第31話 はじめての寝落ち

「エルルちゃん、なんだかほっとする寝顔ですね」

「もう、先輩ったら…」


 親睦会は、大盛況のうちにお開きとなった。


 なにしろ、周りで飲んでる客にも冒険者が多い。

 クワンダファミリーに新顔が増えたと聞いて、彼らも盛大に祝ってくれたのだ。 

 そしてエルルちゃんは…はめを外しすぎて。


「…すぅ♪」


 酔い潰れて、そのまま寝てしまった。

 なりゆきで私がおぶって、部屋まで送ることに。


「認証した人が、扉の紋章に手をかざせばいいんですよ」

「ええっ!?そんな、ハイテクな」


 先輩と後輩の間に、よほど強い信頼関係があるのか。

 エルルちゃんの部屋には出入り自由だという、ミキちゃんに扉を開けてもらって。そっと優しく、お部屋でベッドに寝かせてあげると。

 彼女は、安心しきった様子で寝息をたてる。


 あまり、まじまじと見てはいけないのだろうけど…つい癒されてしまって。


「それじゃ、私はこれで」


 私はただ、エルルちゃんを送りに来ただけ。

 招かれたわけでもない女性の部屋に、長居してはいけないと。足早に自分の部屋へ戻ろうとするも。


「イーノさん、ちょっと水臭いんじゃありませんか」


 なぜだか急に、呼び止められた。


「アウロラ様が、エルル先輩をイーノさんのお世話係にした理由が分かりました」

「…なんでしょうか?」


 私には、さっぱり見当がつかなくて。


「難民として、氷都市に逃れてきて…たった独りで暮らす彼女に。新しい『家族』をプレゼントしたかったんでしょうね」

「ええっ?」


 ずいぶん、話が飛躍しているような。


「いいですか、イーノさん。氷都市で、一緒に冒険する仲間ができるということは…結婚して、新しい家族が増えるに等しいことなんですよ」


 不意に、酒場でのことが思い出される。

 そういえばエルルちゃん、なんであんなに喜んでいたんだろう。


 確かに、RPGで新しい仲間が加わるのは嬉しいことだ。

 けれど、彼女の喜びようは。

 思い出せば…まるで披露宴での花嫁のようだった。


「…えっと、ミキさん。日本人の私にも分かるように、説明お願いできますか?」


 ましてや、私はADHD。

 普通の人が暗黙の了解と思ってる事でも、具体的に説明されなければ理解できないことがある。


 日本人がよく遊ぶ、冒険者ごっこ。RPGの世界では…

 仲間が増えることと、キャラクター同士が結婚するのは別のことだと伝える。


「他の世界から来られた方は、よくびっくりされるんですけど」


 ミキもバルハリア出身だが、十年以上「はじまりの地」と呼ばれる異世界を旅していて。いろいろなことがあったせいか、すっかり忘れていたらしい。


「わたしも今は『クワンダファミリー』の一員で。一家の大黒柱クワンダおじさま、肝っ玉母さんなアリサさんと一緒に、ひとつ屋根の下で暮らしてます。それから…」

「ついさっき、リーフさんもそこに加わりましたね」

「ええ」


 一致団結して強敵に立ち向かう冒険者たちが、家族としても暖かい絆で結ばれている。そこから、氷都市の冒険者たちのあり方がうかがえて。

 寒い世界だけど、人情は熱い。そんな表現が浮かんできた。


「イーノさんって、なかなか紳士的なところがありますから。きっと、アウロラ様のお眼鏡にもかなったんだと思います」


 そう言われても、なんだか実感がない。

 年齢=彼女いない歴の、冴えないおっさんなんだから。


不器用ADHDな私は、結婚なんて一生できない。今まで、そう思ってきました」


 でも何だか、勢いでこんな流れになってきたんだから。


「このままエルルちゃんと。くっついちゃった方がいいのかもしれません…でもね」


 私も、彼女のことは嫌いでないからこそ。きちんと手順は踏みたい。


「ほら、イーノさんって真面目なんだから」


 ミキちゃんは、微笑むと。

 改めてエルル先輩のこと、よろしくお願いしますとお辞儀をしてきた。


「はい。私なんかにも、守るべきものができた。なんだか変われそうな気がしま…」


 そのとき、唐突に。

 どこかで目覚まし時計の音が聞こえてきた。

 せっかく、大事な場面なのに…!


 それはとても遠くから、まるで駅のホームに滑り込んでくる電車のような轟音となって。頭の中をガンガン揺さぶってくる。


「すみませんミキさん、私も限界みたいです」

「イーノさん!?」


 その言葉を最後に。

 私の意識は、地球で眠る本来の身体に引き戻された。


 ああ、こんなタイミングで寝落ちなんて。

 




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