第56話 水着コンテスト企画会議

 イーノファミリーの五人が借りている、広めの集合住宅で。ユッフィーがイーノとして見た夢の中のレリーフをモモに説明している。


「こんな感じなの?」

「ええ、だいたい」


 モモは、画架イーゼルに立てかけた白紙のキャンバスに、ユッフィーのイメージを簡単なラフスケッチにして見せている。そこへ、部屋の呼鈴が鳴った。


「はぁ〜い!」

「エルルん、遊びに来たっすよ!」


 エルルが返事をすると、外からゾーラの明るい声がした。


「あたしが出るよ!」


 メルが待ってましたとばかりに、玄関へ走る。


「オリヒメさん、ゾーラさんいらっしゃい!」

「あら、メルじゃない」


 玄関のドアが開くと、メルが遺跡探索用のビキニアーマー姿で来客を出迎えた。


「その格好でお出迎えっすか!?」


 ゾーラが驚いた様子でメルを見る。オリヒメは口元に笑みを浮かべていた。


「女子力で大きく劣るあたしが、まさかファッションリーダーのオリヒメさんに注目してもらえるなんて思わなかったから」


 メルは、よほど嬉しかったのだろう。ビキニアーマーのコスプレを部屋着にしてしまうくらい。


「ふぅん、地球には水着コンテストなんてあるのね」


 オリヒメがメルから、地球の話を聞いている。実物の水着を着て美しさを競うだけでなく、ゲームの世界でも夏の定番イベントになっていることも含めて。その話を横で聞きながら、ミカが寂しそうな顔をしていた。


「ミカちゃんは、こっちで水着を着ればいいですわ」


 その様子に気付いて、ユッフィーが声をかける。ミカは偽神戦争マキナの「宿敵システム」にまつわるトラブルが元で、運営からBANされてしまっている。なので、マキナの水着コンには参加できないのだ。


「ありがとう、王女」

「せっかくですから、こちらでも水着コンを開催できたらいいですわね」


 すると、オリヒメが身を乗り出してきて興味を示した。


「面白そうな話ね。上手くいけば水着が氷都市の新たな特産品になるかもしれない…問題は、ドレスコードを盾にけしからんと言い出す人たちでしょうけど」


 オリヒメも流行を作り出す者として、勇者候補生制度を提案したイーノのように新しいことに挑戦する立場だ。反発を受けることには慣れていた。


「水着コンを開催する、大義名分ならありますの」

「何っすか、それ?」


 ゾーラが不思議そうな顔をすると、ユッフィーはモモのキャンパスを指差した。


「これですわ」

「これは…不思議な壁画ね」


 オリヒメもまた、遺跡のレリーフをじっと見つめるのだった。


「あれを見たのか?夢で間近に」


 異世界テレビフリズスキャルヴを利用して氷都市の各所を中継したビデオ会議で、紋章院にいるクワンダがユッフィーの話を聞いている。モモがレリーフのスケッチを映像の前に掲げると、オペレーターのアウロラがその映像を紋章院側にも見やすく投影してくれる。


「俺も単独で偵察に出たとき、巨像の背後にあるレリーフを遠くから見た。安全のために近寄りはしなかったがな」

「わらわをはじめ、バルハリアに長く定住する者は夢渡りで遺跡に入るのが難しい。夢の中でくらい、帰れぬ故郷や、もっと明るく楽しい世界の光景を見たいと思うのが普通じゃからな」


