第57話 良くも悪くもRPG

「今日は何月何日だ…もう分からねぇぞ」

「私も曜日の感覚が無くなってきました…」


 道化に烙印を刻まれ、地球に帰れなくなってから何日経ったのか。M Pミリタリー・パレード社の中核メンバー、ビッグとポンタとジュウゾウは、さほど長くないはずの時間が何週間にも引き伸ばされたような感覚に悩まされていた。


「そろそろ水着コンテストの時期だろうが…ただの季節系イベントなら残りの社員でテンプレのコピペでもできるだろう。問題は、俺がいないと戦争系イベントに支障が出ることだ」


 ジュウゾウが運営の心配をする。MP社のP B Wプレイバイウェブで数ヶ月に一度開催される戦争イベントは、同社の無理無茶無謀の最たるものだ。なにしろ、テーブルトークRPGのオンラインセッションを数百人のプレイヤー相手にわずか数名で回すようなもので。30分1ターンでキャラクターの行動文章を提出させ、運営側の処理時間60分で結果小説にまとめて発表し。それにほぼ一日中付き合わされるのだから、とある飲食店のワンオペもびっくりだ。社長の懐刀であるジュウゾウの、それこそマシンガンのような執筆速度無しでは成り立たない。


 だから、同じような商業PBWを運営している競合他社も誰一人として真似をしていない。運営のペースが早すぎて付いていけなかったり、都合が合わなくて参加できないプレイヤーも少なくない。それでいてストーリー上の重要な出来事を扱うのだから、参加費が無料であっても不満の声は大きかった。イーノが、もうこんな時間泥棒には付き合うまいと決めて無視しているぐらいだ。


 例によって戦争中のみ、早いもの勝ちで自分のキャラクターが戦う様子を発注できるイラスト限定商品も売り出されるが。裏戦争と呼ばれるほど発注枠の奪い合いが激しく、同じ絵に描かれるキャラクターが誰なのかも納品まで明かされない。戦争イベントの運営がハードな分、徹底的に運営が楽をして、プレイヤーから搾取するためにあるような仕組みだった。


「…う〜ん、よく分からないけど大変そう」


 ビッグたちの話を聞いて、レティスが難しそうな顔をしている。パンはのんびりが一番と、無邪気に笑った。


「我々はそれを十五年、続けてきましたから」

「なんて人生の無駄遣いだ」


 クロノが呆れたような顔をすると、ビッグが険悪な表情でお前に何が分かると怒鳴り返す。


「地球のオンラインゲームなら、知ってるさ」

「えっ?」


 マリスが驚いたような顔をして、クロノをのぞき込む。


「夢渡りか」

「そうだ」


 三人の中では冷静なジュウゾウが、以前クロノが地球でアコギな商売をするお前らに罰を与えると言っていたことを思い出す。


「お前が俺たちをどう思おうと構わん。好きでやってるんだからな」


 マリスはその悪びれない態度に、反乱を起こした悪魔ダイモンの暴走事件を理由として、仲間であるダイモニオンを追放したかつての百万の勇者ミリオンズブレイブたちの姿を思い浮かべた。けれど彼らも、レティスにとっては仲間に違いない。良識派であるレティスに免じて、その気持ちを口に出すのは抑えていた。


「ボクも今、ここでキミたちを責めるつもりはないよ。でも、パートナーの失われた記憶は知りたい。地球で何をしていたのか、聞いてもいいかな?」

「ああ」


 おぼろげな記憶を手繰り寄せるように、クロノが語り出す。自分はおそらく地球人で、RPGが好きだったこと。かつて日本で黄金時代と呼ばれた頃の、有名ソフトメーカーの国民的RPGに関する記憶があること。伝説的な名作を作り上げたスタッフが会社を去り、今は有名タイトルの続編か関連作ばかりで、新規のRPGがほとんど出ない時代になってしまったこと。ソシャゲのガチャで射幸心を煽って荒稼ぎしようとする輩がゲーム業界に跋扈し、粗製乱造の多さにRPGの衰退を嘆いていたこと。


