第54話 オリヒメとゾーラ

「ギリシャ神話にはぁ、たくさんの変身物語がありますねぇ?」


 白夜の馴鹿亭。酒場の丸テーブルを囲んで、エルルが小さな竪琴をかき鳴らす。

 待ち合わせの相手を待つ間、ユッフィー・メル・ミカ・モモの四人は、エルルの語る古の伝承に耳を傾けていた。ミキも同席しており、傍目はためには女子会の雰囲気だ。話題が風変わりだが。


「神が色々なものに姿を変えたり、人が神の怒りに触れて呪いで姿を変えられたり。あるいは、自分を追ってくる男から逃れるため花に姿を変えた女性とか…いたわね」


 美の探求者、ミカが神話のエピソードに想いを馳せる。自分たちの使っているアバターボディもまた、変身物語の世界を現実にする古の遺産だ。


「RPGにも、そうやって生まれた怪物たちが良く出てくるよね」


 詳しい話は知らないけれど、RPGの知識で良ければとメルが答える。


「はいはい!漫画の話で良かったら、ハーピーとかマーメイドとかケンタウロスとかの『モンスター娘』なんかも定番になってきたよね」


 地球での本職が「えっちな漫画家」だというモモも、メルが答えたのならと元気良く手を挙げた。


「地球のみなさん…RPGが好きな方って、吟遊詩人並みに神話や伝承に詳しくて。いろんな種族に愛着を持ってるんですね」


 地球人たちの反応に、興味津々のミキ。


「ええ、ミキ様。生まれた時代や世界、そして種族は違えども。こうして氷都市に人が集まり、この世界に季節を取り戻すというひとつの目的のため力を合わせられるのは、素晴らしいことだと思いますの。そこに、勇者候補生も予備役の冒険者も関係ありませんわ」


 これから、エルルとミキが二人の予備役冒険者を紹介してくれる。そう聞いてユッフィーは、所属や出自に関係なく、分け隔てなく親交を深めていこうとの意志を改めてハッキリと宣言していた。


 一人一人のコメントに、静かに耳を傾けた後。エルルが再び語り出す。


「今夜みなさぁんにご紹介するのはぁ、その神話の生き証人。他の種族には無い特技を活かしてぇ、氷都市では調達困難な物資の確保にも多大な貢献をして下さってるお二方ですぅ。どうぞぉ!」


 エルルが竪琴ライアーを奏でると、ミキが物陰の二人に合図を出す。出てきたのは、漆黒の髪を目元が隠れる姫カットに整えて黒い和風ワンピースで着飾った上品な女性と。対照的にタンクトップにつなぎ姿で、フード付きのパーカーで頭と顔を隠した活発な感じの女性だった。豊かな胸元には、動物の牙の首飾りが光っている。


「アラクネ族のオリヒメよ。よろしくね」

「オレっちはゴルゴン族のゾーラ。言っとくけど、青カビのチーズじゃないっすよ?」

「よく、ゴルゴンゾーラチーズをご存知ですのね」

「まあ、異世界テレビフリズスキャルヴさまさまっすよ」


 ノリのいいゾーラに、ユッフィーが驚く。ゴルゴンということは…フードの下は想像がつくが、いきなり驚かさないように配慮してくれているのだろうか。気さくな性格といい、あの種族の一般的なイメージとは大幅に異なる。

 ユッフィーたち地球人も、それぞれふたりに軽く自己紹介を済ませた。


「そうっすね。詳しい自己紹介は、ヒメからお願いしていいっすか?オレっちはアクが強いから、あとからの方が良さそうだし」

「ええ、それじゃあ私から」


 ゾーラに促されて、オリヒメが話し始める。目は前髪で隠れているが、明らかに視線は地球人たちの方に向いていた。


「私の仕事は、地球で言うとファッションデザイナーみたいなことをしているの。氷都市の冒険者って、女神様の加護のおかげで鎧を着る必要が無いでしょう?それでね、彼らのための衣装も手がけているのよ。ミキみたいな舞姫の衣装もね」


 今日、ミキはオリヒメが作った舞姫の衣装で来ていた。その場でくるりと回って、彼女の作品のモデルを演じて見せる。氷都市において巫女は地位のある職業なだけに、当然ドレスコード的にも問題無い。


「素晴らしい衣装ね。ひとつ、聞いてもいいかしら」


 ミカがオリヒメの力量を賞賛しながら、気になったことを質問している。


「ええ、もちろん。企業秘密以外なら喜んでお話しするわ」

「この衣装の素材って、何かしら。食料品みたいに、近場の安全な異世界から調達するにしても大変そうよね」


 その質問を聞いて、オリヒメが少し誇らしげに答える。


「氷都市特産、アラクネの糸よ」

「えっ?」

「まあ」


 ミカとユッフィーが、顔を見合わせて驚いている。モンスター娘に興味のあるモモは、お尻から蜘蛛の糸を出すオリヒメの姿を想像していたが。さすがに口に出すのは止めていた。


