第18話 雪解けの日まで

「おのれ!失われた秘術『瞬間移動テレポート』まで、再現していたとは」


 ベルフラウの展開した、光の魔法円を目にした道化は…歯噛みをして悔しがる。


「大変でしたのよ。本来はもっと大人数で、時間をかけて準備する術でしたから」


 それをひとりで、十分かそこらで完成させてしまう「思考と行動の加速」。

 世界樹の知恵とは、そのために使われた力だったのだ。


「このまま逃がすと…お思いですか?」


 世界の「剪定」にかける、底知れない執念。

 けれど、狂気の庭師ガーデナーもまた相当のダメージを負っている。


「三十六計、逃げるに如かず。ここは退くが得策じゃ!」


 刀を鞘に収めると、脱兎のごとき勢いで紋章陣に駆け入るアリサ。


「あなたは、わたしの心から分かたれた影。いつか必ず、わたしの胸に」


 あの恐ろしい道化もまた、自分の一部。彼の存在が今のミキを作った。

 蒼の舞姫は、そのことを理解していた。


「必ず、元に戻す方法を見つけて…戻ってくる」


 氷像と化した、かつての仲間たち。


 クワンダもまた、ミキと共に。

 静止した氷像の間を走り抜け、転移の紋章陣に踏み入った。


 道化は、倒れたまま。まだ動けないらしい。

 と、そのとき。


「オマエたちは、ここで全滅しなければ…!」


 幻影の兵士、最後のひとりが。

 道化が悪あがきで投げつけたナイフを弾き落とし、ロウソクの炎が風に吹かれたようにかき消える。


「お前たちが連れてくる、新たな勇者…楽しみにしているぞ」


 見れば、全ての加護を使い果たしたレオニダスは。

 足元から少しずつ…氷に覆われ始めていた。


「さあ、お前も行くんだ」


 レオニダスが、ベルフラウに脱出を促す。


「良き男と結ばれ、良き子を産むがいい」


 それはかつて、彼が死地に赴く際に妻へ贈った…別れの言葉。


「…いやですわ」


 その場の全員が。

 ベルフラウの方へ、向き直った。


「わたくしたちは、ここで雪解けの日を待ちます」


 永久に凍りついた世界で…その日は、いつになるだろうか。

 花の乙女は、静かにいわおの猛将に寄り添う。


「おぬし…心中する気か?」

「わたくしは、知ってしまったのです」


 思考と行動を加速させ、一時的に神のごとき叡智を手にする…世界樹の知恵。

 その高速演算能力が導いた、答えとは。


「予想以上に消耗が激しい、レオニダス様の『幻火兵団フレイム・ファランクス』。それを紋章陣の完成まで維持するため、わたくしの加護も分け与えれば」


 そこまで、考えていたのか。


「残された力で転移可能なのは、三人だけです」

「わらわなどより、おぬしの方が!」


 珍しく、取り乱すアリサに。

 ベルフラウは、優しく微笑む。


「アリサ様。あなたは、みんなのお母さん。あなた無しでは、氷都市の冒険者たちの心に大きな穴が開いてしまいますわ」


 そう言うと、手のひら大の何かを手渡す。


「この紋章石は?」

「氷都市の紋章院ではたらく、弟に渡してください。彼へのメッセージと、今後の冒険に必要なものを収めてありますわ」


 紋章石は、氷都市で一般的に使われる記録媒体だ。簡単な紋章術ならば、石の中に封じておき。任意のタイミングで発動させることもできる。


「わたくしが帰らないとなれば…弟は大泣きするでしょうから。アリサ様が、優しく包んであげてくださいませ」

「リーフの面倒なら、任せておけ」

 

 ベルフラウと抱擁を交わし、石をサラシにしまって紋章陣へ戻るアリサ。


「…わたしのせいで!」


 ミキの目からは、大粒の涙が。


「ミキちゃん、あなたは笑顔を届ける旅芸人。氷都市みんなの希望。あなたはもっと…強く、賢く、ステキになれる。だから笑って!」


 健気な彼女のために、笑おうとするけど。

 涙はますます、止まらなかった。


「ミキちゃんならきっと、ステキな彼氏に出会えますわ」


 そのときのクワンダ様が見ものですわね、と悪戯っぽくつけ加えて。

 ミキもまた、ベルフラウとハグしあって。アリサのところへ戻っていった。


「…少し、黙っておけ」


 ふたりがベルフラウと話す間、道化の方を警戒していたクワンダは。

 余計な煽り文句を口にしそうな庭師を、キッとにらんでいた。


「クワンダ様」

「すまない。こんなことになってしまって」

「あなたの勇姿、伝説の大勇者の名を継ぐに恥じないものでした。あなたのもとで育つ、次代の勇者たち…レオニダス様と一緒に、お待ちしてますわ」

 

 すでに膝上まで凍っていたが。レオニダスもクワンダに不敵な笑みを浮かべ、親指を立てる。

 男ふたりが、拳と拳を。乾杯でもするかのように突き合わせた。

 

「それでは、転移紋章陣を起動させます!」


 クワンダ、アリサ、ミキ。

 三人の視界が、白くまばゆい光に染まりゆく中で見えたのは。


 足元から徐々に凍りながらも、互いに強く抱きしめ合うレオニダスとベルフラウの姿だった。



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