第40話 宿敵は誰のもの?
結論から言うと。
偽神戦争マキナの「宿敵システム」は、景品表示法違反(優良誤認)の疑いがある。
景表法違反となるケースの多さもまた、オンラインゲーム業界の闇のひとつ。名の知れた大手企業も、ときどきニュースで報じられている。そして一向に改善しない。
懲りないワルどもだ。
宿敵システムについて、簡単に説明すると。プレイヤーが発注し、納品が完了した「宿敵イラスト」を。偽神戦争マキナのゲーム本編において、何らかの形で敵キャラクターのイラストとして登場させることができる仕組みだ。
敵キャラクターの設定は、プレイヤーから提案することはできるが。最終決定権を持つのは運営側であり、プレイヤーの希望がそのまま通るわけではない。
ここに、大きな落とし穴があった。
自分の「宿敵」がいつどこに現れるかは、プレイヤーには分からない。また、宿敵のいるシナリオに参加できるかどうかも分からない。参加希望者が定員を超えるシナリオでは、抽選が行われるからだ。
MMORPGの「クエスト」などとは異なり。人間のゲームマスターが、シナリオを運営するが故の弱点。
だから、にっくき親の仇が。自分のキャラが関与できないところで、見ず知らずの他人のキャラに倒されていたなんてことが、普通に起こる。
さらには。ふつう宿敵と言えば、伊達政宗の甲冑がモチーフの黒い騎士や、赤くて3倍早い仮面の王子みたいに。主人公と何らかの因縁があるものだが。
別に、そういった設定が無くても。「宿敵申請」は可能だった。例としては、量産型の敵などの雑魚キャラだ。
こうなると、予備知識の無い人が思い浮かべる「宿敵」のイメージとは。だいぶ、かけ離れたものになってくる。
もっとベターな表現を用いるなら…プレイヤーからの提案による、ただの「追加モンスター」だろう。
けれども、消費者であるプレイヤーは。その「追加モンスター」でしか無いものに文字通りの「宿敵」としての扱いを求める。つまり…
・マイキャラと宿敵との間にある「因縁」の、丁寧な描写。
・マイキャラが、宿敵に対抗する力や仲間を得る過程の描写。
・マイキャラと、宿敵が対決するための「見せ場」が、独占的に用意されること。
・最後に宿敵を倒すのは、必ず発注者自身のキャラクターであること。
・ついでに、決着がついたあとで仲間になる宿敵がいても良いこと。
全部、バトル系漫画のお約束だが。
完全に、運営側の想定を超えたレベルの過剰サービスだろう。
でも、それを求めるプレイヤーがいたとしても。悪質なクレーマーだとは断言できない。そう誤解させたのは、運営のつけた「宿敵」というネーミングなのだから。
商品やサービスを、その実際の品質や内容に反して。過剰に優良なものとして誤認させるネーミングは、不当な表示に当たる。
なので、マキナの「宿敵システム」には違法性があると言える。
その上、予想以上に大量の「宿敵イラスト」が発注されてしまったせいで。個々の宿敵の扱いは、非常にぞんざいな「宿敵のバーゲンセール」状態となってしまった。
宿敵という言葉の意味を、辞書で調べてみると。ずっと前からの敵、何年も前から敵対している、なかなか決着のつかない相手というくらいの意味になるだろう。
それが、一度出てきただけで。在庫処分セールのように次々と出番を終えていく。こうなる前に、受注数の制限をするべきだったのに。
目先の金に、目がくらんだのか。あるいはそうせざるを得ないほど、経営が苦しかったのか。
マキナの「宿敵」にまつわるトラブルは、これだけでは済まされなかった。
それは「宿敵は公共物か?個人の持ち物か?」という問題。
偽神戦争マキナの運営企業、ミリタリー・パレード社は。以前から「二次創作のガイドライン」で、公式のNPCは運営の許可不要で自由に。二次創作作品に登場させてよいことになっていた。
では、プレイヤーがイラストを発注し。プレイヤーからの投稿アイデアを元に運営が設定を決めた「宿敵」は、公式のNPCなのか?