「RPGに対して、並並ならぬ思い入れがあるようですね」

「でも、どうしてオレらなんだよ。他にデカいワルはいるだろう」


 ポンタがクロノの境遇に少しの共感を示すと、ビッグが当然とも言える疑問を口にする。


「…分からない。地球から夢渡りで飛んできたお前らを見かけた途端、オレは衝動的に動いていた」

「俺たちの関係者か?」

「誰かに恨まれる覚悟無しに、オンラインゲームの運営なんか務まるかよ」


 ジュウゾウが自社PBWのプレイヤーの誰かではと勘繰ると、ビッグは心当たりが多すぎると首を振った。


「とにかく、氷都市に行けばなんとかなるよ。あそこには、道化に刻まれた烙印をレティスちゃんやみんなとの友情パワーで克服した、ミキちゃんがいるんだから!」


 MP社の三人がレティスを見る。パンが嬉しそうにはしゃいだ。


「レティスちゃんはすごい!おともだちのミキちゃんもすごいの!!」

「こぼれたミルクは、また注げばいいんだから。踏まれた花は、また植えればいいんだよ」


 過去にどんな過ちを犯していても、人は変わることができる。道化の企みで多元宇宙に災いの種カラミティシードが拡散してしまった後、真に勇者として覚醒した仲間たちをレティスは想った。


「お前…」


 レティスの言葉が、クロノの失われた記憶をひとつ呼び覚ました。


「オレがビッグたちに抱いていたのは、殺意じゃない」


 ビッグが意外そうな顔をして、クロノを見ている。


「バカなことをやってしまった友人を叱るような、そんな気持ちだった」


 多元宇宙の異世界間を結ぶ光の高速道路のような、オーロラの道。SF風に言えばワープ航路とも呼べるその道の、休 憩 所パーキングエリアにも例えられる場所で。マリスが庭師ガーデナーの追跡をかわすため夢魔法で設置した即席の隠れ家に、久しぶりの穏やかな沈黙が訪れていた。


◇◆◇


 イーノファミリーの五人がリーフに呼ばれて、紋章院の受付カウンターに立っている。ユッフィーが受付のタブレットに手をかざすと、ピッとICカードを読み込んだような音がして処理が終了した。その手には氷都市民の身分証であり、財布代わりの紋章が光っている。


「先日の探索でスケッチを持ち帰った、紋章の鑑定結果と報酬です。お金は少ないですが、紋章図鑑とスタンプカードに、『初めて遺跡から紋章を持ち帰った』の実績も埋まりました。冒険者ランクも上がっていますよ」


 エルルが自分たちのタブレット端末の画面を見ると、イーノファミリーの各メンバーの冒険者ランクが10から11に上昇していた。続いてファミリーの口座残高と、図鑑やスタンプ帳、実績一覧に目を通す。それらはゲームソフトのRPGのメニュー画面を模した作りになっていた。

 これらはイーノの提案によるものだ。彼はいまどきのゲームソフトやソシャゲにおける図鑑やスタンプカード、実績系のシステムが持つ効果を十分に理解して。勇者候補生たちの効率的な育成に活用していた。実際ダラダラと訓練を続けるのではなく、段階的に目標を設けて、それを次々とクリアしていく方が小気味良いし、自分がどこまで成長できたかがすぐ分かる。

 学習や教育、人材育成などの分野でも用いられている「ゲーミフィケーション」だ。イーノが本物の異世界をゲーム風に演出し、地球人たちに楽しんでもらいながら遺跡探索を進めてもらおうとするのも、その一例と言っていい。

 ちなみにMP社のPBWでは、こうした実績系のシステムは導入されていなかった。おそらく、対応する余力が無いのだろう。


「みなさぁん、やりましたねぇ!」

「ホントにRPGっぽいね!」

「最近の異世界モノ小説は、異世界と言いつつほとんどゲームの世界に入り込んで冒険してますから。本物の異世界に地球人を招くなら、その流行に配慮した方が不便なく楽しんでもらえるでしょう」


 メルのワクワクするような表情に、ユッフィーは自らの施策の効果を確認する。


「オリヒメさんに依頼した水着の代金、リーフさんの発明のおかげで分割にしてもらえた装備の支払いに、次の紋章石のレンタル費。こっちでの生活費も最初の支給分は無くなっちゃったし…お金がねぇ」

「また稼げばいいの」

「じゃあ、また一肌脱ごうかしら」


 メルがお金の心配をしていると、モモとミカがアルバイトへの意欲を示す。


「それなんですけど、モモさんにオススメのバイトがあります。ミカさんには、オリヒメさんから水着モデルの依頼が来てますよ」

「えっ、なになに?」

「ミカちゃあん、すごいですぅ!」

 

