手にされないかもしれない。それでも…


 異世界転生をぶっ壊す。


 今の日本、そんなに夢も希望も残ってないのか?今の人生を投げ捨てて、異世界に逃避したくなるほど。それは自分に適した選択肢を知らず、間違ったやり方を無理に続けているからなのでは?私はこの小説をもって、それを世に問いたい。


 もうひとつ、気になる指摘があった。とある動画サイトの、ガラの悪いユーザーばかり集まるニュース記事へのコメントだったが。

 異世界転生もの小説の読者には、現実世界で行き場を失った氷河期世代の人が多いのではないか。根拠になるようなデータはないが、事実だとすれば悲しいことだ。


 異世界転生とは、現代に復活した来世信仰のようなものだ。今の世の中では、幸せになれないから。せめて次に生まれる時に希望を託そう。そういう問題の先送りだ。しかし、人間は生まれる時代と場所を選べないことくらい、すでに明白ではないか。


 それよりも。間違った時代に傷つけられ、挫折したままでいるよりも。誤った常識に囚われず、世の中を変える小さな勇気を持つ「勇者候補生」として。一緒に立ち上がってみないか。バルハリアでも地球でも、これからもっと勇者は必要になる。


 私の言う「勇者の定義」を説明しよう。勇者とは、目の前の人の話を聞いて悩み事を解決する人のことだ。RPGの勇者に似ているが、血筋とか戦闘力とかは一切関係ない。もう、ひと握りの勇者の血筋だけに頼っていられる状況ではないんだ。


 変化し続ける不安定な時代の中で、人々の悩みに寄り添えるのは。誰より痛みを知っている氷河期世代のあなただろう。来世の幸せを夢見るより、現世で夢を描こう。今こそ、勇者になりきれ。


 そしてもし、首尾良く作家として自分の食いぶちを稼げるようになったら。こちらの世界でも勇者を育てたい。成功者が次の成功者を育てる責務を背負って立つペイフォワードの精神で、現代日本の「大いなる冬」に立ち向かう仲間を。


 貧すれば鈍するという言葉がある。自分の生活費すら満足に稼げなくなって、目の前の事しか考えられなくなれば、どんな賢い人間でも愚鈍になる。「貪する」は誤用らしいが、意味としてはあっている。

 今の日本人に余裕が無い、心が貧しいと言われるのも。目先の利益ばかり追いかける企業が後を立たないのも、同じことではないか。私は氷都市での経験から得た心の豊かさでもって、思いもよらない抜け道で現状を切り開きたい。苦難の日々に耐え続けた、勇者たちの反撃はここからだ。


 どんなに生きづらい世の中にだって、闇夜に煌くオーロラみたいな一筋の光明はある。現世で生きるのも、悪くないかもしれない。

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