第41話 黒衣の少年

「クソっ!何だってんだよ、あのガキ!!」


 森の中に、粗野な男の声が響く。


 奇怪な植物が生い茂る、不気味な夜の森。

 あたりは薄暗く、月明かりだけが頼りだ。


 男は、何かから必死に逃げていた。


 不意に、花火でも打ち上げたような音がして。後方から、何かが飛来する。それは近くの樹木に当たると、凄まじい轟音を響かせて爆発する。

 背後がパッと明るくなり、続いて熱風と爆音が男たちに吹き付ける。

 炎に包まれる森。


「危ないっ!」

「…わざと直撃を避けたか。遊ばれているぞ」


 追われているのは、冒険者の三人組のようだ。

 何者かが、彼らに攻撃魔法ファイアボールを放ったらしい。


「いてて…」


 爆風で地面に叩きつけられたか。片手半剣バスタードソードを背負った、軽装鎧の野卑な男が腰をさすりながら起き上がる。


「まったく、オレまで腰痛になっちまうぜ」


 同じく、隣で腰をさすっている狩衣装束のインテリ風な男に愚痴ると。

 もう疲れたといった感じで、弱気な返事が返ってくる。


「社長…恐ろしいまでの怨念を感じます。いったい、誰の生霊なのやら」


 どうやら腰痛が持病らしく、走って逃げるのはかなり辛そうだ。


「ポンタお前、陰陽師だろ!?なんとかしてくれよ」

「そう言われましても、私では何とも」

 

 ポンタと呼ばれた男は、どうやら術士らしいが。

 彼の力では、どうにもならないほどの相手らしい。


「…悪ふざけが過ぎるぞ!」


 三人組のひとり。昔のマフィア映画から飛び出して来たような、ピンストライプのブラックスーツの男が。ドラム型弾倉の機関銃トンプソン・サブマシンガンを追跡者に向かって乱射する。

 あたりに、豪雨のような銃声が響くも。


「無駄だ」


 返ってきたのは、男性の冷たい声。剣士風の男が「ガキ」と呼んだように。少年のような声質だった。

 彼を襲った銃弾は、どこにも当たっておらず…それどころか足音ひとつも立てずにすーっと滑るように迫ってくる。

 まるで幽霊のように、宙に浮いているのだ。


「やはりダメか…」

「『死神』のジュウゾウでも手に負えないんじゃ、お手上げですね」

「こんなとこで、わけもわからず殺られてたまるかよ!逃げるぞ!!」


 社長と呼ばれた片手半剣の男が、どうやら三人組のリーダーらしい。

 