 エルルがミカに、羨望のまなざしを向ける。モモは、可愛いなと思っている見た目が年下の青年からの誘いに上機嫌だ。

 リーフの言うバイトの内容が気になり、一同は彼の案内で現場へ向かった。


「あれ、もう着いたの?」

「ええ。紋章院でもやってますから」


 モモが不思議そうな顔をする。そこは、紋章院の建物内にあるネイルサロンのような場所だった。実際に、手や足の爪に何か描いてもらっている人がいる。氷都市民が手の甲に描いてもらっているのとは違うデザインの紋章だ。


「紋章サロン…エトワール?」


 ミカが店の看板を読み上げる。それで、ユッフィーはどんな店かを理解できた。


「守護紋章を描いてもらうお店ですわね。紋章は何種類か役割の違うものがあると、存じております」

「ええ、今回の水着コンのもう一つの主役と注目されています」


 リーフの説明で、モモも合点がいく。


「お肌を飾るものだし、紋章術の修行にもなる。なるほどなの」

女神の加護オーロラヴェールがRPGで言うHPなら、守護紋章は防具ですわね。それでいて、ファッションの自由は損なわない。素晴らしいですの」


 最近のRPGでは、ごく一部を除けば大抵のものに見た目とは全くちぐはぐな高性能防具が存在する。メルのビキニアーマーなどがそうだ。その性能を本物の異世界で再現できなければ、地球人たちのモチベーションにも影響するだろう。なりきりの重要性を知るユッフィーは、異世界の高度な魔法技術に深く感謝していた。


「単に防御障壁バリアを発生させるだけでなく、紋章の種類によって実に様々な効果を持ちます。またタトゥーと違って肌を傷つけず、ボディペイントと違い水などに濡れても落ちません。身体に投影するプロジェクションマッピングのようなものですから」


 その特性ゆえ、一度描いてもらった守護紋章を手の甲の紋章に記憶させ、状況に応じて付け替えることもできると、リーフは教えてくれた。ただし個人の身体に合わせなければならないので、受け渡しはできない。


「仲間に渡せない以外は、RPGの防具とほぼ同じなんだね。お金を貯めたら!」


 やっぱり、新しい装備の買い物はRPGの大きな楽しみ。メルはユッフィーとも相談しながら、他の人の紋章を興味深そうに眺めるのだった。


「説明を聞いたら、あとは実践あるのみなの」

「まずは肩慣らしに、簡単なものから行きましょうか」


 中の人プレイヤーがイラストレーター兼漫画家なモモが、リーフの指導で守護紋章を描くのに挑戦する。はじめは練習として、氷都市民の紋章を宿しているのとは逆側の、左手の甲に描くと決めて。紋章術用の毛先が淡く光る筆を手に取った。


「モモさん、好きなものを描いていいですよ。色と形で、大体の効果が決まります」

「ふむふむ、それなら…」


 パレットから星霊石を砕いて作った絵の具を筆に取り、手の甲に色をのせる。


「わ、光の三原色なのね。絵の具が混ざるほど白に近く…」


 モモが手肌に筆を走らせる。絵を描く感覚は実物の絵の具なのに、色を塗る感覚はCGに近い。それを考慮して細部を描き、色彩の濃淡を表現していくと。彼女の手には、見るからに美味しそうなピンクの桃が描かれていた。


「良いですね!星霊力を貯めておける容量が増えました」

「モモは最大M Pマジックパワーがあがった!なの♪」


 冗談めかして、モモが上機嫌で手の甲を一同に見せる。淡く光る桃の紋章は、どこか仙人が食べるという不老長寿の仙桃を連想させた。


「あら、イーノファミリーのみんなじゃない。紋章サロンでアルバイトかしら?」


 そのとき偶然、奥の仕切りから出てきたオリヒメが出てくる。ミキも一緒だった。


「ミキちゃあん!」

「エルル先輩、わたしもオリヒメさんに水着の採寸をしてもらいました。今はクワンダファミリーからの依頼で、訓練の準備をしてもらってたところです」


 サロンの奥は、背中に紋章を描いてもらうためのブースだ。モモは好奇心からと、勉強のためにもオリヒメに声をかける。


「オリヒメさんも、何か紋章を?」

「ええ。私が仮想敵アグレッサーとして糸繰り人形でアニメイテッドを再現するために、星獣スタースパイダーの紋章を。手足の器用さや敏捷性を高めるわ」


 オリヒメが一同に背中を向ける。背中の大きく開いた衣装を着こなした彼女の、白磁のような滑らかな肌に息を飲むミカ。


「デザイナーだけじゃなく、モデルとしても一流ね」

「女神様にほめてもらえるなら光栄だわ」


 美の世界を知る者同士が微笑みを交わす。オリヒメは、アバターボディの乗り手としてミカを女神と呼んだのだろう。モデルを頼んだのもそのためだろうか。


 そこに描かれていたのは、黒い宝石のような輝きを放つ蜘蛛だった。八本の細い足が繊細な仕事で描かれていて、身体に浮かぶ斑点は漆黒の宇宙に浮かぶ星々のようだった。不気味さよりも美術品としての存在感が大きく勝る、そんな幻想的な紋章だ。

