第30話 変わる迷宮、深まる絆

「結論から言おう」


 単身、危険なダンジョンへ斥候に赴いた後のごほうびだったのだろうか。

 トナカイ肉のステーキをすっかり平らげたクワンダは、開口一番そう告げて。


「今の旧都…ローゼンブルク遺跡は。『勇者の落日』以前とは、全くの別物だ」


 いったい、どういうことだろうか。


「もしかして。入るたびに地形の変わる迷宮ですか?」

「まあ、そんなところだ」


 私の推理はまるっきり、RPGそのものな発想だが。

 彼は淡々と答える。


「建物や石畳の様子は、以前と大差ない。だがそれらの組み合わせは、全く見覚えの無いものだった」

「やはり、迷宮化の呪いでしょうか…おじさま」


 何か知っているのか、ミキがクワンダの顔を見る。


「かつて、繁栄を誇った青薔薇の都ローゼンブルクが『大いなる冬フィンブルヴィンテル』に見舞われたとき…街全体が凍りつくと同時に。複雑怪奇な迷宮へと、その姿を変えたという」

「でも、勇者の落日以前は。みんな地図を手描きしていましたね」

「迷宮化しているとはいえ。入るたびに変化するようなことは無かったからな」


 それを聞いて、ひとつ私の頭に浮かんできたものがあった。


「招かれざる侵入者である道化に、遺跡の主がセキュリティを作動させたのかも」


 まるで、どこぞのローグライクゲームのような。


「あり得る話だな」

「じゃあ、レオニダス様とベルフラウちゃんが氷漬けになった場所へはぁ…」


 私とクワンダのやり取りを聞いて。エルルちゃんの表情にも、不安の色が浮かぶ。


「今、遺跡の深部へ向かうのは不可能だ。新たに出現した巨大な扉が行く手を塞いでいて。おまけに、アニメイテッド化した鋼鉄の巨像が門番に配置されてる」

「なんとも、厳重だね。ボスキャラに守られた扉…興味を引くけど」


 ミハイルも、思わず腕組みをして考え込む。


「ただ、悪いことだけじゃない」

「何でしょうか?それは」


 私が、首をかしげると。

 クワンダは、以前に夢で見たとき使っていたタブレットらしきものを取り出して。


「こいつは、お前ら『地球組』の腕試しにはちょうどいいだろう」


 画面には、遺跡内のスケッチが映し出されていた。

 大広間の奥に鎮座する、鋼の巨人と…その背後にそびえる重厚な扉。ただ大きいだけでなく、何らかのレリーフが施されているのがわかる。


「今回の偵察では、これが限度だ。明らかに何かありそうなレリーフをもっと調べるには、お前たちでこいつをどうにかしてくれ」


 バルハリアには、異世界テレビという地球の文明を超越したアイテムがあるのに。デジカメは無いらしい。


「それ、クワンダが描いたのかい?上手だね」


 ミハイルが、もの珍しそうに画面をのぞきこむと。


「スケッチは、氷都市の冒険者に必須のスキルだぞ。迷宮内の珍しい紋章や碑文を写して持ち帰れば、紋章院が買い取ってくれるからな」


 なお、贋作や捏造を見破るために。同じ対象物を何人もの冒険者にスケッチさせ、情報の裏付けを取っているらしい。


「これはまた意外な…ともかく、知り合いの絵師様に声をかけましょう」


 ところ変われば、冒険者の金策手段もまた変わる。

 私の脳裏に、個人的に付き合いのある漫画家の顔が浮かんだ。


 なにしろ、私がPBWのイラスト発注サービスを初めて利用してから…もう15年以上にもなる。

 運営を通さない個人間の取引も、何度か経験しているから。必要とあらば誘うのは簡単だ。


 けれど、他の問題がある。


「鉄巨人のアニメイテッド、駆け出しの冒険者には荷が重すぎませんか?」

「アバターボディは、古き神々の力を宿した遺産だ。それを戦闘に使うなら…単純なパワーだけは、並の冒険者を凌ぐぞ」


 ただし、慣れぬうちは力に振り回されるだろうがな。

 さすがはベテランか。クワンダは、そう注意することも忘れなかった。


「いにしえの神々が、お忍びで変身して遊ぶための人形だと聞きましたけど」

「とんでもない力を秘めているんだね、この身体」


 私は、思わずミハイルと顔を見合わせた。

 すると、そこへ。


「さあさあ、イーノさぁん!今日はぁ、わたしぃたちにとって記念すべきぃパーティ結成の日なんですからぁ。もっとどぉんどぉん、飲みましょお!!」

「ちょっ、エルルさん!?」


 唐突に、彼女がお酒を注いできて。


「かんぱぁい!ぐびぐび…ぷはぁ〜っ♪」


 何とも、豪快な飲みっぷりのエルルちゃん。

 幸いにも、飲みやすいエールだから。私も一杯あおっておくと。


「おお、やっておるな」

「みなさん、こんばんは」


 また誰か、声がしたかと思うと。


「アリサさん!リーフさんもご一緒で」


 ミキちゃんの、明るい声が弾む。


 まだ直接会っていなかった、最後の『勇者の落日』関係者。

 ウサビトの女侍アリサと、ハナビトの紋章士リーフの姿がそこにあった。

 

 私とミハイルは、簡単に自己紹介を済ませる。


「クワンダよ、偵察ご苦労じゃったな」

「その様子だと、アリサも一区切りついたか」


 熟練の冒険者ふたりは、すぐにお互いの状況を察知した。


「クワンダさん、それで…」


 リーフは、なんだか改まった様子でもじもじしているが…?


「どうした、リーフ」

 

 こほんと、せきをひとつして。内気な青年は話を切り出す。


「転移紋章石の開発も、一応の区切りを迎えました。これからは僕も…クワンダさんの『ファミリー』に加えて、いただけないでしょうか!」


 強い調子で言い切って、深く頭を下げる。


「愛する姉さんを、この手で救い出したいんです!」


 リーフの表情は、真剣そのものだ。

 その様子は、はた目から見ても健気で。


「うむ、美しき姉弟愛じゃっ♪」


 前にも夢で見たように。アリサは、リーフをぎゅっと抱きしめた。

 リーフもまた、相変わらずのシスコンぶり。ちょっと苦しそうだが。


「アリサさん、すっかりお母さん気取りですね」


 ミキもまた、顔をほころばせる。


 お母さんと言っても、アリサとリーフに見た目の年齢差はそれほどない。

 むしろ、姉弟と呼べるくらい。


「リーフが探索に加わってくれるなら、心強い。改めてよろしくな」


 今度はアリサから解放されたリーフが、軽くクワンダとハグを交わす。

 氷都市の人々は、老若男女問わず友情や愛情に篤い。

 そんな感想を抱かせる場面だった。


「こりゃまたぁ、めでたいですねぇ!さぁさぁ、みなさぁん。クワンダファミリーの新顔にかんぱぁいしましょお♪」


 エルルちゃんが、すかさず乾杯の音頭を取って。


 また、たくさんのジョッキが高く掲げられる。

 こうして、白き夜に和やかな時間は流れゆくのだった。

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