第13話 庭師の庭園

「ワタシが本気を出せば、こんなものです」


 いつの間に、こうなったのか。

 目の前に広がっているのは、まさしく悪夢のような光景だった。


「な…何じゃと!?」


 突然、禍々しい黒き波動オーラの爆発が起こり、視界をさえぎったかと思えば。

 周囲の状況に気づいたアリサが、言葉を失う。


 一行は、数十体もの氷像の魔物アニメイテッドに包囲されていたからだ。

 ついさっき、全ての糸を切り…動けなくしたはずなのに。

 しかも、数が増えている。ということは…!


「いやあぁぁぁ!」


 ベルフラウが悲鳴をあげる。

 彼女の視線の先にあるのは…さきほどまで冒険者たちを極光の天幕オーロラヴェールで護っていたはずの、巫女たちの凍りついた姿。

 この迷宮で「氷結の呪い」から身を守る手段を失えば、どうなるか。


 それは、目の前の惨状が物語っていた。

 一度に二十名以上の冒険者が、全員氷漬け。彼らには、声をあげる間も無かった。


「一度黙らせた氷像が再び動き出すには、数時間から一日を要するはず」


 普段は泰然としているレオニダスも、さすがに動揺を隠せない。


「我々がこれまで、探索の計画を練るために頼っていた前提が…全て覆されたか」


 災いの種カラミティシードが使われると、その力の残滓は通常すぐに霧散してしまう。

 けれども、ここローゼンブルク遺跡の中では。何らかの強力な結界により、それがそのままの形で封じ込められている。

 地球人に通じるたとえで言うなら、核爆発が起きたあとの放射性物質。

 それを自ら明らかにした、災いの種に関する第一人者。道化の出現が、何もかも変えてしまったのだ。


 いうなれば、彼の存在はゲーム・チェンジャー。


「ミキ!しっかりしろ!!」

「おじさま…」


 地面に倒れ伏したミキを抱きかかえ、必死の思いで呼びかけるクワンダ。

 他の巫女たちが全滅した中。唯一ミキのオーロラヴェールが、生き残った冒険者たちの命をつないでいる。だけど。


「身体が…動かない」


 まるで、重い鎖で縛られたように。ミキの身体は、見えない何かで動きを封じられていた。


「アナタにはそこで、見ていてもらいましょう」


 道化の冷たい、底冷えのする視線が。ミキを見据えている。


「…!」

「残った四人が、ひとりずつ絶望に凍ってゆく姿をね」


 レオニダス、クワンダ、アリサ、ベルフラウ。

 道化は、四人をひとりずつゆっくりと眺めてゆく。


「誰が、何のためにお膳立てしたのか分かりませんが…」


 まるで自分が、全知全能の神にでもなったかのように。

 自己顕示欲丸出しで、得意げに講釈をたれる道化。


「この遺跡の特異な環境は、まさに災いの種カラミティシードを扱う庭師ガーデナーのためにあるのですよ」


 庭師の庭園ガーデナーズ・ガーデン


「あなたが手加減していた理由は…」


 ミキが、表情に悔しさをにじませて問いかける。


「そう。真の絶望は、ささやかな希望のあとにやってくるものです」

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