 地球にも、素肌に描くアートとしてボディジュエリーというものがある。スマホのデコレーションを身体に描くようなもので、より細かい宝石やラメパウダーを使う。カラフルな砂絵のような外見はかなり近いが、紋章サロンで描いた星獣と違ってさすがに点滅したりアニメーションしたりはしない。


「星獣ですの?」


 ふと、興味をおぼえたユッフィーがオリヒメにたずねる。RPG的な思考に染まったRPG脳で考えると、星獣とは召喚獣のようなものか、あるいは一緒に戦ってくれる動物型の相棒か。


「地上に降りてきた星座のことよ」

「えっ!?」

「オリヒメさんは、詩人ですね」


 オリヒメのつかみどころの無い説明に、ユッフィーが不思議そうな顔をすると。星獣の学術的な定義を知っているリーフが、言い得て妙だと感嘆の念を表す。


「夜空に輝く星々をつなげて、様々な形を描いたもの。星座という概念は、地球にもありますね?」

「ええ」


 どんな異世界でも、夜空に星があって人間のような知的生命がいるなら、星座という概念は発生しうる。中の人が地球人のユッフィーにも、それは理解できることだ。


「そしてこの世界、バルハリアでは。星の世界から降り注ぐエネルギーが『星霊力』と総称されて、人々の暮らしに役立てられています。それは紋章術の力の源であり、同時に魔法道具を動かす電気のようなものです」


 十分に発達した科学は、魔法と区別が付かない。地球製の電化製品も、氷都市の人々から見ればマジックアイテムと変わらないだろう。


「さらに。星霊力が高濃度・高密度に凝縮されたプラズマのような環境では、そこから一種のエネルギー生命体が生まれると言われています。まるで、神話の幻獣のような姿形を持った存在。それが星獣です」

「星からの光は、地上を照らすだけで消えてしまうものではなくてね。地下にまで染み込んでいって、そこで宝石みたいに固まるの。それが星霊石。石を砕いて絵の具の材料にすれば、星獣の姿を描くことでその力を再現することができるの」


 壮大なスケールの話に、地球人たちが息を飲む。科学と魔法の融合、そんな言葉すら浮かんでくる。


「いいな、それ。ぼくもそんな絵を描いてみたい。ぼくもリーフくんに、背中に何か星獣を描いて欲しいの」


 モモがニコニコしながら、チャイナドレスをその場で脱ごうとする。リーフはあわてて、顔を真っ赤にした。


「ちょ、モモさん!?」

「ふふっ、冗談なの」


 もうすっかり、定番のやりとりだ。そこへ、奥から他の店員が出てきて、リーフに何か話しかける。


「え、切らしてしまった色がある?それは困りましたね」


 水着コンの開催も近くなり、紋章サロンはどこも繁盛していた。それだけに接客要員も数が足りず、気付けば店の前に行列ができていた。


「みなさんも、お手伝いお願いしていいですか?確かミカさんはオリヒメさんから、モデルの依頼を受けていましたね。それ以外の方でなんとか」

「じゃあ、わたしぃは受付やりますねぇ」

「わたしは行列対応の方へ。何か大道芸でもやりましょうか」

 

 エルルとミキがそれぞれ、各自の持ち場についていく。


「ぼくもお絵描き、がんばるの。ユッフィーとメルは?」

「わたくしたちは、切らしてしまった色の星霊石を取りに採石場へ。メルちゃん、一緒にドワーフの本領発揮といきましょう」

「うん!」


 ユッフィーの提案に、メルも元気良くうなずく。モモは絵筆を手に気合いを入れた。店員が切らした色のリストをユッフィーに渡す。


「私たちは、オリヒメさんのスタジオへ。王女、途中までは一緒に行きましょう」


 ミカがオリヒメと顔を見合わせる。オリヒメも小さくうなずき、四人は紋章院を後にした。

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