「具体的な加工法は秘密だけど、氷都市の特産品として高値で取引されて。そのお金で安価な日用品の衣服を輸入できるくらいには、重宝されているわ」


 氷都市の経済は、都市そのものを創建したオティス商会が仕切っている。氷都市から輸出できる数少ない特産品の生産者として、アラクネ族は手厚い保護を受けているらしい。

 神話での、女神アテナに織物勝負を挑んで怒りを買い、呪いで蜘蛛に変えられたエピソードからは想像もつかない現状だ。


「私たちのご先祖様は、ゾーラと同じく『オケアヌス』と呼ばれるギリシャ神話風の世界で魔物として迫害されていたわ。それをアウロラ様が哀れに思い、難民として受け入れて下さったの」


 エルルが微笑んでいる。彼女もまた、女神アウロラに助けられた難民の一人だ。


「えっと…失礼だったらごめんね?」

「何かしら?」

 

 メルが素朴な疑問を口にする。


「地球のR P Gロールプレイングゲームとか、ファンタジー系の創作物だとね。アラクネって、蜘蛛の下半身を持つ女の子モンスターとして扱われることが多いけど。氷都市のアラクネ族って、実際どんな種族なの?」

「大丈夫。いい質問だわ」


 オリヒメは機嫌を損ねた様子もなく、座っていた席から立ち上がって一同に背中を向けた。


「普段はこんな風にしてるの」


 オリヒメの身体は、正面から見ると人間と変わりない。普通に手と足が二本ずつある。しかし、尻尾のある種族でいうとまさに尻尾の位置に…人間の身体に比べると小さめな蜘蛛の下半身が、尻尾のように生えていた。よくある蜂人間のモンスター娘のお尻みたいだ。


「なんだか可愛いね!蜘蛛柄のワンピースとも似合うし、ハロウィンの仮装みたい」

「ふふっ、ありがとね」


 ファッションセンスに自信の無いメルにも、その姿はキュートに映ったようだ。


「普段は、と言いますと。アバターボディのように変身できるのでしょうか?」

「ええ。本当の姿は神話のような蜘蛛女だけど、それだと私たち自身が着れない服が多くて、おしゃれできないでしょ?」

「言われてみれば、そうですわね」

「アバターボディの研究から開発された変身術を使って、日常生活に不便が無い姿に変えてるの」


 ユッフィーが、アバターボディ技術の応用例を知って興味深そうにうなずいた。


「質問は以上かしら?今度は私から地球のみんなに聞きたいんだけど」

「なんでもどうぞですの」

「地球のサブカルチャーの…コスプレっていうの、今度見せてもらえないかしら。特にあなたの」


 オリヒメが指差したのは、メルだった。


「えっ、あたし?」

「そう。あのビキニアーマーっていうの、なかなか面白いと思ってね。ミキから遺跡探索のお話、聞いたわよ」

「オリヒメさん…あれがお気に入りなんですか?」


 話をしたミキも、あぜんとしている。


「あれは、水着のデザインを鎧に応用したもので。海外ではメタルビキニっていいます。日本で生まれたものではないので、わたくしも不思議に思っておりました」

「ふぅん、そうなの」


 ユッフィーの説明に聞き入るオリヒメ。前髪で見えないが、彼女の瞳は新たなモチーフへの創作意欲で輝いているような雰囲気さえあった。


「街中ではドレスコードがありますけど、わたくしたちの家の中でしたら」

「いいですねぇ、今度オリヒメさんをお招きしましょお!ゾーラさぁんも来ますかぁ?」

「エルルんが引っ越してから、ファミリーの新居に行くのは初めてだな。じゃあオレっちもお邪魔しますか!」


 そこへ、来店前に予約していた料理が運ばれてくる。雑談で打ち解けた一同はいつものようにエルルの音頭で乾杯し、しばし談笑と美味しい料理を楽しんだ。


「おっと、オレっちの話がまだだったな」


 乾杯の前に、さりげなくフードを下ろしていたゾーラ。地球人たちの予想とは異なり、彼女の髪は赤毛のドレッドヘアだった。そしてゾーラの両目は、SFっぽいデザインのバイザーで覆われていた。


「とあるアメコミヒーローみたいで、ちょっとカッコいいの」

「そうっすか?美人さんにほめてもらえて、うれしいっす!」


 モモに言われて、ゾーラが調子良くリアクションを返す。


「目元を隠してるのは、石化の邪眼を抑えるためね。気を使ってくれてありがとう」

「ヒーローの設定と同じですの」


 ミカとユッフィーに指摘されて、ゾーラが更に機嫌を良くする。そして急に笛を取り出してピーヒャラ吹き鳴らすと、彼女のドレッドヘアが突然赤い蛇に変化しクネクネ踊り始めた。


