第39話 偽神戦争マキナ
メル:ユッフィーちゃん、びっくりした!だけどすっごく楽しかったよ。
モモ:ミカちゃんとはお久しぶりだったけど、元気そうで何よりなの。
ここは地球。MP社のPBW型RPG、偽神戦争マキナの「小隊」掲示板。
MMORPGで言うところの「ギルド」に相当する、SNS上のコミュニティだ。
ユッフィーが自分のコミュニティ「地底喫茶
これからも、少しずつ。地球組のみんなに楽しみながら氷都市での常識や、冒険者としての立ち回り方を学んでもらって。
きっと、エルルちゃんもクワンダファミリーのみんなも。快く協力してくれるだろう。
メル:そういえば、もうすぐ水着コンの受付が始まるね!
ユッフィー:もう7月ですものね。
モモ:水着の可愛い女の子(一部、男の娘)をいっぱい描けて眼福なの♪
季節は初夏。となれば、どこのオンラインゲームでも水着の時期だ。期間限定で、ガチャから水着姿の人気キャラが出るとか。夏にちなんだイベントとか。
だけど、PBWで水着と言ったら。事情は、ふつうのソーシャルゲームとは大きく異なる。
自分のキャラクターの水着姿を、期間限定のイラスト商品でイラストレーターに依頼し。その中から人気投票で順位をつけるのだ。
水着コンテストのイラストは、みんなで仮装を楽しむハロウィンのSDイラスト、カップル向けの甘いひとときを描写するクリスマスやバレンタインの限定イラストと並んで。
有料ガチャには一切手を出さない、MP社の売り上げを支える生命線だった。
ゲーム本体の売り上げより、イラスト関連の収入だけでほぼ会社を維持していると言ってよい。それほどシナリオがつまらないのだ。
水着コンテストに優勝したところで、プレイヤーにもイラストレーターにも賞金が出るわけでもなし。もらっても邪魔になる粗品を送るから住所を教えて、と聞かれるだけだ。そもそも、順位を競うことに意味など無いと私は思っている。目立つことが嫌いなのだ。
本当の楽しみは、愛着のあるマイキャラや、親しい友達の水着姿が見られること。恋人のいるキャラなら、好きな人に見てもらいたいためだけにイラストを頼む。それで十分。
社長の性分なのか、MP社のPBWには。こういう「あなたのキャラが目立てますよ!」みたいなコンテンツが多い。
しかしそれは、一瞬だけブレイクして消えていくお笑い芸人など浮き沈みの激しい芸能人の世界にも似ている。
目立ったことをしたせいで、匿名掲示板で叩かれたり。運営の仕組んだ、意地悪な強制イベントに引きずりこまれることもあるから迷惑極まりない。
MP社のPBWには、創業当時の第1作目から参加し続けているから。その辺の地雷を避ける術は、お手のもの。
昔は、運営自らがプレイヤーを楽しませようという心意気があった。そのやり方が適切だったかどうかは、別として。
今の彼らは、ネタも意欲もとうに品切れで。流行りに乗っかったり、動画サイトで名の知れた有名人の力を借りたり。プレイヤーから募集した投稿アイデアを拝借したりして、どうにか食いつないでいる感じだった。
それなのに。他人のアイデアで飯を食ってる割には、その金の卵も有効活用できていない。よく分からない理由で、すぐに不採用や使い捨てにする。アイデア提供者への感謝や敬意など、みじんも感じられない。
「チェーホフの銃」という、小説や劇作などの物語作りのルールがある。要するに「ストーリーに無用の要素を持ち込んではならない」というものだ。物語の中に銃が登場したなら、それはどこかのタイミングで誰かによって発砲されなければいけない。
ところが、MP社の主張はこうだ。とにかく出せばいいんでしょ、出しさえすればもう義理は果たした。後のことは知らない。出してやったんだから、それ以上文句を言うな。これはMP社だけに限らず、PBW業界全体の悪癖であり旧弊だった。だからPBWのシナリオは面白くない、とまで言い切れる。
私は、チェーホフの銃という「ものの考え方」を知った以上は。自分の書く小説において可能な限り厳密にそれを守るつもりだ。
数年前に、MP社の人気を支えていたシステム開発会社が変わってから。サービスの質が大きく低下し、もう緻密なシステムで便利と快適さを提供できなくなって。凝ったゲームシステムも組めなくなった。
そこを「人間のゲームマスターが判定するからこそ、できること」で補ってきたのだけれど。マスターの質の低下も、もはや止められない。
MP社には、人材教育のノウハウが無いからだ。正しく教えることを否定するような空気さえある。
だから、私が急がないといけない。勇者よ急げ。
MP社はもう、あてにならない。愚痴を言ってる暇も無い。事情を良く知っている私が、もっとまともなサービスを作る以外ないのだ。
マキナに顔を出せなくなった、ミカちゃんのためにも。
彼女は、マキナでの水着コンには出られないけど。氷都市で似たようなイベントを企画して、地球からの人集めに活かせないだろうか。
極寒の地ではあっても、暖かいドーム都市の中なら。南国リゾートの再現も不可能ではないだろう。
ユッフィーの仲間、三人娘のひとりミカ。
実は彼女は、小隊掲示板で参加表明をしたわけではなく。イーノがエルルちゃん経由で女神アウロラに頼み込んで、夢召喚してもらった特別枠だ。
彼女が、今のマキナにいない理由は。MP社が金儲け優先で、説明責任を果たさずプレイヤーを欺いた結果起きた「宿敵システム」関係のトラブルに深入りしすぎて。運営から、客の不満をそらすスケープゴートとして利用され。BANされてしまったから。
ミカの方にも、全く問題が無かったわけではないが。そもそも運営がきちんとしていれば、起こらないようなトラブルだった。
私は、そんな彼女を気の毒に思い。MP社とは無関係な、他のコミュニティに加われるよう手配した。
社会問題にもなった、ソーシャルゲーム業界の「ガチャ」。悪しき搾取と荒稼ぎの象徴。MP社は、集金手段としてのガチャには一切頼らないが。代わりに、別の悪徳に手を染めていた。
それと、あらかじめ断っておくけど。
今後もし、この小説が奇跡的に書籍化されたり。オンラインゲーム化されることがあったとしても。運営とプレイヤーの関係を険悪にするような形でのガチャ導入は、絶対に認めない。これは原作者としての信念であり、責任だ。
(なお、外国人観光客向けに余った小銭で回せる、日本旅行の思い出を形に残せそうな気の利いた「実物のガチャ」もあることを紹介しておく。要は使い方次第だ)
NOは、交渉の始まりだ。最初に譲れない条件をハッキリ言っておくことは。私が今後築き上げる「まともなサービス」を、志を持たぬ金の亡者から遠ざける上で有用だろう。
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