第20話 ロスロリエンの天才姉弟

「わたくしの愛する、たったひとりの弟リーフ」


 氷都市・紋章院の一室。

 バルハリアでは貴重な、アンティークのテーブルに置かれた紋章石から浮かび上がるのは…この石をアリサに預けた、紋章士ベルフラウの立体映像。


「無事に帰ることができなくて、ごめんなさい」

「姉さん…」


 ヨーロッパ貴族の屋敷を思わせる、趣味の良い部屋には。

 アリサとミキと…ベルフラウの弟、リーフの三人がいた。


 姉と同じ、緑の髪と瞳を持つハナビトの青年リーフは。天才肌だが、重度の姉思いシスコンとして知られていた。

 こうしている間にも、姉の悲報を知った彼の目からは…滝のような涙が。


「今は思いきり、泣くが良い」

「アリサ様…ううっ」


 一応、成人はしているのだが。アリサに優しく頭を抱かれ、よしよしと撫でられている姿は。どこか小さな男の子のよう。

 髪に咲いている、小さく白い花マダガスカルジャスミンと同様。ピュアな心の持ち主らしい。


「リーフさん。お姉さんは、まだ死んでいません。氷漬けにはなってしまいましたけど…」

「はい。姉さんが好きな物語の『眠り姫』みたいに、王子様の助けを待っているんですね」


 ミキもまた、なんとか彼を元気付けようと声をかける。


「…あなたと紋章院の皆さんに、頼みたいことがあるのです」


 紋章術の研究機関、紋章院は。姉弟にとって唯一の、帰る家だった。 


 ベルフラウとリーフの出身世界、妖精郷ロスロリエンもまた。災いの種を手にした侵略者の手により、荒廃の憂き目にあっていた。

 他の英雄と違うのは…女神アウロラに助けられたのではなく。古き伝承や書物を紐解き、自らの努力で異世界を渡り、氷都市アイスブルクへ到達したこと。

 紋章院を創設した初代の市長ドージェも。女神に招かれることなく、バルハリアへ迷い込んだ冒険商人であったという。


「残念ですが、今のわたくしたちが使える『瞬間移動テレポート』は。地球人の好きな、冒険者ごっこの『RPG』みたいに手軽なものではありません」


 ベルフラウの立体映像から、意外な話題が飛び出した。

 氷都市の冒険者は、地球人が自分たちのダンジョン探索と同じようなことをゲームにして遊んでいると…知っているのだ。


「いつか、ふたりで『異世界テレビフリズスキャルヴ』を見ましたね。お金持ちのぜいたく品だった『自動車』を、大衆の足へと変えたヘンリー・フォード。彼の功績は、発明王エジソンにも劣らないものです」


 知識の出どころは『異世界テレビ』なる、耳慣れないものであるらしい。


「あんな風に、誰でも手軽に瞬間移動を使えたなら。あなたの手で『転移紋章石』の量産化を実現させて欲しいのです」


 すると、そこで複雑な文字と図形を組み合わせた魔法円が。部屋の空間いっぱいに投影される。


「これは…!」


 その描写の精密さに、リーフの目の色が変わった。

 紋章士として、探究心を刺激されたのだろう。


「あの戦いの最中に、こんなことまで」


 ミキもまた、道化や氷像たちとの激戦を振り返って。驚きの声をあげた。


「世界樹の知恵は、思考の加速により使用者の体感時間を…たった10分を24時間以上に引き延ばすことさえ可能な、オーロラブーストです。その時間を利用して、これを描きあげました」

「よもや、そこまでのものだったとは」


 アリサも、驚きを隠せない。


「まさに、地球人の言う『チート級はんそくわざ』でしょう?」


 姉の自慢をするときのリーフは…少し、誇らしげだ。


「限られた力で脱出させられるのは、三人だけ。なのでしたら…わたくしが抜けて、紋章院のみなさんが困る分の仕事を。今やってしまおうと思いましたの」


 全く、天才の発想というものは。

 笑顔で話す、花の乙女の裏に。ミキとアリサは、とんでもない切れ者の素顔を見た思いがした。


「このままで量産化となると、大変ですけど。大切な姉の仕事です、弟の僕が解析と改良を施して…上手くまとめてみせますよ」


 姉と弟の、二人三脚。

 リーフにとって、この研究は。心の癒しにもなることだろう。


「みんなで力を合わせ…このバルハリアに『季節』を取り戻しましょう」


 そのひとことを締めに、メッセージの再生は終わった。


「待っていて、姉さん。必ず助けに行くから」

「おお!なんと健気なリーフよ。わらわは…」


 思わず、ぎゅっ。


「アリサ様、それは僕も…恥ずかしいです」


 くすくすと、忍び笑いを漏らすミキだった。

 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る