「ひとり蛇使いっすよ!」


 思わず、地球人たちから驚きと笑いが同時に漏れる。メルは危うく飲み物を噴き出しそうになった。会心のガッツポーズを決めるゾーラ。


「まあ、普段はヒメと同じ理由で。蛇の髪じゃおしゃれできないっすから、変身術で普通の髪にしてるっすよ」


 ゾーラが髪を戻す。オリヒメもこの愉快な相棒に、口元に笑みを浮かべていた。


「ほんと、ゾーラと一緒だと退屈しないわ。あなたがパートナーで良かった」

「ヒメは可愛い可愛い、オレっちのお嫁さんっすよ!」

「ええっ!?」


 地球人たちが皆、一様に驚きの表情を浮かべる。


「アウロラ様から、氷都市では多夫多妻も許されると聞きましたけど。お二人は同性婚カップルでしたのね。何とも先進的なお国柄ですの」


 ユッフィーが、なるほどと感心していると。


「いやいや、エルルんを含めたイーノファミリーのみんなも。女の子五人の同性婚カップルみたいなものっすよ?」


 ゾーラの唐突な発言に、今度は地球人たちがきょとんと顔を見合わせる。エルルだけは、照れるようなしぐさを見せながらキャッキャとはしゃいでいた。


「氷都市での、税制上の優遇措置ではね」

「なるほどですの」


 オリヒメが補足説明を加えると、地球人たちも合点のいった顔に変わる。


 冒険者の多い街、氷都市では。結党届を出した冒険者のファミリーを本当に法律上の家族と同等に扱い、優遇することで組織化を促している。それこそが遺跡の探索を有利にし、市民の悲願であるバルハリアの復興を早めるからだ。

 また、冒険者以外でもできる婚姻のようなものにパートナー制度があり。こちらも相手が異性か同性かを問わず、力を合わせて大いなる冬を乗り越えようという趣旨のものだった。あとからパートナーを増やすことも、積極的に推奨している。


「氷都市の制度、ぼくは気に入ったの。家族って、あったかいし」

「あら、私も王女のお嫁さん?」

「ふふっ、もう寂しくないですわね」


 その場のノリで、モモとミカとユッフィーが三人で輪になって抱き合った。


「えっと、ちょっと、何が何だか…」

「いままでどおり、お友達感覚でもいいんですよぉ?」


 メルだけは、アバターボディを動かしているプレイヤー自身の、現代地球の日本人としての一夫一妻制の常識に引きずられて困ったような顔をしている。そこへ助け舟を出すように、エルルが穏やかに微笑んだ。


「みなさん、仲が良いですね。特にエルル先輩はファミリーに入ってから、とても幸せそうです。これからも先輩のこと、お願いします」

「お任せくださいませ」


 ミキがイーノファミリーの面々に、改まってお辞儀をする。ユッフィーはエルルを片手で抱き寄せるようにして、もう片方の手でミキに親指を立てた。


「ミキっちもそんなに、石みたいに固苦しくなっちゃって。ミハイル先生との恋の駆け引きは、上手くいってるっすか?」

「えっ、それは…」


 イエスともノーとも決めかねる様子で、しどろもどろになるミキ。親身になって指導してくれるコーチへの憧れくらいは、あるのだろう。かといってそれが明確な恋心に育っているかどうかは、本人の胸の内次第だろう。

 ミハイルは地球で既婚者だが、氷都市で恋人を作るかどうかも含めて。


「ゾーラちゃん上手いっ!ゴルゴン族ならではのギャグっ!!」


 今度は、エルルがはやし立てる側に回る。ミキは顔を赤くしながらも苦笑いを浮かべた。女子会だからこその、肩の凝らないやりとりだろう。


「そうそう、オレっちの仕事は石工っす。建築材料の確保が困難な氷都市で、雪を固めて成形したブロックに石化光線を当てて。石自体を削るより簡単に、だいたいの形を作れるんっすよ。神殿に収めるアウロラ様の彫像とか、スケート場の整備とかもやってるっす」

「へぇ、そんな使い方があるんだ」


 メルが、メデューサの石化能力の意外な使い道を知って驚きに目を丸くする。


「うっかり石化を解除しちゃったり、しませんの?」

「そこは、解除防止の紋章を刻むんすよ」


 ユッフィーが聞く限り、氷都市で一般的に使われていて安全性も確保された技術のようだった。


「私もミキから、アラクネ族の糸繰りの技を応用して訓練用にアニメイテッドを再現して欲しいって相談された時は、驚いたわ。でも今までも、みんなでそれぞれの特技を活かして不便を乗り越えてきた。だったら、今度も同じよ」


 日本の漫画みたいに、糸繰り人形で戦う冒険者もありかもしれない。そう言うオリヒメは、冒険者としても十分有能そうだった。そして、場を和ませるユーモアと石工の仕事で鍛えた身体能力。永久保存の呪いに守られているアニメイテッドを直接石化させるのは無理だとしても、応用の効きそうな特殊能力を持つゾーラ。

 勇者候補生たちに、また頼もしい仲間が加わった。


 女子会はその後も和やかに続き、後日オリヒメとゾーラがエルルたちの新居でコスプレを見せてもらう約束をして、お開きとなった。

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