第12話 氷上の炎舞
「アナタに
道化は内心、苛立っていた。それは、ミキが周囲からの励ましを受けて次第に…自分を恐れなくなってきたからだ。
「わたしは、旅芸人として。いつか故郷に錦を飾り、憧れの舞姫になるためにずっとこの技を磨き続けてきました」
決闘に臨む銃士か、悪の支配者に挑む怪傑か。
氷都市では、珍しい武器だ。冒険者の多くは、切れ味よりも頑丈さと打撃力重視の
扱いが難しい刀の使い手は、アリサのような剣の達人だけ。ミキの振るうレイピアは、どちらかと言えば「はじまりの地」の裕福で教養ある貴族や商人の持ち物だ。
「その割には…アナタのご同業は、みな後方支援に徹しているようですが?」
道化の指摘通り、冒険者たちを
まるで、神道の神楽舞のように。暁の女神アウロラに
けれどそれは、戦いのためのものではない。実戦の中で、氷上の舞と格闘・剣舞を融合させたのはミキが初めてだろう。
「わたしの想像とは、少し違ったけど。舞姫が直接戦えるなら…もっとみんなの力になれる!」
流浪の身ゆえ、巫女として正規の教育を受けられぬまま我流で磨いた技が今は、氷都市の人々に新風を吹き込んでいる。それも事実だった。
蒼の勇者たちのほとんどが、あまたの異世界に拡散した災いの種を追う旅に出る中…単なる伝令のつもりで里帰りしたミキは。「勇者の帰還」として、予想外の大歓迎を受けてしまったからだ。
今では新入りながら、同時に巫女たちの憧れの的でもあったりする。謙虚で真面目な彼女は、そんな先輩方に申し訳ないと思いつつも。
弱気な考えを頭から追い出し、今この瞬間に集中する。
「さあ…いきますよ!」
開幕直後のにらみ合いを経て、最初に動いたのはミキ。
「おっと」
不意に、どこからか手品のようにステッキを取り出し。それでミキの
速さや正確さからして、ミキの剣技は別人のような鋭さだった。
蒼の民である彼女には、道化に無敵の守りを与えているエネルギーの「糸」が見える。そのカラクリは、
道化もまた、ただものではない。
「…ミキちゃん!」
見守るベルフラウも、思わず手に汗を握る。
「奴がまともな戦いをすると思うな!」
銀牙の槍を下段から振り上げ、相対した氷像の足につながる「糸」を断ち切りながらも。クワンダが警告の叫びをあげた。
ちょうど道化が、ステッキのカギ状部分をミキの足に引っ掛けようと狙っていたところ。
「はぁっ!」
ミキの、鮮やかな蹴り上げが一閃。道化のステッキを弾き飛ばした。
何らかの魔術で作り出した武器なのか、それは手元を離れると霧散する。
「これはこれは」
道化は不敵な笑みを浮かべ、今度は虚空から投げナイフを次々取り出すとジャグリングを始める。
「曲芸勝負なら…受けて立ちます!」
「いいでしょう」
氷の剣を消し、氷刃のスケート靴で道化の周囲を滑走し始めるミキ。辺り一面では、冒険者たちと氷像の魔物たちの剣戟が続いている。
「おおっと、手元が」
不意に、何本もの投げナイフが道化の手を離れてひとりでに飛んだ。それは意志ある刀剣の魔物の如くに、ミキや周囲の冒険者たちに躍りかかる。
「アウロラ様、オーロラの護りを!」
ミキが駆け抜けたあとの、氷上の軌跡がパッと明るく輝いた。
それは、地上に降りた小さな
空中で踊るナイフは、光のカーテンに触れると弾けるような音を立て消える。
ミキは、片足を後方に高く掲げて上体を前に傾け。バレエのように優美なポーズで滑走している。アラベスクスパイラルだ。
「ミキさん、助かります!」
援護を受けた冒険者が、また一体の氷像を沈黙させた。見れば彼の剣には、糸を切る瞬間にオーロラの輝きが宿っていた。
氷上の舞を、祈りの詠唱や紋章の描画に代えて女神に捧げることで、加護の力を引き出す。これがミキの、巫女としてのスタイルだった。
「ワタシの芸を、甘く見てもらっては困りますよ」
ゴロンゴロンと、まるで巨大な岩を転がすような音が地響きと共に迫って来たかと思えば。
滑走中のミキが振り返り見たものは、大きな玉に乗って猛追してくる道化の姿。
「う、うわあっ!」
轢かれそうになった冒険者が、あわてて。すんでのところで、道化の玉乗りを横っ跳びに避ける。舞台の上は大混乱だ。
「今度は鬼ごっこなど、いかがです?」
あくまで、涼しい顔の道化。
普通に滑っていたのでは、追いつかれる。
ミキは自らの周囲をとりまく極光の天幕を、流線型に変化させて空気抵抗を減らし。キラキラする光の粒子を後方に噴射させ、一気に加速する。
格闘や軽業で身体を鍛えていない巫女では、到底耐えられない加速だろう。
「…ミキよ、ここまでの力を秘めておったか」
「スピードだけなら、今の氷都市で最速だな」
それは、アリサやクワンダでさえ見たことの無い領域。
「氷像をはねたぞ!」
不意に、アニメイテッドがミキの近くで地面に刺さるかのように叩きつけられ、そのまま衝撃で糸をちぎられて沈黙する。
それでも、永久保存の呪いは中の凍った犠牲者を完全に無傷で護っていた。
「氷の上を走るのは、なかなか難しいですねぇ」
「人形が死なないからといって、なんて乱暴な!」
明らかに、自分を狙って氷像を飛ばしてきた。ミキは対処法を求めて周囲に目を走らせる。
すると、前方に客席へ続く階段が。その縁はジャンプ台のような斜面だ。
(…あそこなら!)
