第14話 冒険者の本気

「アナタたちは、ここで新たな災いの種カラミティシードを生み出すための贄なのです」


 道化が指図すれば、意図的にゆっくりと…5人へ歩み出す氷像たち。

 彼らの瞳には、もはや意思の光は無い。

 ついさっきまで共に戦っていた仲間が、突然不死身の怪物と化す。これが、ローゼンブルク遺跡に満ちている「氷結の呪い」の怖さだ。


「絶望が深いほど、それは上質な種となる。表向きは…手にした者の願いを叶える、たぐいまれなる秘宝としてね」


 その噂を信じ、災いの種の正体を知らずに願ってしまった者。その末路が…


「世界を滅ぼす魔女、いばら姫…彼女も、道化の悪意に踊らされた被害者だった」


 舞台に倒れ伏したまま、見えない鎖に縛られ動けないミキ。

 このまま、何もできないなんて。


「それでも、心だけは…絶対に折れない!」


 射抜くようなまなざしで、道化を見据える。


「皆、探索隊が出発するときに誓ったことを覚えているか」


 レオニダスが、槍と盾を構えながらも一同に問う。


「ええ、もちろん」


 大きくうなずいてみせる、ベルフラウ。

 両手で、巨大な万年筆型の杖をしっかり握って。


「たとえどんな事が起ころうと、必ず帰還し。成果を持ち帰るとな」


 クワンダが、銀牙の槍を構え直しながら応える。


「道化よ。我らの本気、侮るでないぞ。わらわはまだ、この刀を抜いておらぬ故な」


 いよいよ、封印を解く頃合いか。

 アリサは、ひとりでに刀が抜けぬよう縛っていた血染めの布をほどく。


「せいぜい、あがくといいでしょう」


 静かに、包囲を狭めゆく氷像たち。


「総勢、45体のアニメイテッド。たった5名…1名は戦力外の状況で、どうやって防ぐおつもりです?」


 道化の表情に浮かぶのは、ゆるぎない優位からくる絶対的な自信。


「あれを使う。準備に必要な時間は?」

「5人なら、15分ですわ」


 レオニダスとベルフラウの、意味ありげなやりとり。

 彼らにはまだ、切り札が残されているのだろうか?


「4人でいい。このレオニダス、皆を逃がすためここで」


 覚悟を決めた、戦士の表情。


「全ての力を使い切る覚悟だ」


 まるで、今回がはじめてでは無いような。そんな風だった。


「おやまあ、うるわしい自己犠牲ですか」


 滑稽なものを見た、と言わんばかりの…道化の笑み。


「レオニダス様…!」


 ベルフラウの顔に、悲痛な表情が浮かぶ。


「なあに、死にはせん。ただ眠るだけだ」


 無骨なイメージの彼には珍しく、そのセリフはまるで。

 おとぎ話に出てくる、白い魔女のそれだった。


 悪い魔女に、死の呪いをかけられた姫。

 それを打ち消すことはできないけど、変えることならできる。確か、そんな場面。

 その物語は、いつかベルフラウ自身が彼に語ってくれたものだった。


「それにこの命、一度捨てたものをアウロラ様に拾われた身だ」


 王が死ぬか、国が滅びるか。

 危急存亡の秋にくだされた神託。


 勇者王レオニダスは、祖国を大帝国の侵略から守るため。わずかな精鋭を率い、狭い地形を活かして圧倒的な大軍相手に奮闘。最後は壮絶な戦死を遂げたが、彼らが時間を稼ぐことで都市国家の連合軍は反撃の準備を整えることができた。


 それが、氷都市で知られている彼の物語。


 今のレオニダスは、バルハリアの古き神々が残した遺産の力により。過去の歴史に介入する形で、敵兵の放った矢に貫かれる直前に「緊急避難」として召喚された。

 ミキの語った、蒼の民が救われた経緯と似ている。

 そうやって、女神アウロラは。他にも多くの勇者たちを氷都市に集め、大いなる冬フィンブルヴィンテルを終わらせるために。迷宮と化したローゼンブルク遺跡の探索にあたらせていたのだった。


「レオニダスよ…おなごを泣かせるでないぞ」


 ベルフラウとの仲の良さは、アリサも知っていた。

 わずかに、猛将の顔にも苦笑いが浮かぶ。


「おぬしらは、いずれ所帯を持つと思っておったからな」

「あ、アリサ様までっ」


 アリサの率直な物言いに、花の乙女も頬を赤くする。


「すまない。リーダーのお前ばかりに無理をさせて」


 申し訳なさそうなクワンダに、いにしえの勇者レオニダスは。


「これからは、お前がリーダーだ」


 強い信頼のまなざしで、熟練の槍使いを見る。


「クワンダ。お前が新たな勇者たちを見い出し、育て…迷宮の呪いに囚われた仲間を共に救い出してくれ」

「…先祖の名にかけて誓おう」

「わらわも一緒じゃ。宿敵に敗れ、絶望に沈んでおったわらわに『イカサマの見破り方』をはじめに教えてくれたのは。他ならぬおぬしではないか」


 アリサもまた、クワンダに熱いまなざしを向ける。


「俺とアリサで、道化を叩く。ミキを縛る、見えない鎖を断ち切るためにな」

「もし、この鎖がアニメイテッドの『糸』と似たものなら。もう一度、心を落ち着け蒼の瞳で見極めてみます」 


 ミキも、自分のすべきことを見つけ。目を閉じ、深い集中に入る。


「みな、やることは決まったな。絶望を希望で塗り変える、人間の強さ…あの道化に見せてやろう」

「冒険者の本気を、な」


 クワンダとアリサは、それぞれの得物を構え道化に向き合う。

 ミキは、自分を縛る鎖の正体を見極めんと、蒼の民の力を高め。


 そして、レオニダスとベルフラウは。

 お互いに顔を見合わせると、それぞれに切り札の準備に入る。


 それを発動させる合言葉は、異口同音に。

 凍てつく迷宮に、ふたりの熱き闘志に満ちた叫びがこだました。


「オーロラブースト、ブレイクアップ!!」

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