 クワンダの隣に、アリサがひょっこり顔を出す。アウロラが画面を調整して、紋章院の一室で訓練用ダンジョンの図面をにらんでいるリーフまで映るようにした。


「ユッフィーさんの夢渡りによる遠隔透視リモートビューイングがもっと意図的にコントロール可能なら、遺跡の探索がかなりはかどりますね」

「夢渡りで遺跡に入れたのは、勇者の落日のときと今回の二回だけですの。どうすればそうなるかは、正直わたくしにも分かりませんわ」


 リーフとユッフィーの会話を聞いて、画面にアウロラの顔が映る。オーロラを模したヴェールで素顔を隠した、女神アウロラを象徴するアイコンだ。


「ユッフィーさんは、夢魔法を学ばれてはいかがでしょうか?私の使う夢召喚もその一種で、氷都市に協力してくれている『夢渡りの民』が得意とする系統の術です」

「それを学べば、夢渡りで遺跡を自由に探索できるように…?」


 適性には個人差があり、確実にとは言えないとアウロラは付け加えるも。


「最前線にいる彼女から、先日難民を保護したとの連絡を受けました。道化に烙印を刻まれてしまった地球人の三人組も一緒だそうで、近いうちに彼らを連れて氷都市へ戻るそうです」

「ありがとうございますの。ぜひ、その方にお会いしてみたいですわ」


 新たな魔法系統の存在を知り、ユッフィーが好奇心で瞳を輝かせる。他のメンバーとの兼ね合いで、RPGで言うなら盗賊シーフ野伏レンジャーのような迷宮案内人ダンジョンガイドという役割を選んだ彼女だが。偽神戦争マキナでのクラスは魔法使いであり、中の人イーノも魔法系のクラスを好むプレイヤーだった。


「そんなところにも地球人が夢渡りしてるのね…」


 ミカはけげんそうな顔をして、夢の中でまで戦争を求めるなんて、どんな戦争バカだろうかと首をかしげた。


「その地球人さぁんたちには、きっとミキちゃんが力になれると思いますぅ」


 エルルがアウロラに進言する。ミキははじまりの地で道化に烙印を刻まれて、一時ショックで記憶を失っていたことがあるという。そこから立ち直った彼女なら確かに頼りになるだろうと、アウロラはうなずいた。


「ミキは今、ミハイルさんとレッスン中ですので。あとで私から伝えましょう」


 話が本題に戻る。ユッフィーが夢渡りで見た、夏のレリーフの意味について一同があれこれと意見を交わしている。


「その扉を開かない限り、遺跡の深部への道は開けそうにありませんね」


 遺跡の深部で、道化から壊滅寸前の探索隊を逃がすため、犠牲となった猛将レオニダスと最愛の姉ベルフラウ。彼らの救出を誓うリーフが悔しそうな顔をする。


「アウロラ様と、乙女たちの水浴びのレリーフ。やはり、扉を開くための儀式に関わりがあるように思えますわ」

「ユッフィーは、その儀式として水着コンの開催を企んでるわけね?」


 オリヒメが少し楽しそうに、冗談めかしてユッフィーにたずねる。一緒に暮らしているゾーラの影響だろうか。


「ええ、まあ」

「儀式を執り行い、私の加護を今以上に高められれば。神格の成長に伴って私のフリズスキャルヴに対する『ユーザー権限』もランクが上がり。その扉を開くことも可能になるかもしれません」


 アウロラが一同に説明する。神は人々から祈りや信仰を受ける…もっと砕けた言い方をするなら、アイドルがファンから声援をもらうような形で精神的なエネルギーを受け取っている。それが人々に授ける加護の元手になっていること。地球でも世界各地に残っている伝統的なお祭りは、加護の力を高める魔術儀式としての側面があること。

 異世界テレビフリズスキャルヴの本体はローゼンブルク遺跡の最深部にあり、氷都市からの遠隔操作で利用しているのはそのごく一部であること。そして、フリズスキャルヴは遺跡の管理システムも兼ねていること。