さらに加速するミキ。
「逃げてばかりでは、らちがあきませんよ?」
弱い者を追い詰めるのが楽しいかのような、道化の声。
「わたしは…飛べるっ!」
階段脇のスロープを利用し、ミキはスキー競技のモーグル選手のごとく、天高く跳び上がった。もとより、都市丸ごとが凍りついた遺跡。スケーターの彼女が地形を活用するのはお手の物だ。
「おおっ」
空中できりもみ回転するミキに、冒険者たちからも驚きの声があがる。
「ミキちゃんすごい!」
レオニダスに促されて、客席に避難したベルフラウも緊張の面持ちで見守る。
そのままミキは、体操選手のように空中でくるりと向きを変え。加速のスピードと回転のパワーを飛び蹴りに乗せて、猛烈な勢いで道化の足元へ落下する。
「
ミキの靴底に形成された、氷のブレードが。ドリルのように激しい摩擦音をあげて、道化の乗った大玉を穿ち貫く。
「なんとっ!」
大玉もまた、道化の魔力で作られたものなのか。まるで風船が弾けるような音を立てると、あとかたもなく消滅する。
そしてミキの攻勢は、まだ終わりではなかった。
「
両の手に氷の
大玉が弾けた拍子に、上へ跳ね飛ばされたか。まだ、バランスを崩したままで落ちてくる道化めがけて。
それは、まるで氷の上に真っ赤なバラが咲いたようだった。
拳で突く動作をそのまま剣の刺突に活かせる、異形の短剣は。ミキの蒼く燃える瞳が見据えた道化の糸を、流れるように次々と断ち切っていく。
そこに鮮やかな回し蹴り、たたみかけるようなラッシュ…凝縮された一瞬の美に、見守る誰もがスローモーションの世界に誘われる。
気づけば、ミキの激しい舞は手足に炎をまとわせるほど。
摩擦熱ではなく…彼女のまとうオーロラ自体が、赤く発光しているのだ。
「そんな馬鹿な!」
無敵の守りを破られ、全ての糸を失った道化がぶざまにしりもちをつく。
ほぼ同じ頃、冒険者たちも全てのアニメイテッドを動かぬ氷像へと変えていた。
「どうにか抜かずに…何とか、片付いたかの」
「やったぞ!」
アリサをはじめとして、ほっと一息つく一同。
「頃合いだ。この機に乗じて退くぞ」
こちらも消耗している。大技を連発したミキは、明らかに息が弾むほど。
これ以上の戦闘は皆に負担を強いると判断し、レオニダスがリーダーとして撤退の号令をかける。
「リーダー、待ってください」
道化を相手に、一矢報いた。そんな喜びを口にするかと思いきや。
ミキは、あくまで謙虚で冷静な様子だった。
あの男は、最後まで油断できない。宿敵をきっと見据えると…
「お芝居は、そこまでです」
「どうしたのです?にっくきワタシを打ち負かして、気分爽快でないとは」
わけがわからない、といった顔をしてみせる道化。
「わたしは確かに、あの頃より強くなった…」
常識外れの勇者一行…周囲は規格外の猛者ばかり、彼らが急激に戦闘能力を増大させていくのについていけず、お荷物として埋もれていた日々のことを振り返るミキ。
「でも、あなたの本気はこんなものじゃないはず。何を企んでいるの?」
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