 また、火の球の呪文が飛んで来る。

 再び、爆音と共に炎上する森。今度もスレスレだ。


「あそこは…森の出口か?」


 やがて一行は、森の中の開けた場所に出た。

 まぶしいほどに、月光が差し込んでくる。


「あれは…!」


 見上げると、その月は異常に大きかった。空の半分以上を覆う月など、いったいどこにあるというのか。

 しかも、大きな月の周りを別の小さな月が回っている。空も、妖しい紫色だ。


「ここは、明らかに地球じゃないな」


 死神と呼ばれた男は、この状況においてもどうにか冷静さを保てているらしい。

 空に浮かぶ月も、森の植生も地球のものではない。地表に植物が生えている以上、もちろん永遠の冬に閉ざされた世界・バルハリアでもない。


「止まってください、社長!」


 ポンタと呼ばれた陰陽師の男が、片手半剣の男を後ろから引っ張る。


「なんで止める!」

「目の前は、崖ですよ!!」


 気づけば、彼は危うく足を踏み外すところだった。

 足元の小石が、乾いた音を立てて転がりながら谷底へと落ちていく。


「…追いつめられたか!」


 マフィア風の男・ジュウゾウが振り返り、森の奥をにらみつければ。

 ちょうど、追跡者が月明かりの下に出てきたところだった。


「逃げ場は無いぞ」


 感情のこもらない、無慈悲な声だった。

 幽霊か死神のような、ボロボロの黒いローブをまとった少年の顔は…フードで隠れて見えない。

 その肌は、病的に白かった。


「ちくしょお!」


 片手半剣の男が、やけっぱちで剣を抜いて斬りかかるも。

 その刃は、少年の身体をすり抜けるばかり。やはり、幽霊なのか。


「お前は…相変わらず、脳筋だな」


 フードの奥から、まるで相手をよく知っているかのような口ぶり。

 けれども「社長」には。身に覚えが無いらしい。


「オレはお前なんか、知らねぇぞ!」


 ローブの中から、少年の細い手が伸びると。

 男は、見えない何かに首根っこをつかまれたように宙に浮かび上がり。念力らしきもので、仲間ふたりの足元へ放り出される。


「悪い夢のはずなんです、これは!なのに、目覚める気配が無い」


 陰陽師の男・ポンタが、憔悴しきった様子で叫ぶと。


「…まさか、それが怨念の呪いか?」


 この状況においても唯一、落ち着いているジュウゾウが推理を口にする。


「全ての地球人は夜、寝ている間に精神だけ抜け出し…遠い異世界で冒険している。今のお前らもな」


 剣を杖代わりにしながらも、闘争心を失わず立ち上がろうとする男を。

 少年は、どこまでも冷え切った瞳で見下ろしていた。


「まだまだ。去って行った者たちが受けた苦しみは、こんなものじゃないぞ」


 少年は…誰かに代わって、三人組に復讐しようというのか。

 一方で、冒険者たちには。まるで身に覚えがないようだった。


「オレたちが、何をしたっていうんだ!」

「とぼけるのも、そこまでだ」


 少年の指先に、小さな火の玉が灯りはじめる。


「ウソつきには、それなりの罰が必要だな」


 嘘つき、と呼ばれたことに。

 「社長」は悪びれた様子も無く、無言で少年をにらみ返す。まるで、ウソをついて何が悪いと言わんばかりに。

 男は、汚い大人の目をしていた。


「ちょっ!何するんですか!!」

 

 ポンタが、急に袖を引っ張られて抗議の声をあげる。


「跳ぶしかねえだろ、逃げるには!」


 次の瞬間。三人の冒険者たちは谷底に見える急流へと、その身を躍らせていた。

 とっさの判断力はあるが、後先を考えないタイプらしい。


「目の前の現実から逃げ続ける限り…悪夢は終わらない」


 黒衣の少年は、三人の流れていく先を目で追うと。誰に聞かせるでもなく呟いて。

 そして、煙のように姿を消した。


「あいつら、最後まで幻影だって気づかなかったね」

「脳筋だからな」


 不意に、活発そうな女性の声がした。今までずっと、無言で身を潜めていたのか。


 近くの木陰から、姿を現す黒衣の少年。今の彼は透き通った身体では無いし、肌の色もそこまで蒼白ではない。何より、地に足がついている。


「奴らには、もっと『スクルージ』になってもらう必要があるな」

「まあ、キミがそう言うなら付き合うけど…」


 彼女もまた、ボロボロのフード付きマント姿。違うのは、少年が魔法使いタイプなのに対して…こちらは盗賊風の身なりか。

 マントの下からは、艶のある素肌がのぞいている。チューブトップにホットパンツの軽装が、健康的な色香を漂わせて。


「ボクのほうも、手伝ってもらっていいかな?」


 少女のようにも見える、女性の手が少年のフードにかかって。

 いたずらっぽい眼差しで、少年の顔をのぞき込む。


「道案内は必要だからな…お易い御用だ」


 フードが落ちると。漆黒の髪の少年は、口元に笑みを浮かべて。

 ボーイッシュな相方と、抱きしめ合いくちびるを重ねるのだった。

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