それについては、ガイドラインに規定が無かった。そのことが「宿敵の二次創作」にまつわるトラブルを招いたのだ。
あるとき。のちに改心して、仲間になることが期待されていた「宿敵」が。ただの敵として、無残に殺されてしまった。
そのことに胸を痛め。実はその宿敵は生きていて、味方になっていたという体裁で「他人の発注した宿敵イラスト」にそっくりな。新規のキャライラストを頼んでしまったのが、ユッフィーの仲間・ミカだった。
もし、宿敵が公式のNPCと同じ扱いならば。元が個人の発注したイラストであっても、もうそれは「公共物」。プレイヤーの手を離れているのだから何も問題は無いように思えるが。
運営の下した判断は、ミカへの「イラストオーダーコンテンツの利用禁止」。
宿敵は誰のものか?という判断を保留して。他人の宿敵イラストを真似て、自分のキャライラストを発注した行為を罰したことになる。
ミカのプレイヤーに全く責任が無い、などと言うつもりはない。
彼女がしたのは、確かに問題行為だが。それ以上にルールをきちんと定めることでトラブルを予防できる立場にいた運営の方に、より大きな責任があった。
私は、そう考えている。
そもそも「追加モンスター」でしかないものに「宿敵」などと、過剰な期待を抱かせるネーミングさえしなければ。ミカだって、あのような行為には及ばなかったのではないか。
MP社の社長(「ミスター・ビッグ」とでも呼ぶことにしよう)とは。毎年ゴールデンウィークの時期に開催されるオフ会のイベントを通じて、十年来の交流があったが。
宿敵システムが、その名から期待されるだけの商品・サービス内容を備えていなかったことと。金儲け優先で問題のあるネーミングを改めないまま突っ走ってしまったことで。彼との信頼関係は、完全に崩壊した。
そうなる前は、みんなの夢を叶えてくれるノリのいいエンターテイナーとして。私には決して無い才能を備えた人物として、憧れさえ抱いたこともあったのに。
もう、あの楽しそうな輪の中には入っていけない。
今やミスター・ビッグは、自分の失敗の責任を他者になすりつけて平然としている卑劣漢に堕ちた。だから私は、怒っているのだ。
あとで、人から聞いた話だが。ミカがBANされた理由は、真似された宿敵の発注者がオフ会で、ビッグ社長に直訴したためだという。邪推だが、クレーマーからゴリ押しされたのが面倒になって。ミカをスケープゴートにしたのではないか。
そんな理不尽を目の当たりにして。私はもはやMP社に自浄能力が残っていないこと、私自身がMP社に代わるより良いサービスを作らねばならないことを痛感するに至る。
ミカを自分のサークル・ベネチアンカーニバルに迎え入れたのも。私なりの温情のつもりだった。彼女には、ここでやり直してほしい。
もし、この不正を消費生活センターに訴えたとして。実際に改善の措置命令や課徴金の支払い命令まで行く勝算は、あるのかどうか。また、仮にそうなったとしても。今後MP社のサービスが改善する見込みはあるのかというと。
残念ながら、労多くして実り少ない結果に終わりそうだ。
宿敵システム自体が、ソーシャルゲームのガチャ問題みたいな知名度を持たず。お役所に問題の本質を理解できる人間がいない可能性も考えられる。
また、仮に措置命令が出てMP社の名前が消費者庁のサイトに公表されれば。会社の経営に与えるダメージは、大きいと思われる。
もし、それでMP社が潰れるようなことがあれば。今、MP社のPBWコミュニティに集まっている人たちが行き場を失い。離散することにもなりかねない。
現代では、個人情報の保護の観点から。相手の本名も、メールアドレスも知らずにネット上で交流する場合が多い。どこかのSNSが無くなってしまえばそれだけで、もう会えない人だっているだろう。そうなっては、本末転倒。
私の目的は、MP社を潰すことではない。あくまでサービス内容の改善。
それが不可能なら、自分でより良い代わりのサービスを作る。特にマキナが荒れる理由のひとつになった「宿敵システム」は、徹底的に改良したい。
既存のゲームシステムに、宿敵という要素をプラスするのではない。先に挙げた、プレイヤーからの「五つの要求」を満足できるレベルで実現するために。
PBWの「常識」を根本から書き換えて、もはやPBWではない新しい何かを生み出そう。個人が大手企業と渡り合うには、その方がいい。
以上の理由から、MP社の問題行為については放っておくことにした。決して、ミスター・ビッグの悪行を許したわけではない。
戦争を仕掛けて、勝算があるか。また戦後、相手とより良い関係が築けるか。その見込みが無いなら、そもそも戦争なんか損するだけである。
これが、偽神戦争マキナのようなゲームなんかとは違う「本当の戦争」。
「朝陽犯さざれども、星光奪わる」という中国の格言がある。
朝になれば、星の光は自然に消えてしまう。それと同じように、わざわざ正義を主張しなくても。正しいことをやっていれば、自然にそれで満ちていく。
誤解を招くようなネーミングで、結果的にプレイヤーを欺いているMP社も。まともなサービスを提供できる競合が出現すれば、いずれ淘汰されるだろう。
私が、MP社のPBWよりもっとまともなサービスを作ればいい。どんなに閉鎖的で独占的な業界でも、ずっと安泰でいられる保証は無いのだから。
絶滅した動物の中には、離島などの周囲と隔絶した環境で繁栄を謳歌していたが。人間の到来と、人間が持ち込んだ動物によって環境が激変し。あっと言う間に滅んでしまったものが少なくない。PBW業界も同じだ。
生物が絶滅する理由と、企業が潰れる理由は驚くほど良く似ている。
今の私が、本当にやるべきなのは。
MP社のずさんな運営を断罪することではなく。同社のSNSコミュニティで、困っている人の声に耳を傾け。その悩みを、自分の作るサービスで解決すること。
私は「困っている人の話を聞いて、悩み事を解決する人」のことを「勇者」であると定義している。
イーノよ。今こそ、勇者になりきれ。
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