「なるほど。そう言う事情なら、水着コンテスト開催の大義名分は立つだろう」


 不意に、落ち着いた女性の声が聞こえた。地球人たちが誰だろうと思っていると、大人の魅力を醸し出すクールな女性の顔が中継映像に加わる。


「勇者候補生の諸君、お初にお目にかかる。氷都市の二代目市長で、オティス商会CEOのリリアナ・ダルクラッドだ」

「イーノファミリーのユッフィー・ヨルムンドですわ。お目にかかれて光栄ですの」


 ユッフィーがスカートの裾をつまみ、軽く持ち上げて片膝を曲げながら深く一礼する。カーテシーと呼ばれるヨーロッパ女性の伝統的なあいさつだ。

 ビキニアーマー姿のメルが少々あわてる。ミカとモモも軽く会釈をするが、突然の市長来訪にあぜんとした様子だ。


「ああ、そのままで構わないよ」


 リリアナは微笑み、メルにも楽にするように促す。メルはほっと胸をなでおろした。オリヒメはくすくす笑っている。ゾーラの口元もニヤニヤしていた。

 どこの外資系企業のキャリアウーマンかと、ミカが内心密かに思う。


「勇者候補生制度の導入が決まった頃から、私は祖父オティスから正式に市長とCEOの座を引き継いだよ。祖父は対庭師ガーデナーの前線で戦う百万の勇者たちを支援するため、長い間氷都市を留守にしていてね。前からずっと、私が留守を務めていたのさ」

「先日の懇親会のあと、私がリリアナに連絡をとったの。水着が氷都市の新たな特産品になれば、平和になった『はじまりの地』向けに売れるんじゃないかって。それで会議のログを読んでもらっていたのよ」


 オリヒメが地球人たちに説明する。商機があればすぐ駆けつけるリリアナの目敏さに、一同は伝説の冒険商人オティスの血脈を感じ取った。


「氷都市で水着コンテストを開くだけで、遺跡内の『夏のレリーフ』の扉を開くのに必要な力が集まるかどうかは、私にも分からない。でもやってみる価値はあると思う。新商品のお披露目イベントとしてもね」

「はい!よろしくお願いしますの」


 ユッフィーがミカに微笑む。マキナでは追放の憂き目にあったが、こんな形で居場所が見つかるなんて。事情を知っているメルやモモ、そして生まれた世界は違えども光翼族の同胞として接してくれるエルル。ファミリーの皆に囲まれ、ミカは安住の地を得たような心地良さに包まれていた。


 女神アウロラの力を高め、遺跡の封印された扉を開く儀式を名目として。リリアナの後押しにより、氷都市での水着コンテストの開催が決定された。会場の確保やイベントの告知などは、オティス商会がバックアップしてくれる。

 肝心の水着は、オリヒメをはじめとするアラクネ族の職人たちの腕の見せ場だ。イーノファミリーのみんなにも、それぞれオリヒメが水着を仕立ててくれることになった。お金はしっかりいただくが。


「ミキちゃんにも、後で知らせましょお!」


 多忙なリリアナが、一同にあいさつして通信を終えた後。エルルは可愛い後輩の水着姿を想像し、ガッツポーズを決める。そして残っているアリサに視線を向ける。


「アリサ様もぉ、水着コン出ませんかぁ?」

「いや、わらわは遠慮しておくかの」


 ここは若い者に道を譲る、自分に洋装が似合うとは思えない、サラシにふんどし姿は水着とは呼ばぬじゃろう…などを理由に、アリサは出場を遠慮することにした。


「アリサ様だって、見た目はお若いじゃないですか」


 リーフに言われて、アリサは嬉しいような恥ずかしいような顔をしていた。


「ゾーラにはきっと、活発な感じの水着が似合うわね」

「へへ、ヒメの水着姿も楽しみっす」


 ビデオ会議を終えて、女子だけになったファミリーの部屋で。さっそく水着の採寸を済ませたり、オリヒメがひとりひとりの水着の要望を聞き出し、モモがデザイン画にまとめていく。

 地球では初夏。季節を失った大いなる冬の世界バルハリアに、ほんの少しだけ夏の太陽が差し込んだようなひとときだった。

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