第17話 牙の勇者と鎖の姫

「奥義!氷狼絶空牙ひょうろうぜっくうが!!」


 クワンダの槍が、真の姿を見せた。

 それは、巨大な蒼き狼のオーラをまとった白銀の牙。並外れて大きな槍頭に施された、浮き彫りレリーフと同じ姿だった。


「大勇者クワンダの名にかけて、お前を討つ!」


 巨人に立ち向かう騎士のごとく、クワンダが槍での跳躍突撃を仕掛ける。

 明らかに、常人の域を超えたジャンプ力だった。

 その姿は、まさに天翔ける流星。


「はて…ああ、そんな哀れな男がいましたね」


 そして「クワンダ」とは。

 その昔、蒼の民をいばら姫の追っ手から逃がすため犠牲となった…六人の大勇者のひとり。彼らへの感謝をこめて、多くの人々が我が子につけた名前だった。


「そんな小犬、叩き落として差し上げます!」


 巨大化の影響か、異様に低く唸るような声の道化。ミキを捕らえていない方の腕を振り上げようとするも…。


「させません!」


 ミキが叫び、鎖を通じて念を送り込めば。


「何っ!?」


 道化の身体が急にこわばり、鉛のように重くなる。


「あなたが鎖を通じて、わたしから力を奪おうとするように…逆もできるのです!」


 何という機転か。

 蒼の民特有の勘の鋭さは、ミキと道化をつなぐ鎖の特性を瞬時に見抜いていた。

 こうなると、綱引きの様相を呈してくる。


「グボアッ…!!」


 カエルの潰れたような、うめき声がした。


 クワンダの振るう氷狼の牙が、巨人と化した道化の左胸に喰らいついたのだ。

 巨大化したことが裏目に出たか。あるいは、ミキの助けもあってか。


「ミキを、返してもらうぞ」


 蒼き狼はそのまま、白き牙で根本から鎖を食いちぎった。

 金属の砕けるような、甲高い音が響き渡る。


「クワンダおじさま!」


 束縛から解かれたミキは、落ちながらもクワンダの腕の中に収まる。


 そのまま難なく、着地をきめるクワンダの姿は。

 まるで、ドラゴンから姫を救い出した勇者のようだ。

 ミキが内心密かに…もう少しお姫様抱っこされていたいと、思ってしまうほど。


 けれども、緊迫する状況がそれを許さない。


「バカな…力が!」


 空気の抜けた風船がしぼむように、等身大の姿へ戻ってゆく道化。

 だが、諦めの悪さは一級品だ。


「こうなれば…氷像たちから、力をかき集めるまで!」

 

 アニメイテッドたちへ、さっと手を延ばす。

 すると、氷像たちが一斉に動きを止めた。


 残りわずか5人となった、冒険者たちの消耗も激しい。

 これ以上戦いが長引けば、全滅は免れないだろう。


「む…鬼抜きばつの傷も、ふさがってきおったか」


 アリサの妖刀もまた、限界に近いのか。


 ちょうど、そのとき。

 3人の背後で、まばゆい星霊力の輝きがあたりを明るく照らし出した。


「脱出用の、転移紋章陣を組みあげました!」


 オーロラブースト「世界樹の知恵」を用い、凄まじい勢いで複雑な紋章を描いていたベルフラウの声だ。


「さあ、今のうちに!!」

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