第19話 残されたもの
「みなさぁん、よぉくお帰りになられましたぁ!」
ここは、
ローゼンブルク遺跡の謎に挑む、冒険者たちの拠点となる街。永久凍結世界・バルハリアに唯一残された、人類の希望。
地球で例えるなら、南極並みの強烈な寒さと風雪を避けるため。都市は巨大なドームの中に築かれている。
そして、戻ってきた三人を出迎えたのは。
「エルル先輩!」
「ミキちゃん!?」
いつもは、陽気な彼女がしてくれるように。
気づけばミキは…先輩巫女のエルルをぎゅっと抱きしめていた。
彼女のまとうギリシャ風のショートドレスが、そよ風に吹かれたように揺れる。
「珍しいこともぉ、あるもんですねぇ?」
ミキを優しく抱き返しつつ…エルルと呼ばれた金髪の女性は。
その碧い瞳で、あたりを見る。
三十五人もの大所帯で出発したのに、三人の他に冒険者の姿が見当たらないこと。特に、ベルフラウとレオニダスが一緒にいないことから…何かあったと察するも。
「まずはぁ、サウナでお清めしましょお♪」
のんびりした、独特な口調で微笑みかける。
もちろん、クワンダとアリサにも。
「俺たちは…帰って来たんだな」
「そうじゃの」
今の氷都市は一日中、陽が登らない極夜の季節。白夜の逆だ。
激戦の疲れが残る三人にとって、エルルの明るい笑顔は…まるで真夏に咲いたヒマワリのように思えた。
◇◆◇
焼けた石に、ひしゃくで水をかければ。
湯気と共に、心やすらぐアロマがたちこめる。
呪われた迷宮から帰還した冒険者たちは。その穢れを清浄なるサウナにて汗と共に流し清めるのが、ここ氷都市でのしきたりだ。
もちろん、仲間同士の親睦を深めるために混浴で。
同性だけの場合や、家族同然に親しい者同士なら、裸の付き合いも珍しくないが。今回はトヨアシハラ出身のアリサの好みか、アリサとクワンダは裾の短い半襦袢。ミキとエルルは、お揃いのホルターネックワンピースだ。
「アウフグース、行きますよぉ!」
サウナ内に、熱い蒸気が満ちると。
エルルはフィッシュボーンに編んだ髪を振り乱しながら、バスタオルを思いっきりぶんぶん振り回す。巻き起こる熱風に吹かれて、滝のように流れる汗が心地いい。
クワンダ、アリサ、ミキ。今の三人がとてもデリケートな状態にあることは、肌で感じていた。口数の少なさからも。
エルル自身が、元は難民だったからだ。
彼女の故郷・アスガルティアは。
かつて、
それが、種から芽生える「災い」の最終形態。
あのとき、全てを失い。女神アウロラのはからいで辛うじて救い出されたばかりのエルルは…冷たく暗い海から引き上げられた直後のように、ただ震えるだけだった。
けれど、街の人々の温かさに触れて。今の彼女がある。
今度は自分が、助ける側。
ミキもまた、そんなエルルの心遣いを感じたのか。
「エルル先輩…ありがとうございます」
「困った時はぁ、お互い様ですぅ」
そして、残るふたりも。エルルの明るさに触発されてか。
「のう、クワンダよ」
「どうした?」
不意に、相方の顔をのぞき込むアリサ。
「少し、こうしておってもよいか?」
クワンダの隣まで、すっと寄ってきて。肩に身体を預けると、しばし目を閉じる。老成しているように見える彼女だが。今回の冒険は、色々な出来事が一度に起こりすぎて。さすがに疲れたらしい。
「ああ。もちろんだ」
そんなアリサが、愛らしく感じたのか。クワンダも微笑み、彼女の肩にポンと手を回す。過去に大きな挫折を経験しているのは、お互い様だ。
後悔だけに囚われるのは、誰も望んでいないから。
◇◆◇
「ご報告、ありがとうございます」
場面は変わって、大理石の円柱立ち並ぶ壮麗な神殿。
声の主は、極光の如き光背をまとった…影絵のようなシルエット。
氷都市民から「バルハリアの主神」と慕われる、女神アウロラその人だった。
「私を介して、絆を結んだ冒険者と巫女たちと。彼らとの『つながり』が一度に失われていく感覚…身の凍る思いでした」
遺跡から遠く離れた、この地でも。女神は敏感に、異変を感じ取っていたのだ。
「
まるで、全宇宙規模の
「わたしの友達も。今こうしている間にも、どこか遠い世界で戦い続けている…」
はじまりの地で、共に旅した仲間を想い。ミキがつぶやいた。
「俺は…あの男から、託されました。この新たな局面を切り開く、新たな勇者を見つけてこいと」
「じゃが、今までの方法では…援軍を送る前に、百万の勇者たちが総崩れとなりかねん」
クワンダに続いて、アリサもまた。道化の実力を直接目にしての、率直な考えをのべる。
自分たちは今まで、庭師の脅威を甘く見ていたと。
「それについてなのですが…『
「な、なんと!?」
よほど、唐突な提案なのか。
アリサから、驚きの声が思わず漏れる。
「つまり、今アウロラ様だけが用いている神の肉体を。人の子に貸し与えるのですね?」
「はい」
クワンダの問いに、うなずくアウロラ。
「これで、勇者の条件は。神の器を用いるに相応しい、人格だけとなります」
かつて、古代の地球においては。半人半神の英雄たちが、数々の苦難を乗り越えて偉業を達成しました。
女神は、神殿の壁にいくつかの映像を投射しながら。静かに三人へ語った。
「もちろん、未知の
「その決断が最善であったと思えるよう、俺も微力を尽くします」
アリサとミキも、クワンダを見てうなずく。
「…ところで、クワンダ」
声の調子を変えて、アウロラは口を開いた。
まるで、女神としての仕事はここまで。そんな変わりようだ。
「今日は、神殿に泊まっていくのでしょう?」
それを耳にすると、アリサは素早く。
「わらわに遠慮など、せんでいいぞ。おぬしはアウロラ様の、九十一番目の夫。久々に、夫婦水入らずで過ごすが良い」
ミキも、背中を押すように。
「わたしはアリサさんと紋章院に行ってきます。リーフさんに紋章石を届けないと」
ふと、急に肩の力が抜けたような。そんな感じのクワンダだった。
まるで、三人が家族であるかのような。
「ああ、ふたりともすまないな。それじゃ、頼んだぞ」
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